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エセ仙術使い  作者: 墨人
第二章 傭兵組合
28/81

討伐完了。しかし……

前話から間を置かずに投稿しています。

最新話で飛んできた方はご注意ください。

「それよりも、だ。言ったようにこの先の川を遡ったところに小鬼が集まっている。数は三十ってところだ。群れの本体に間違いない」


 気を取り直したようにウラヤが言う。

 ゴブリン三十匹程度なら私やウラヤにとってはさしたる脅威ではない。しかし導士抜きでは数匹を狩るのが限界なジンノ達にとっては命の危険を感じさせる数だ。「三十か……思ったよりも多いな」「もう少徘徊を出させてからの方が良いんじゃないのか」などと不安を隠せない様子。

 そこにウラヤの隊に所属する傭兵が言う。


「それがそうでもないんだ。良い感じの地形でな。ウラヤとオウカに頑張ってもらえば案外楽に片が付くぞ」

「そうだ。奴らにとっては不幸な事に、実に攻め易い場所にいる」


 その傭兵だけなら「本当か?」と疑問を呈されそうな楽観的な言い方だが、ウラヤまでが力強く同調したものだからジンノ達も安堵の表情を浮かべている。


「前に言っただろ? 平地に一塊になっているなら楽なものだと。平地とまではいかないが条件的にかなり良い。こんな山中、そんな場所は数えるほどしかないだろうに、よりによってあそこをねぐらにするとは小鬼どもも運が無い」


 重ねてのウラヤの言に、ジンノ隊の傭兵は「おおー」と声を上げた。戦うのが仕事とはいえ、無駄に危険を犯したがるような酔狂な人達ではない。危険が避けられるなら当たり前に嬉しいのである。


 ウラヤの隊に導かれるままに山中を歩き、途中までは川沿いに遡上するように進んでいたが、途中からは川筋を大きくそれて回り込むようにして斜面を登った。そうして到着したのは再びの川べり。

 しかし下流に伸びていく川は見えない。

 少し先で水の流れが途切れていて、代わりにどうどうと大量の水が落ちる音が低く響いている。


「滝ですか」

「小鬼どもはこの下だ。まず全体の状況をみんなで確認してくれ」


 言われて結構な落差のある滝壺を見下ろすと、確かにゴブリンがわらわらといる。


「なんだか……ちょっと臭いますね」


 滝壺に落ちる水の匂いに交じって、かすかに異臭が鼻を突いた。腐臭のような糞便の臭いのような、生理的に嫌悪感を抱く類の悪臭だ。「それも仕方のないことだ」とウラヤが苦笑を浮かべる。


「奴らはお世辞にも綺麗好きとは言い難い。なにもかもほったらかしだ」

「あ……あー、あれは……なるほど」


 ゴブリンの群れを子細に観察すればウラヤの言った意味が分かった。

“ような”ではなく、そのものの臭いだ。

 滝壺は左右を崖に挟まれて差し渡し二十メートルくらいの広場のようになっていて、そのあちこちに食い散らかされた獣の死体が散乱していた。何日も前からここに住み着いているのだとすれば、あれらはとうに腐り果てているのだろう。そして、一応場所を決めているようではあるが、それでも数か所に糞便臭の発生源と思しき茶色いブツが山盛りになっている。


 その光景は私に軽い衝撃を齎していた。

 眼下に見下ろすのは明確な生活の痕跡だった。

 当り前な話ではある。魔物だって生き物だ。生きていくには飲み食いする必要があるし、食べれば出てくる物もある。水場に拠点を構え、獣を狩り、排泄もする。原始的ではあるが集団生活を営んでさえいた。

でも私にとっての魔物は『人類の敵』とか『倒すべき相手』とか、そういった一種の記号のような存在だった。昨日から『あちらの世界』では知る術のなかったゴブリンの生態などを目の当たりにして考えを改めたつもりだったのだが、ここまで生々しい生活の姿を見せられると、より一層の事魔物も当り前な(この世界にあってはその限りではないが)生き物なのだと実感させられた。


