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エセ仙術使い  作者: 墨人
第二章 傭兵組合
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拳撃

書きかけの文書データとともにパソコンがお亡くなりになりました。

パソコン買い替えと書き直しのため投稿に間が空いてしまい申し訳ありません。

 巨鬼の咆哮は尻すぼみになり、やがて治まった。

 怒りの中に戸惑いの色を滲ませながらキョロキョロと辺りを見回している。『穴』を通って別の世界にやってきた事実を理解する知能があるのかは怪しいところだ。

 どうして俺はここにいるんだ?

 そんな声が聞こえてくるようだ。


 一方の私たちは、目の前に現れた巨鬼の異様さに打たれてしばし呆気にとられていた。

 短足腕長の特徴的な体型を見ればゴブリン種であるのは明白であるのに、ゴブリンやホブゴブリンにはあり得ない二メートルに迫る身長と、激しく存在を主張する隆々たる筋肉が「もしかして全然違う魔物なの?」と疑問を抱かせるのである。

 出てきたのがオーガやトロールといった別種の魔物であったなら、かえって衝撃も受けずに即座の対応ができたと思う。見慣れた形をしているのにスケールが異なると、一瞬脳が受付を拒否したようになってしまう。


 と、辺りを見回していた巨鬼の視線が特定の二点間を往復するようになった。視線の向く先を窺ってみると、そこには先ほど討伐したゴブリンの死体と、討伐証明部位たる耳を切り取った傭兵達がいた。


 巨鬼が再度の咆哮を上げる。


「うひっ!?」


 指向する先にいた傭兵の手からぽとりと地面に落ちたものがある。

 切り取られたばかりのゴブリンの耳だ。


 出現当初の巨鬼が何故怒っていたのかは判らないけれど、出てきた先で見たのが同族の死体と、その死体の一部を持った異種族であったなら、火に油を注ぐようなものだろうか。巨鬼の咆哮は先ほどよりも何割か増した声量で、傍にいる私もお腹の底がびりびりと震わされるような感覚を得ていた。


 咆哮を上げながら、突如巨鬼が跳躍した。

 体型はゴブリンそのままでもサイズと筋肉量が違う。ゴブリンとは思えないような速度で件の傭兵に迫り、叩き付けるようにして腕を振り下ろしていた。


 傭兵も戦い慣れている。魔物相手には回避主体に立ち回るのが体に染み付いてもいるのだろう。動きを鈍らせながらも間一髪、巨鬼の手が届く範囲から飛び退いていた。

 しかし直後に「うわ!」と悲鳴が上がる。

 空振りした巨鬼の腕はそのままの勢いで地面を打ち、大量の土砂を激しく噴き上げたのだった。規格外の筋力と物理防御無効特性の前に地面が負けた結果だ。


 森の中の柔らかい土だ。全身に浴びせられても深刻なダメージにはならないだろうが、傭兵は「目がぁ!」と苦悶の声を上げていた。

 あれはまずい。

 細かな土が目に入り、一時的に彼の視力を奪っている。あれでは次の一撃を避けられない。


「やらせない!」


 声に気合を乗せて叩き付ける。

 同時に気を通わせた鉈を投擲。

 くるくると回転しながら飛んだ鉈は巨鬼の背中に突き刺さった。

 声と鉈。

 この二つで巨鬼の注意は私へと移った。くるりと向きを変え、今度は私に向かってくる。


「オウカ! 鉈を投げちまったら……」

「心配御無用!」


 慌てたジンノの声には短く答える。

 鉈を投げてしまえば残るのは投擲用の鉄串だけ。近接戦に使うには頼りない。ジンノが心配するのは当然なのかもしれないが、私は武器がなくても戦える。武器を失っても戦闘能力を失わない。そういう技が天音流剣術にはあるのだから。


 ぱんっ、と両手を打合せ。


 ――天音流剣術『気の刃』!


