丸太を拾いに行く
ジンノ達が切り取って来た耳を集計。
午前中の狩りの戦果を確認。
例の『群れ本体の方が徘徊全てを合わせたよりも数が多い法則』をもとにして進捗を確認したところ、戦果の方が僅かに多いという結果になった。しかしこれは私たちが巣の近くで倒した分だろうと推測された。巣から出てきたばかりで群れの本体に合流していないなら法則の計算から除外されるのだ。実際、それを抜かせば計算はばっちり合うので、小鬼討伐はひとまず終了するとウラヤが宣言した。
とは言え、同じように群れとは無関係なゴブリンがいないとも限らない。
帰還ついでに捜索は続行するし、今後暫くの間はゴウヅ近辺に巡回は強化されるそうだ。
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「丸太を拾いに行く? なんだそれは」
帰還の段になってジンノと私が別行動を申し出ると、ウラヤは半ば呆れたように言った。大仕事を終えた直後だ。疲れているし野営が続いた後だし、何よりも私には早くお風呂に入りたい理由がある。なのに寄り道しようというのがまず不可解なのだろう。
さらに言えば寄り道の目的が丸太拾いだ。
ここは山の中。木など見渡す限りに山ほど生えている。疲れた体に鞭打ってわざわざ拾いに行くのは何故なのかと訝しんでいる。
そこで木刀を作ろうと考えるに至った経緯をウラヤに説明した。ジンノ達に一度話しているのでスラスラと言葉が出てくる。
ウラヤは「なるほどな」と得心したように頷いた。
「慣れない武器を無理に使うよりは自作してでも自分に合った武器を使いたいというのは判る。木製でも俺たち導士なら仙導力でどうとでもできるからな。打撃武器として割り切って使う分には悪くないと思う。しかし……その材料を拾って済ませようというのは感心せんな。まあ、お前が金……」
「言っておきますがお金が無いからじゃありません」
「……そ、そうか」
三度目ともなれば私だって学習する。
しかし、トウリやジンノだけでなくウラヤまでもお金の話に持っていくとは。私はそんなにお金に困っているように見えて、しかもケチケチしているように見えるのだろうか。
それに私がお金をあまり持っていないのは事実だとしても、それはあくまでも「今は」なのだ。
「試験を受けているような気になっていたので私自身忘れていましたが……試しとは言っても、これ、仕事ですよね。組合に戻れば私にもお給料出ますよね?」
ウラヤも組合のお爺さん相手に「前金くらい出せ」と、傭兵の持ち物を何も用意できていない私のために訴えてくれた。組合の備品を借り出すことで前金の話は立ち消えになったけれど、前金とは即ちゴブリン討伐の報酬を前渡ししろということだ。
つまり試用期間であっても働いた分のお金は支払われることになる。
それがどの程度になるのかは相場を知らないので何とも言えないが、材木屋で木刀一本分の木を買うのに足りないという事もあるまい。
果たしてウラヤは「うむ、きちんと報酬は出る」と頷いた。
「だからこそ、材料はきちんと処理された木を街の材木屋で買えと言おうとしていたのだが。なんだ? 金の問題でないなら何が問題なんだ?」
「なんでもオウカなりの拘りがあるらしい。木刀を作るのにあれ以上に向いている木は無いとまで言っていたな」
「そうです。あれはとても良い丸太なのです」
「なんだ、とても良い丸太ってのは」
またもや呆れを滲ませたウラヤ。「そりゃいったいどんな丸太なんだ?」と問い掛けてくる。
問われたって困る。良さの理由である物理無効特性の話なんてできないのだ。
一緒に問われた形になるジンノも「俺も木には詳しくないからな……」と言葉を濁しつつ、
「俺が見た感じではそこらの倒木と変わらんな。まあ、生木を薙ぎ倒していたくらいだから腐ってはいないようだし、固いのも確かなのだろうが」
そう言うと、ウラヤは「生木を薙ぎ倒しただと? いや待て、何の話だ?」と目を円くした。そこだけ聞いたら確かに意味が分からないだろう。ジンノは話を端折りすぎだ。
「巣を潰した時にでかい小鬼が出たって話をしただろ。たぶんそいつが投げつけたんだと思うが、その丸太が巣から飛び出してきてな。俺たちが避けた後にそこらの木を薙ぎ倒したんだよ」
「……つまり何か? その小鬼はぶん投げた丸太で木を倒したと? しかも何本も?」
「ああ。大きいだけじゃなくて筋肉も発達していた。凄い力だったぞ」
「いや、それはどうでも良い。木で木を倒すって方が問題だ。しかもそれを木刀の材料にしようって事は、それだけやっても原型を留めているんだよな?」
「当たり前だろ……って、そうか、当り前じゃないのか」
ここでジンノ、はたと気付いたようだ。
物と物がぶつかり合えば、強度的に弱い方が壊れる。
それが基本だ。
もちろん物凄い勢いでぶつければ強度に劣る物で勝る物を壊すのも不可能とは言い切れない。『キャベツを超高速で射出すれば冷蔵庫を打ち抜ける』という実験映像が天音桜の記憶にあるくらいだ。速さは破壊力に直結する。だから木で木を砕くのも不可能ではないけれど、一方の丸太がまるきり無事というのは普通ではない。冷蔵庫を打ち抜いたキャベツもバラバラになっていた。
