魔物の巣
待ち合わせ場所でウラヤのグループと合流、近くの水場に移動して晩御飯を済ませた。
ウラヤ達も帰りしなに狩りをしていたので、皆でお腹一杯に食べても肉は余っていて「これなら明日の朝飯分もいけるな」と喜ばれた。『止水』で獲物を見つける度に褒めるられるものだからちょっと調子に乗ってしまった部分もあるのだけど、役に立てたようで何よりだ。獲物の多さに「まさか小鬼そっちのけで……」などとウラヤが疑いの眼差しを向けてきたものだが、『止水』の広域探査を教えると「そんな事ができるのか」と驚いていた。
ご飯が終われば戦果の報告だ。
ジンノがゴブリンの右耳を数えると二十一あった。
同じようにウラヤも耳を数えると、こちらは十八。
合わせて三十九、当初の目撃情報の倍近い数を半日足らずで狩った事になる。
「まずまずだな。大分数を削れただろう」
ウラヤとジンノが頷きを交わす。
切り取られた耳が小さな山を作っているのは何気にグロい光景だが……。
「さすがに導士が二人もいると違うな。俺達だけじゃこの半分でも無理だ」
「ほんと。特にこっちはオウカのおかげで随分楽ができたわ」
他の傭兵達も、そしてバイカやトウリまでも顔を綻ばせていた。
山中を駆け回っての結果が目に見えていれば達成感もひとしおなのだろう。
「しかし徘徊がこの数となると群本体は結構大きくなりそうだな」
ジンノが顎を擦りながら言う。ミノウを発ってから放置しているらしく髭が伸びている。それはウラヤを含めた他の男性陣も同様で、特に当初から警戒に当たっていた隊の人達は髭ぼうぼうである。多少むさ苦しい人もいるが、これは仕方ない。便利な電動シェーバーなんて存在しないのだから。
「明日になればまた群から分かれるだろうが……」
ウラヤが考える素振りを見せていた。
ところで二人が言った“徘徊”や“明日になれば”という言葉は、傭兵組合に蓄積された過去の小鬼討伐の記録から導き出されている。
群となった小鬼は少数の別働隊を群の周囲に派遣する。別働隊は大体五匹前後。群から離れて行動する理由が偵察なのか餌探しなのか、それとも他のなにかのためなのか、その辺りは判らないので傭兵組合では“徘徊”と呼んでいる。
そしてこの別働隊を合わせたよりも必ず群本体の方が大きい。言い換えると、必ず全体の過半数は群本体として纏まって行動している事になる。面白いのはある程度の時間が経過しても別働隊が戻らなかった場合、帰らなかった別働隊はもういないものとして、再び過半数を残す形で別働隊が派遣される点で、これが“明日になれば”の根拠だ。
そうした数の調整が知能によるものなのか本能によるものなのか、これもまた判らないのだが、過去の記録やジンノ達の経験に照らしても例外はない。
ちなみに、どうしても導士が参加できない場合、この習性を利用して孤立した小鬼を各個撃破していくのがセオリーだそうだ。時間はかかるが堅実かつ確実なやり方である。
それらの知識は今日知った。狩りの合間、移動しながらの雑談の中で聞き知ったのだ。普段の狩りでは不意の遭遇を警戒しているので雑談など以ての外だそうだが、今日は私の広域探査があったから小声で話すくらいは大丈夫。
実にためになる話だった。
短足腕長、アンバランス体型のゴブリンは森林のような地形でこそ真価を発揮する。猿のように樹上を素早く移動する姿からそれは明らかだ。『あちらの世界』での擬似戦闘の記憶がゴブリンを見誤らせていた。ゴブリンとの戦闘が平坦に整地された特殊な場所にほぼ限定される『あちらの世界』でならそれで構わないのだろうけど……。
対してジンノ達が教えてくれたの“徘徊”などは生きた知識だ。
他の魔物にもこうした違いがあるかもしれない。機会があればウラヤから話を聞いてみようと思う。
そのウラヤは「余程大きな巣があるのだろうな。これ以上増えなければ良いが……」と物思わしげに呟いていた。