 が、そんな感慨は鼻孔に感じる刺激臭が台無しにしてしまう。


「頭悪すぎ……すぐ傍に川があるんだから流せば良いのに……」


 言わば天然の水洗トイレだ。放り込めば遥か下流、果ては海まで運んでくれるというのに、何故に食べ残しや糞便を生活の場に残しておくのだろう。この匂い、ゴブリン自身は何も感じていないのだろうか。


「確かに酷い臭いだが、俺たちはあそこに突入するんだぞ? お前大丈夫か?」

「は? あそこに、ですか?」

「そうだ。見ろ、理想的な地形じゃないか」


 何気ないウラヤの言葉に愕然とする私。

 他の傭兵から気の毒そうな視線を向けられながら、ウラヤの説明を聞くことになった。


 聞いてみれば確かに理想的だった。

 地形的な話に限定するならば。


 まず、上流は落差のある滝、左右は切り立った崖に挟まれており、唯一開けた下流側から突入すればゴブリンを容易に追い込める。滝壺周りの川原は主に砂と岩石に覆われていた。季節によってはもっと広い範囲が水に沈むのだろう。木が育ちにくい場所らしく、広場の端の方に疎らに生えているのも低木ばかりだ。生えている場所も高さも、仮にゴブリンが登ったとしても頭上を取られる心配はしなくて済みそうである。

 条件的には平地と同じ。

 そしてゴブリンが一か所に固まっているなら、一般の傭兵を投入して数を揃えるよりも、導士のみで突入した方が良いとウラヤは言う。

 それは私も同感だ。

 森の中では樹上を渡る事で高速移動や奇襲が可能となるため、大量のゴブリンに囲まれれば導士といえども遅れを取るかもしれない。その為に一般傭兵の補助も必要となるのだが、平地でのゴブリンは鈍重な雑魚だ。導士の身体能力なら無双状態になる。

 下手に一般の傭兵が一緒にいたら、身体能力の差からかえって自由な立ち回りができなくなる可能性すらあり、導士のみでというウラヤの提案は間違っていない。


 さらに唯一開けた下流側にはジンノ達を配置。

 私達が取りこぼしたゴブリンが逃げ出すようならし止める役だ。

 地面を歩いてくるゴブリン単体ならジンノ達の敵ではない。必ず役目を全うしてくれるだろう。

 そして左右の崖上には弓持ちを配置する。

 切り立った崖でも樹上を渡るゴブリンなら登れてしまうだろうが、反対側の崖上からなら登攀中の背中を易々と狙える。


 理想的な地形、最適な役割分担。

 文句の付けどころなど見当たらない完璧な作戦だ。

 ただ一点、あの悪臭漂う場所に突入しなければならないという事実を除いて。


 あんな場所の空気など吸いたくないが、気功スキルは呼吸が命。

 息を止めるわけにもいかないのが辛い。


「ごめんね。オウカにばっかり働かせちゃって」

「私が臭い女になっても嫌わないでくださいね」

「……」


 トウリ、そこで沈黙しないで下さい。


 *********************************


 ウラヤの作戦が見事に嵌り、傭兵側には一人の犠牲者も出さず、また一匹のゴブリンも逃さずに討伐は完了した。見事と言うしかない。


 そして、私一人だけずぶ濡れになっている。


 油断と言うなら油断なのだろう。

 戦闘に際して『止水』に頼りすぎだったのも反省点だ。

 攻撃予測として用いる『止水』は敵の殺意や害意を感知する。気功スキルでは“気筋”と呼ぶそれから外れるように動いていればほぼ完全に敵の攻撃を回避でき、手前味噌ながらとても優れた技だと思う。