ジンノ達が丸太の異常性を見逃していたのは、筋肉ムキムキな巨鬼の異常性に紛れてしまったのと、もう一つは彼らが魔物との戦いに慣れていたからだと思う。剣や槍でも傷つきにくい肌、岩でも簡単に抉ってしまう爪など、魔物の理不尽な強さを身をもって知っているが故に、無意識にもその範疇に丸太を収めてしまったのだろう。
「どういうことだ? あの小鬼、仙導力みたいな力が使えたのか? 魔物が仙導力を使うなんて話は聞いたことも無いが……まあ聞いたことも無いっていうならあんなにでかい小鬼の話も聞いたことが無いんだよなぁ……」
ジンノは盛大に首を傾げていた。
似非も含めた仙導力でも同様の結果は導き出せるので、丸太の異常性と仙導力を結びつけたのはジンノが仙導力を良く理解している証拠だ。しかし、そこに結びつけてしまったら、その先に思考が進まないのも確かだ。
「ふむ、俺もその丸太に興味が湧いてきた。オウカ、俺も一緒に行こう。構わんよな?」
「私は構いませんけど……良いんでしょうか」
丸太回収はまるきりの私用だ。約束したジンノには付き合ってもらうにしても、他の人達まで巻き込むつもりは無く、ジンノと二人だけで別行動するつもりだった。
……まあ、別行動すること自体が公私混同と言うか、団体行動を乱していると言うか、あまり褒められたものでないのは承知しているが、捜索範囲を広げるという名目が立たないでもない。と自己弁護している。
私としては丸太さえ回収できれば良いので、遠回りが迷惑ではないという人が同行するのは構わない。正直なところどうでも良くて、連れて行ってくれるジンノ以外は誰がいて誰がいなくても全く問題無いからだ。
とは言え、帰還中もゴブリン捜索は行うと言ったばかりだ。
私とウラヤ、導士が二人揃って別行動なのはどうなのだろうと思ってしまう。
「大丈夫だ。この人数がいれば数匹の小鬼くらいどうとでもなる。オウカやウラヤに頼りっぱなしってわけにもいかないからな」
そんな頼もしい助け舟を出したのは、最初にゴブリンを発見した隊の隊長を務めている人だ。一行の中ではウラヤやジンノに続く三番手の傭兵になる。
虚勢を張っている様子は無い。数匹程度ならと言うのは実績に裏打ちされた自信から出た言葉だろう。
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ジンノは約束通り場所を憶えていてくれたようで、迷う様子もなく巣の跡地まで案内してくれた。
「うお!? なんだこいつは!?」
巨鬼の死体を見てウラヤが驚きの声を上げた。話を聞き、討伐証明部位の耳を見ていても、巨鬼の実物を見ればやはりその巨大さに驚きを隠せないでいる。
「オウカはこいつを素手で殴り殺したのか……」
ごくりと喉を鳴らして私を見るウラヤの視線が痛い。
両手を『鬼の手』にして「素手じゃありません。これでやったんです」と弁明をしておく。手の形をしていても『鬼の手』は武器扱いなのだ。一応。
「それよりも丸太です。こっちですね」
木が薙ぎ倒されて空白地帯ができているから迷うことは無い。丸太は簡単に発見できた。
念のために『鬼の手』のまま掴んで持って行くと「それが、そうなのか」とウラヤ。
「見た目は本当に普通の木だな。もうちょっと良く見せてくれ」
「素手で触ると危ないかも知れないですよ」
「手に仙導力を流している」
「あ、そうですか。……あれ?」
「なんだ?」
「いえ、なにというか……どうして仙導力を?」
「素手で触ると危ないかもしれないからだ」
「や、そうなんですけど」
魔界産とはいえ見た目はただの丸太だ。危険を予感させるような外見上の特徴は一切無いのに、何故素手で触ったら危ないかもなんて考えたのだろう。いや、そう言ったのは私だけど、言う前から仙導力を使っていたようでもある。
もしかしてウラヤは丸太の正体を知っているのだろうか。
混乱してきた私をよそに、ウラヤは何食わぬ顔で丸太を受け取り観察している。
「試してみるか」
そしていきなり剣を抜くと、無造作に丸太に叩き付けていた。
コーンと固い音が樹間に響く。
「ちょ待……! それ私が使うんですよ!」
「慌てるな。剣には仙導力を通していない。斬れてないだろう」
「あ、本当だ。びっくりさせないで下さいよ、もう」
丸太は表面に傷が付いただけだった。どうせ削るから木刀づくりには影響しないと判り一安心。
「二人だけで判ったように話をしないでくれ。俺はさっぱり訳が判らないぞ」
「おう。まあ俺が言葉で説明するより、ジンノも試してみろ。この丸太に剣で斬りつけてみれば判るさ」
「いや、しかしこれはオウカが使うんだろ?」
「大丈夫だ」
「大丈夫……なのか。なら試してみるか」
言いつつも、ジンノは随分と遠慮した様子で剣を振るっていた。それでも固い音が響く。
「なんだこれは! 固い! まるで岩か鉄でも叩いたようだったぞ!」
どこにでもありそうな木でありながら、手に返って来た感触は見た目にそぐわない固さであったため、ジンノは驚きを隠せないでいる。「これは本当に木なのか?」と丸太を凝視している。
ウラヤは「疑うのも当然だ」と頷きつつも、「しかしな」と続ける。
「木とは思えん固さだが、これは確かに木だ。それは見た目を信じて良い。だが普通の木ではない。どうしてこんな所にあるのかは不可解だが……間違いない、これは魔木だ」
「「魔木?」」
初めて聞くその名前に、私とジンノは疑問の声を重ねていた。