 両手に気を集中させ、離した時には双の手は『鬼の手』となっている。


 身長と腕の長さから巨鬼のリーチはとても長い。私にとっての間合いになる遥か手前から巨鬼は腕を振り下ろしてきた。これを避けるのは簡単だけど、また土砂を巻き上げられても面倒だ。そして、未だに私の間合いではなくとも、それは巨鬼の体に対しての話。向こうから近づいてくる巨鬼の腕になら普通に手が届く。


 ――天音流剣術『土』!


 巨鬼は見るからにパワータイプ。

 対抗してこちらもステータスアップを筋力特化に移行。

加速ヘイスト』と『筋力増強ストレングス』は「常に仙導力を使っているように」とのウラヤからの指示に従って途切れないように継ぎ足し続けていた。

 合わせて成った筋力超特化をもって、高いところから落ちてくる巨鬼の手を打ち上げ気味の拳打で迎撃する。


 激突の瞬間、『鬼の手』を通して巨鬼の骨が砕ける感触が伝わってきた。

 跳ね上げられた腕に引っ張られて巨鬼が仰け反るように体勢を崩している。

 絵に描いたようなチャンスだった。


 残った距離を一足飛びに詰めれば私の間合いだ。

 踏み込みながらの右正拳突き。

 天音桜が学んだ格闘術『龍鳳』の型に含まれる動作であり、この世界でも何百何千と繰り返して体に染み込ませている。『鬼の手』との相性も抜群だ。


 分厚い胸筋に鎧われた巨鬼の胸板を強打。

 胸骨を何本か貰ったか?

 でもまだまだだ。

 拳打に押されてたたらを踏んだ巨鬼を追い、軸足を切り替えてもう一歩前へ。

 同じ動作を左にスイッチして繰り返す。

 ズドン。

 ……やはり利き手でない分こなれていない。拳に伝わる感触がイマイチだ。

 ならばもう一撃。

 さらなる踏み込みから二度目となる右拳打を繰り出しながら、


 ――!?


 これは今までにない最高の拳打になる。

 そんな確信めいた閃きがあった。

 実戦で格闘術を使うのは今回が初めてなので、どんな拳打だろうと「これまでで最高」になり得るのだけど、そういうレベルの話ではない。


 軸となる左足。

 骨盤ごと回すようにして振り出した右足が前への力を稼ぎ。

 鎖骨の辺りからが腕だとイメージしながら、肩の関節ごと前に入れるような感じで突く。


 一つの動作を構成する様々な要素が完璧に噛み合ったとでも言うのだろうか。

 軸足から拳まで、一切の滞りなく力が通り抜け、束ねられたような感覚があった。


 そして確信は違わず、会心の拳打を受けた巨鬼は胸部を陥没させ、血泡を吹きながら崩れ落ち、数度の痙攣の後に動かなくなった。


「ふうっ」


 残身を解いて一息。

 自分で成した結果――巨鬼の胸の陥没――を見て内心首を傾げざるを得ない。

 私の拳は『鬼の手』に覆われて一回り大きくなっている。しかし巨鬼に刻まれた陥没痕は『鬼の手』よりも更に二回りは大きいのだ。まるで見えない力の塊で打たれたように。


「魔物を殴り殺しちまったぞ! 凄え!」


 傭兵達が騒ぎ始め、物思いは中断させられてしまった。


 *********************************


「オウカに助けられたな。ありがとう」


 土砂を浴びせられた傭兵は土の柔らかさが幸いして大事には至らなかった。水筒の水で目に入った土を洗い流して視力も取り戻している。巨鬼の撲殺シーンを目撃できなかったのを悔しがっているくらいだから心配は要らなさそうだ。