 が、一つの欠点もある。

 ほぼ完全。

 つまり完全ではないということ。

『止水』にも予測できない危険がある。害意も殺意も伴わない、偶然が齎す危険がそれだ。例えば伸びをした時に振り上げた腕が当たってしまうとか、下手くそな射手が見当違いの方向に飛ばした矢とか、そういった意図せずダメージを与えるような事象までは『止水』でも読めないのである。乱戦の中では注意が必要なのも重々承知だ。とは言え、明確な殺意を持って襲い掛かってくる魔物が目の前にいる状況では偶然よりも必然の方が怖い。

 悪臭に息を詰まらされながら、それでも気功スキルを維持するために練気の調息を中断できず、涙目になりながら奮闘せざるを得なかった。そんな中、ウラヤが斬ったゴブリンの行く末をもっと注意深く観察するべきだったと言うのは酷な注文すぎる。


 何が起こったのかと言えば、そのゴブリンは断末魔の苦しみに激しくもがいたのである。

 それだけなら良い。

 悪いのはゴブリンが倒れた場所だった。

 よりによって糞便の山の上。

 そんな場所で激しく手足を振り回せばどうなるか。


 戦闘能力を失ったゴブリンに危険性は無いから完全に眼中に無く。

 気が付けば飛び散った糞便に塗れている私。


 最初は血飛沫でも浴びたのかと思って無視していたけれど、急に強まった異臭に戸惑い辺りを見回してみれば、何のことはない、臭いの元は自分自身というオチ。あまりの事態にあうあう言っていたらウラヤに滝壺に投げ込まれた。


 *********************************


「酷い目にあいました。まだ臭いますか?」

「災難だったね。臭いは大丈夫だよ」

「良かった。でもやっぱりちゃんと洗いたいです」

「ゴウヅに戻ったらお風呂を貸して貰おう。小鬼を退治したんだし、薪割りと水汲みを手伝えばお風呂くらい貸してくれるわよ」


 ジンノ達が悪臭も気にならないように嬉々として討伐証明部位の収集に励んでいる傍ら、そんな気分にもなれずにいた私をバイカとトウリが慰めてくれた。

 ……距離感が微妙に昨日出会ったばかりの頃に近づいているような気もするけれど。

 トウリは大丈夫といったけれど、やっぱりまだ臭うのだろうか。


「オウカ、さっきは済まなかった」


 そこにウラヤがどうしてだか恐る恐るという感じでやって来た。

 どうやら私がこうなったことに責任を感じているらしい。


「気にしないでください。もがく暇も無いように即死させてくれていればと思わないでもないですが、斬った後の小鬼のせいでああなるなんて誰にも予想できませんよ。滝に投げ込まれたのだってまだ戦闘が終わってもいないのに我を失ってしまった私を助けるためでしょう? 物みたいに投げ捨てるのはどうなんだろう、もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないか、そんな風に思ったりもしましたが、今になって冷静に考えれば私を戦闘から遠ざけつつ汚れを洗い落とさせようという一石二鳥の判断だったと判ります。さすがはウラヤです」


 ウラヤの判断は間違ってませんよ、気にしないでくださいね。

 そんな意味を込めて思ったままを言ったつもりなのだが、ウラヤは渋面になっていた。


「オウカ……素直なのは良いが、もう少し考えてから喋るようにしてくれ。許されているのかそうでないのか判らなくなってくる」

「もちろん許しています」

「そう願うぞ。まあ、なんだ、それだけは俺の気も済まん。ミノウに戻ったら飯でも奢る。今度は饅頭マントウよりも上等なやつをな」

「それはどうも、ありがとうございます」


 お金に余裕の無い現状では一食分といえども食費が浮くのは有難い。

 湧き上がる感謝の念を乗せてお礼を言えば、


「そういうところはそのまま素直でいてくれ」


 ほんのりした笑みとともに返された。

 そういうところも何も、素直さの使い分けなどしていないのに。

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