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エセ仙術使い  作者: 墨人
第三章 ロンフェン
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組合証発行

 ウラヤと一緒に朝の稽古をしているうちに組合の方にも人が出てきたようだ。いつの間にか辺りには良い匂いが漂っている。ここは組合建物の裏手であるため、食堂の厨房が近いのである。

 宿泊施設からは人足の人達も起き出してきて、端の方にある井戸で顔を洗ったりしていた。


 頃合いを見計らって食堂に移動。

 人足の人達に混じって朝ご飯を食べているところにジンノがやって来た。「よう」という感じで当り前のように同じテーブルに着いている。


 ジンノとは魔木譲渡の代わりとして木刀の材料代を奢ってもらう約束をしていた。材木屋への案内役と代金支払い役を兼ねて一緒に行くことになっていたが、それは午後からの予定だった。午前中は組合で組合証の発行をしてもらうので、てっきりお昼ご飯くらいに合流するものだと思っていた。


「もう来たんですか? 早くありません?」

「ん? なんだ、ウラヤから聞いてないのか? 今日は俺がオウカのお守り役だぞ」

「お守りって……子供じゃないんですから。というかウラヤ? 私聞いてませんよ」

「ジンノが来てから話せば良いかと思ってな。俺は所用があってミノウを離れる。夜までに戻るつもりだが、その間お前を一人にしておくのは心許ないのでな。材木屋の件でジンノが来ると聞いて、それならばいっそ今日一日ジンノに任せてしまおうか、と」

「で、俺は任されてやろう、と」


 妙に息の合ったウラヤとジンノ。

 ジンノが朝早くからやって来た理由は判ったが、私はそれほど信用されていないのだろうか。ミノウの街に不案内なのは認めるところながら、午前中の予定は組合の中だけで終わる。組合証の発行だってお爺さんを初めとした組合の人達に話が通っているのだし、一人でも問題は無いのに。

 そんな内心が例によって顔に出てしまったのだろう。

 ウラヤは軽く溜め息を吐いてこう言った。


「不満そうだな。この際はっきり言っておくと、俺はお前を一人にするのが心配で堪らない。しっかりしているようでいて、どこかずれているような感じがする。したり顔でとんでもなく見当違いな事をやらかすんじゃないかと不安になるんだ」

「う……そんなことはない、と言い切れない自分が情けないです」


 したり顔で見当違いというのは、やってしまいそうで自分でも怖い。『あちらの世界』の知識や常識には主にスキル関連の面で大いに助けられている。しかし饅頭のように逆に判断を誤らせる場合もある。初めての街の生活で、何かしらの失敗をしないとも限らなかった。

 ウラヤが組合の宿泊施設に泊まったのも、そんな私を案じての事だったのか。


「その辺りを“試し”の間に教え込むつもりだったのだが……」

「もう終わっちゃいましたものね」


 当初、“試し”を終えるまでには数か月はかかると見込んでいて、それだけの期間があれば農村を出たばかりの新人傭兵が一通りの知識を得るにも十分だろうとの目算だった。期せずして“試し”が終了してしまったため、私の教育問題にウラヤは頭を悩ませているらしい。