「しかしこいつはなんだ? でかい大小鬼なのか凄くでかい小鬼なのか」


 いや、それはどっちでも良いだろうと思う。ホブもゴブリンも大きさで区別しているだけでもともと同じ種類の魔物なのだろうし。


「それにしてもこれは……凄まじいな」


 鞘に入ったままの剣で巨鬼の胸をつつきながらジンノが言う。

 筋力超特化での三連拳打によって胸骨が全損し、巨鬼の胸部は突かれる度に軟体動物のように波打っている。


「魔物を殴って殺すなんて初めて見たぞ」

「そうなんですか? 導士なら誰でもできそうですけど。武器を落とした時とか」


 格闘術を使えるかどうかは置いておくとして、仙導力で強化された導士の肉体なら不可能ではないと思える。


「武器を落としても大丈夫なように鉈を持つものなのだが」

「……そうでしたね」


 ウラヤやジンノのようなベテラン傭兵が鉈を高評価するのは、万一武器を失ってしまった時に用いる副武器として重宝するからだ。最後の最後に頼れる相棒とでも言おうか。昨日は「鉈があったから命が助かった」という経験談をいくつか聞かされてもいる。


「鉈があるから大丈夫とか言ってたけど……」

「鉈なんて無くても大丈夫なんじゃないの」

「あ、そうそう鉈です。鉈を回収しないと!」


 なんだかバイカとトウリが引いている。撲殺はやりすぎだったかも知れない。

 これ以上この話を続けるとどんどん不穏な方向に行ってしまいそうなので、少々強引に話を逸らすことにした。


『鬼の手』のまま巨鬼に手をかけてひっくり返すと、私の鉈はまだ背中に刺さっていた。巨体の下敷きになっていたが、ここでも土の柔らかさが幸いして特に壊れた様子もない。


「あ、おい、これ見てみろ」


 抜き取った鉈を確認しているとジンノが巨鬼のお尻を指さしていた。魔物のお尻なんてあまりまじまじと見たいものではないが、こう言われては見ざるを得ない。

 固そうなお尻だ……。


「あ……なるほど、だから怒ってたんですね」

「巣の中にいてオウカの仙技が当たっちまったんだろうな」


 巨鬼のお尻から血が流れていた。何かが刺さったような小さな傷が一つ。その周りは黒く焦げている。

 推測するに、この巨鬼が魔界側で『穴』の付近にいる時に私の炎の矢が直撃したのだろう。いきなりお尻を燃やされたら怒って当然。怒りに任せてこちらに飛び出してきた、というのが事の真相だと思える。


「いや、待ってくれ。あれだけばかすか撃ち込んだのに当たったのが一発? こいつがあの中にいたらぎゅうぎゅうだろう? 他のは器用に避けたとでもいうのか?」


 例の、『穴』を初めて見る傭兵が納得いかないとばかりに言い募っている。

 直径二メートルくらいの球体に身長二メートルに迫る巨鬼が収まっている光景を想像するなら彼の主張も間違いないのだが。『穴』ではなく魔物の巣として認識している限りは解消不可能な疑問だ。


「もう諦めなよ」


 諭すようにバイカが言う。


「諦める!? 俺はいったい何を諦めなきゃいけないんだ!?」

「判ろうとするのをだよ。どう考えたって入りきらないような魔物が実際に出たり入ったりしてるんだ。不思議だけどさ、そうなんだから仕方ない。中がどうなってるのか……って、入って確かめようなんてしたら駄目だよ。魔物の巣に入って帰ってこれた奴はいない。引きずり込まれて、中の魔物に食われてしまうよ」


 ……こっちの世界にも『穴』に入った人がいると判明。

 しかもやっぱり出てこれた人はいない。

 人間の探求心は尊いと思うけれど、好奇心が猫を殺すという言葉もある。


「オウカ、こいつが巣に飛び込む前に早く巣を潰して」


 まだ納得していない様子の若い傭兵を心配してバイカが言う。

 追加の魔物が出てきても厄介なので早急に巣を潰す必要もある。


 というわけで『炎の矢』を撃ち込む作業を再開した。

 何発か撃ち込んでも効果がなく、思い付きで角度を変えてみたらこれが成功だった。『穴』の背後にある崖を登って上方から狙ってみたところ、数発撃ち込んだところですうっと掻き消すようにして『穴』は消滅した。後には何も残っていない。「巣の中にいた魔物はどうなったんだ?」とまた例の若い傭兵が騒いでいるのを、ジンノ達は生温い目で見守っている。魔物の巣を初めて見た時には誰でも経験する感情なのだろう。

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