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エセ仙術使い  作者: 墨人
第三章 ロンフェン
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新技『地滑り』

「え? もう終わりで良いんですか?」


 いきなりの終了宣言に、そう確認せずにはいられない。


「ああん? 文句でもあるのか?」

「いえ、早い分には有り難い限りですから文句なんてありません。ただ、それでもやっぱり早過ぎるんじゃないかと思うんです」


 試用期間は半年が一般的というのは『あちらの世界』の話だが、傭兵組合の“試し”も結構な期間を要すると聞いていた。これはこの世界の交通機関が発達していないせい――と言うよりも、まともな交通機関など存在せず、移動は基本的に自らの足を用いての徒歩となるからだ。街から村へ、村から村への移動に一日や二日はかかるのが当たり前。そんな中で“辺境の村々を巡る”という巡回業務にどれほどの日数を要することになるか。コースによっては一度ミノウを出たら帰ってくるのは数週間後なんてのもザラにあるらしい。見習いとして何度か巡回に参加すれば、それだけで何か月も経過してしまうのだ。


 それがたった一度の遠征で、日数にすれば僅かに四日間だ。

 いくらなんでも早過ぎる。


「良いんだよ。十分だっつったろ」


 お爺さんはひらひらと手を振り、私の疑念を一蹴した。


「おめえ、組合がどうして新人に“試し”なんてものを課すのか、その理由は知っているな?」

「はい、ウラヤから聞いています。傭兵としてやっていけるだけの腕前があるのか確かめるのと、あとは……組合証の貰い逃げを防ぐためですよね?」

「組合証の貰い逃げか。上手いことを言うな。まあ、その通りだ。腕前云々はおめえみてえな導士の場合は心配してねえ。予想以上にやるってのもジンノの話で判ったしな」


 そう言うお爺さんに合わせてジンノが頷きを繰り返している。

 どうやら先ほどの巨鬼撲殺の話題などは私の評価を報告する意味でもあったらしい。


「で、だ。その貰い逃げな。もしも、明日組合証を手にしたおめえがその場でとんずらしたとしても、もう組合に損は無え。そういう判断だ」

「判断の根拠を訊いても?」

「おめえ自身の事だから構わねえよ。ま、ちいと甘く査定すれば小鬼討伐だけでもトントンくらいだ。この数はそう易々とは狩れねえし、他の導士が出払ってる時期に来てくれたのも有り難えしでな。とは言え一度の遠征でってのは他への示しがつかねえ。何度か巡回に出すことにもなっただろうが……」


 そこで一度言葉を止め、お爺さんは作業台に乗ったままの魔木をぺしりと叩いた。


「魔木だ。ここいらじゃあ手に入らねえ筈のこいつが、今こうしてここにある。形としてはジンノから組合への寄付となるが、元を辿ればオウカ、おめえが出所。魔木の価値を考えるとな、組合証の発行にかかる手間に金、そうした諸々含めても釣りが出るほどの貢献をおめえは既にしているってわけだ」


 なんと、魔木が決め手になっていたとは。

 魔木の提供によって組合の戦力底上げがなればミノウを中心としたここら一帯の安全につながり、ひいてはミヅキの村に暮らす私の家族のためにもなる。一人村を離れる私からの置き土産にでもなれば良いと考えていたけれど。

 情けは人の為ならず、か。

 私自身にもこうしてしっかりとメリットが返ってきた。

 魔木を独り占めしなくて本当に良かったと思う。


 *********************************


 そして翌朝、私は組合の裏手側、建物と建物に挟まれた中庭のような場所にいた。

 日の出直後という頃合いの為か周囲に人の気配は無い。街ではまだ人が動き出す前の時間帯なのだ。

 こういう時間に自然と目が覚めるのは農村暮らしが長かったからだろう。

 村では日の出とともに起き出して、朝ご飯の前に一仕事済ませるのが日課だった。しかしここには朝ご飯前にするべき仕事が無い。二度寝するほどに眠いわけでもなく、ウラヤを見習って早朝稽古をしようと思う。


 気功の練気に『加速ヘイスト』と『筋力増強ストレングス』を重ねて、行うのは格闘術『龍鳳』の型だ。この五年間で数えきれないほど繰り返した型である。もう体が憶えてしまっているけれど、だからといって無意識の動きに任せてはいけない。それでは惰性でやっているだけになる。一つ一つの動作を逐一確認しながら、全ての動作を意識的に行わなければならない。


 特に何度も繰り返したのは、巨鬼を殴り倒したあの動きだ。

 あの時、右左右と三の打撃を放ったが、その三打目に感じた奇妙な感覚と、結果として齎された破壊。あれを確かめたかった。


 問題の型は、動作としては単純だ。

 一歩踏み込みながら正拳突きを打つ。

 それだけだ。


 踏み込んで、打つ。踏み込んで、打つ。踏み込んで、打つ。

 何度も何度も繰り返し、些細な違和感を修正しながらさらに繰り返す。

 そして何十回目だろうか。

 あの感覚が訪れた。

 軸足から拳の先まで、全ての力が一本に束ねられ、一切の滞りなく伝達される。

 拳が風を切る音からして違う。


 ――これを『土』でやれば……。


 巨鬼を倒した時と同じように『土』の筋力特化状態へ移行して同じ動作をもう一度。

 すると、突いた右拳の周囲で空気がグニャリと歪んだように見えた。


 ――やっぱり。これってあれと同じだわ。


「あれ」とは、天音流剣術にある『土』の技の一つ、剣圧を生み出す『山津波』である。あれも発動時には剣圧によって刀身の周囲が歪んで見えた筈だ。私自身は刀がないので使ったことがないけれど、天音桜の記憶ではそうなっている。