「今日の用事もそれ絡みだ。お前をこのまま放り出したりはしないから安心しろ」


 頼もしく請け合うウラヤがなんだか眩しい。


 *********************************


 と、そんな訳で組合証の発行にはジンノが付き添いとなった。

 お爺さんが帳場に出てくるや否や「爺さん、オウカの組合証を発行してくれ」とジンノ。


「早えな、おい。昼前に来いとは言ったが朝一かよ」

「午後は材木屋に行く予定がありますので」

「はん、その予定をこなす元気が残りぁあ良いけどな」


 お爺さん、値踏みするような目で見てくる。

 その目をまっすぐに、努めて胸を張って見返した。

 組合証の発行時に何があるのか、それはウラヤから既に聞いている。聞いた上で、覚悟を決めてこの場に臨んでいるのだ。今さら怯んだ素振りなど見せられない。

 ……去り際のウラヤからも「オウカ、泣くなよ?」と言われてしまったが。

 ついでにジンノからは「男でも大概の奴は悲鳴を上げる。トウリは……半泣きになってたな」と脅すように言われた。


 ぽやぽやしているように見えてトウリだって立派な傭兵だ。

 まあ、その傭兵になる時の話だから今とは違うのかもしれないが、それでも傭兵を志す気概は当時からあった筈。そんなトウリを半泣きにさせる組合証の発行……。


「だ、大丈夫ですよ?」

「そう願うぜ。ぴーぴー泣かれたら煩くてしようがねえ」


 仮に泣くにしてもそんな可愛い泣き方はしない。

 絶対に似合わないから。

 いや、似合う似合わないではない。泣きさえしなければ良い。我慢だ。


「まあ良い。準備してやるからちと待ってろ」


 お爺さんは一度奥に引っ込んで、蓋付き鍵付きの頑丈そうな木箱を抱えて戻ってきた。

 組合の幹部らしいお爺さんが自分で雑用をしているのが意外だったのだが、


「こいつには組合証を発行するのに必要な物が入っている。こいつがあれば誰でも組合証を作れるって訳じゃないが、管理は厳重にしないといけねえ」


 お爺さん自らの解説になるほどと思わされた。


 組合証は傭兵組合に所属する傭兵の証である。出自はどうあれ組合に認められた人物なのだと示す意味もあり、組合証を見せればどこであっても最低限の信用は得られるそうだ。

 しかし組合証の効能はそれだけではない。

 一般の農民や町民には許されていない他州への移動も組合証があれば可能となる。

 国が定めたルールを例外的に無視できる、ある意味強力なアイテムとも言える訳で、そんな組合証を発行し管理する組合が“組合証の偽造”を警戒するのは当然だ。組合証発行に必要なあれこれを、この世界では珍しい鍵付きの箱に納め、幹部しか触れられないように管理しているのも偽造防止の一環なのだろう。


 もっとも、それはあくまでも一環に過ぎず、偽造を防ぐ手立ては幾重にも用意されている。


 まずは材料だ。

 お爺さんが箱から取り出したのはサイズにしてA6くらいのカード状の物。組合証の台紙となるそれの正体は魔物の皮だ。なめして固い革に加工されている。

 偽造の第一歩は本物と同じ材料を用意する事であり、ならば偽造防止の第一歩は容易には用意できない材料を使う事だ。組合証の偽造を企むのは傭兵になれなかった人だ。そんな人達が魔物の皮を入手するのは極めて困難だと言える。


 次が台紙たる魔物の革への記入方法。

 お爺さんが革に向けて構えたのは墨を含ませた筆ではなく、先端が赤熱した鉄筆だ。しかもこの鉄筆、火で炙って赤熱させたのではない。お爺さんの仙技によって高温を宿しているのである。


「書き損じると一枚まるまる無駄にしちまうからな……」


 呟きつつ、お爺さんは鉄筆を革の上で滑らせていく。鉄筆の軌跡に沿って革には焦げ跡が付き、黒々としたそれが身分証明書に必須な内容を文字として残していく。

 組合証として認められるのは、こうして革を焼き焦がして書き記された物だけとなる。

 物理攻撃無効特性を持つ魔物の革だ。普通の火で熱した鉄筆で焼き焦がすのは難しい。時間をかければ可能だろうけど、そんなやり方ではお爺さんのような滑らかな筆跡は残せない。一目で無理やり作った偽物と判るようなガクガクの下手くそな字になってしまうだろう。

 組合証の発行、もしくは偽造には、火の仙技を使える導士が必須なのである。


 材料と記入方法。

 これだけでも偽造のハードルはかなり高いが、越えるのが不可能とまでは言えない。

 不良な導士が小遣い稼ぎに偽造に手を染めれば、材料の入手も仙技による記入もできてしまうからだ。


 そこで最後、符牒である。

 お爺さんの手元にある革カードには私の名前やミヅキの村出身である事、生年、導士であることなど、傭兵の身分証明として必要な項目が並んでいる。傭兵は他の州へも行くことがあるので、これらは表音文字かなで書かれていて普通に読めるのだが、その下に表意文字でも表音文字でもない、私には無意味な記号の羅列としか見えない特殊な文字が書き加えられていく。それが組合で用いられている符牒なのである。

 なんと書かれているのか読み取れるのは組合の職員だけ。しかも個人情報に合わせて書かれている内容が変化するため、例えば誰かの組合証に書かれている符牒部分を見たまま書き写したとしても、他の部分との齟齬によって偽造と看破できる仕組みだ。


 符牒部分を書き終えたお爺さんは「ふう」と息を吐き、鉄筆の仙技を解除した。


「念のためだ。間違いがねえか確かめろ」


 書いているところを見ていたので間違いが無いのは判っているけれど、もう一度内容を確認する。この後の事を考えると、万が一にも記入ミスなどあったら目も当てられない事態になるから念には念を入れるのである。