 全身の力を連動させて、という点でこの正拳突きと『山津波』は共通している。

 つまり巨鬼の胸を陥没させた三打目には『山津波』と同じく剣圧――いや、拳圧と言うべきか――が発生していたのだろう。

 天音桜は『龍鳳』を学びつつも剣術に応用するばかりで純粋な格闘戦とは無縁だった。もう少し格闘術に傾倒していれば『山津波』を拳撃に応用できると気付けただろうに。

 まあ私にしたところでまともな武器を手に入れる前であり、必要に迫られて鉈を投げてしまい、そして実戦の中で偶然にも型が完全に決まったという、万に一つの幸運を拾ったようなものだ。

 しかし、偶然とはいえ、これは一つの発見だ。

 天音桜の記憶にある技や術ばかりだった私にとって初めてのオリジナル技と言える。

 ……ちょっと嬉しい。


 技の名前はどうしようか?

『山津波』の同系ながら、素手であり片手打ちのため規模が小さい。自然災害のほうで山津波よりも規模が小さいのは……『地滑り』? 技の名前としてはどうなんだろう。

 まあ良いか。打つ時にいちいち技の名前を叫ぶ趣味は無いし、日本語の技名なんて私にしか判らないのだから、少々格好悪くても構うまい。


 *********************************


「おう、早いな」


 丁度一区切りついたところにウラヤがやって来た。

 ウラヤが出てきたのは中庭を形成する建物の一つ、組合の建物に隣接する組合管理下の宿泊所だ。ちなみに私もそこに泊まっている。


 昨日、「オウカ、おめえ街での宿が無えだろう。さっき言った釣りの代わりだ。組合うちの施設を暫くタダで使って良いぞ」とお爺さんに言われたのだ。

 それを聞いたウラヤは「あれを釣りの代わりにするのは安く見積もり過ぎじゃあないのか?」とお爺さんを軽く非難していた。


「組合の宿泊所ってのはな、もともとが人足用だ。最近では流れの傭兵用にも使われているからそれなりになっているが……あまり期待はするなよ?」


 人足用、という言葉に差別的な響きを感じてしまい「どういうことです?」と問えば、


「人足が街での仕事だけをしている連中だってのは前に言ったな? つまるところ、定職を失って組合を訪れたが傭兵になるほどの腕っぷしも無い。そういった奴らだ。中には住むところさえ無くしている奴もいる。放っておけば物乞いになるか野垂れ死ぬかだ。傭兵組合ではな、そうした連中に街中でできる仕事を斡旋するとともに、当座の生活のための宿泊施設を用意しているんだ」


 との事だった。

 失業者には仕事を斡旋、ホームレスには仮の住まいを提供、と言い換えれば判り易い。組合が貧困者の受け皿として保護活動をしているのは不似合いな気もしたが、考えてみれば犯罪の何割かは貧困が原因なのだろう。困窮している人々に救いの手を差し伸べることで犯罪の芽を摘んでいるのだとすれば、治安維持組織である傭兵組合が経済弱者の保護に乗り出すのもおかしくないのかと納得させられた。


 もう一つ、ウラヤが「あまり期待するな」と言った意味も理解できて、少々心配になったのだけれど、実際に泊まってみればそれほど酷いものでもなかった。

 宿泊所は二階建ての建物。内廊下の両側にずらりと扉が並んでいるさまは『あちらの世界』のワンルームマンションや一昔前の下宿屋などを彷彿とさせる。一部屋の広さは畳に換算すれば四畳程度だろうか。小さな寝台と荷物を置くための棚があるだけの簡素な部屋である。

 ウラヤの口振りからすれば、普通の宿屋はもっと広くて立派な部屋なのだろう。

 でも、これはこれで良いとすら思った。

 なんというか……この狭さが落ち着く。

 きちんと掃除されているのもポイントが高い。

 人足のイメージにホームレスが結びついてしまったせいで気になっていた臭いの問題も特に無い。ミノウに滞在する間の仮住まいとしてなら申し分なかった。


 難を言えば、トイレが共同なのはともかくとしてお風呂が無い。

 しかしその悩みは昨夜の早々に解消された。


 お爺さんへの報告後、バイカ達と合流して組合内の食堂で晩御飯を一緒にした時の事。

 私が宿泊所を使うと知ったバイカとトウリが「あそこお風呂ないでしょ? 湯屋を教えてあげる」と申し出てくれたのだ。

 湯屋。

 銭湯だ。

 いざ案内される段になって「着物は仕方ないけど、サラシは止めておいて。髪もおろしていこう。オウカがそのまま湯屋に入ったらちょっとした騒ぎになりそうだから」とバイカに釘を刺されたのは……まあ当然なのかもしれない。男装したまま女湯に突入すれば騒がれて当り前。言われるままに男装を解いての湯屋行きとなった。


 ところで、お爺さんが言った「組合の施設をタダで」には組合内の食堂の利用も含まれている。食堂も人足が利用することを考えて低価格メニューが揃っているので、ウラヤに言わせれば「魔木の釣りとしては安すぎる」のだが、素朴な味付けながらけして不味くはないし、量もたっぷりなので満足するまで食べられる。

 これでタダなら文句など言えない。


 同じ施設を使いながら規定通りの料金を支払っているウラヤはどう思っているだろう。

 ウラヤはミヅキの村への移住に伴ってミノウでの生活拠点を引き払ってしまっている。宿無しというなら私と同じだが、これから色々と物入りな私と違って懐には余裕がある。もっと設備の良い街の宿屋に泊ったらどうかと言ったところ、


「……オウカを一人で放り出すのは心許ない。俺もここに泊まるとしよう」


 と私の返事も聞かずに決めてしまった。

 いくら私が街の事情に疎くても、そこまで心配することはないのにと思う。

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