「大丈夫です。間違いありません」

「それは確かだな?」

「はい」


 更なる念押しに頷きを返すと、お爺さんは木箱から四角い金属棒の束を取り出した。それらを選り分けながら、


「これが最後だ。覚悟は良いな?」


 厳かな声で問い掛けてくる。

 思わずゴクリと喉が鳴ってしまった。

 でも覚悟はとうに決まっている。

 再度「はい」と頷きを返した。


 覚悟を決めて臨むのは、私の名前が書かれた組合証を本当の意味で私の物にするための儀式のようなものだ。私の物と言うよりも、私だけの物――他の誰にも使えないようにするためと言った方が正確か。


 幾重もの措置で偽造を警戒している組合であるが、もう一つ警戒するべき事柄がある。

 それは“詐称”だ。


 本物の組合証が持ち主の手を離れて赤の他人の手に渡ってしまう事態は十分にあり得る。紛失や盗難といった不注意は言語道断だとしても、荒事を生業にする傭兵であればいつ命を落とすか知れたものではない。傭兵の遺体を発見した誰かが正直に届け出てくれれば問題ないが、組合証の価値を理解していれば持ち逃げを考えてもおかしくない。そうして悪用されてしまっては持ち主の魂も浮かばれないだろう。


 組合証を本人にしか使えないようにする必要がある。

 でもこの世界には生体認証どころか写真すらもない。

 天音桜が読んだファンタジーな創作物のいくつかでは、冒険者ギルドが発行するギルドカードに『血を一滴垂らすと本人にしか使えなくなる』という、どんな仕組みなのか想像もつかないような便利機能が備わっていた。もちろんそんな摩訶不思議な技術だってこの世界には存在しない。


 あるのはもっと原始的な手段だ。


 お爺さんの手元では一列に並んだ金属棒が木枠で固定されている。金属棒の数は七本。並べた幅は組合証の長辺よりも少し短いくらいになっている。


「オウカ、腕を出せ」


 お爺さんに促され、袖を巻くって露出させた左腕をテーブルの上に置いた。


「ジンノ、おめえが抑えておけ。オウカが暴れてずれないようにな」

「判った」


 手首と肘の辺りをジンノに掴まれた。体重をかけてテーブルに抑えつけられ、ステータスアップ無しの筋力ではビクともしない。


「覚悟は良いな?」


 右手に金属棒の束を、左手に私の組合証を持ったお爺さんがまた訊いてくる。


「……さっきのが最期じゃなかったんですか」

「減らず口が叩けるようなら大丈夫だな」


 ニヤリと笑ったお爺さんの右手で金属棒の束が先端に赤い輝きを宿していく。

 再び火の仙技が使われている。とても熱そうだ。


 組合証が私の左腕に宛がわれ、その縁を跨いで熱せられた金属棒の束が押し付けられた。


「っ……!!」


 熱い!

 いや、熱さを感じたのは一瞬だけだ。

 熱さも過ぎれば痛みとなる。痛みは激痛へと変わり、反射的に腕を引っ込めようとしてもジンノが抑えているからそれも叶わない。ぷんと肉の焼ける匂いが鼻をつく。肉は美味しいけれど、焼けているのが自分の腕だとなれば美味しそうだなどとは言っていられない。でもお昼は肉を食べよう……。

 いけない。

 あまりの激痛に思考が支離滅裂になっている。


 随分と長く感じたけれど、実際には数秒だっただろう。

 べりっと金属棒が離れると、


「よし、綺麗に押せたぞ」


 会心の笑みを浮かべるお爺さんの言う通り、組合証と私の腕に跨って例の組合符牒の文字がくっきりと焼き付けられていた。


 組合証を本人にしか使えないようにする原始的な手段。

 それは割印……割焼印だった。

 そしてこれこそがウラヤの言った「傭兵になる時に付けた傷で、傭兵の証のようなもの」の正体でもある。


 ウラヤの左腕に残る傷跡と同じ火傷が左腕に刻まれたこの時が、私が正式に傭兵となった瞬間だった。

少しだけ補足です。


割焼印は本人確認の手段として必要に迫られて考案されたものですが、後に「この程度の痛みに耐える覚悟もできない奴は傭兵になるな」という篩い分けの意味も兼ねるようになりました。腕っぷし自慢が気楽に傭兵組合を訪れたものの、割焼印の制度を聞いてすごすご逃げ帰るなどということもあり、おかげで傭兵は根性のある人ばかりになっています。

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