魔物の巣の実態は魔界に繋がる『穴』だから見た目の大きさと魔物の出現数は比例していない。単に繋がった先での魔物の生息数が多いか少ないかによる。“大きな”は魔物の出現数が多い巣に対しての便宜的な言い方だろう。
確かにゴブリンは増えている。
最初に目撃されたのは二十匹くらいの群だ。これが徘徊分の別働隊を出した後であるなら総数は最大でも四十。でもその数は今日だけで狩っているし、全ての徘徊組を発見できたとも思えない。そうなると総数は三桁に近くなる。倍以上に増えている訳で、それだけのゴブリンを生み出す巣は、間違いなく“大きい”。
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二度目の野営の夜が明けた。
お湯で戻した乾飯と昨夜の残りの肉で朝食を済ませたら、昨日と同じく二手に分かれてのゴブリン狩りを再開する。ただ、昨日と違うのは群本体を見つけても不用意に仕掛けないようにとウラヤに注意された事だ。ゴブリンの増加を懸念しているらしい。
とは言え、私には『止水』の広域探査がある。
離れた場所から数を確認。「五匹です」「徘徊組だな、やるぞ」といった具合に群本体に鉢合わせる危険を排除して狩りを行えた。
そして本日三度目の戦闘後、それを発見した。
「あ! 巣がある!」
そう叫んだのはトウリだ。
彼女の視線の向く先、ちょっとした崖を背景にして黒い球体が鎮座していた。黒い霧がゆるゆると対流しながら球形を維持している。肉眼で見るのは初めてながら、それが『穴』であるのは一目で理解できた。
「これが魔物の巣?」
傭兵の中にも初めて見る人がいたようだ。裏側に回ってどこにも繋がっていないのを確かめ、「本当にここから小鬼が出てきたのか?」と不思議そうにしている。今や百匹以上に膨れ上がったゴブリンの群が直径二メートルの球体から出てきたと言われても俄かには信じられないのだろう。以前にウラヤも「出てきた小鬼をどう詰め込んでも巣に入りきれるとは思えなかった」と言っていた。その辺りは「不思議な事もあるものだが、事実として魔物が出てくるのだから、これが魔物の巣なのだろう」で片付けている。考えても判らない事を考え続けるよりも、目に見える現象に当て嵌まる解釈をそのまま受け入れている感じだ。潔い事である。
「オウカ、早いところこいつを潰してくれ」
「判りました」
ジンノに促されて『穴』の前に立つ。
『穴』を塞ぐ方法は二つの世界で共通していて、それは非物理の攻撃を直接撃ち込む事だった。『あちらの世界』なら魔術、こちらの世界なら仙技や仙術だ。
無声詠唱で発動させた『炎の矢』は黒い霧に飲み込まれていく。何かに当たったような音も手応えも返って来ない。撃ち込んだ炎の矢が消えてしまったような感覚だが、ある意味でその感じ方は正しい。『穴』は魔界に繋がる通路であり、『炎の矢』はその通路を通って魔界へと飛び込む。言葉通り、この世界からは消えているのである。
『あちらの世界』の知識によれば『穴』その物を壊すのは不可能とされていた。頑丈だとか、何かに守られているとか、そういう事ではなく、壊す為の実体が存在していないからだ。
それを裏付けるように『止水』の探査に黒い球体は反応しない。
『穴』の本体は魔界側にあり、こちら側に見えているのは影のようなものではないかとの推測もされている。
推測と言うならなにからなにまで殆ど全てが推測になるが。
なにしろ調査の為に『穴』に入って帰って来た人はおらず、無人の探査機も有線と無線を問わずに通信が途絶して失敗。向こう側の情報は一切入手できていない。
攻撃魔術を撃ち込んでいたら『穴』が消えたという一つの事実があり、そこから度重なる議論を経て“『穴』を発生させる主たる要因は魔界側に存在しており、魔術攻撃によってその要因を破壊する事によって『穴』を消す事ができる”との説が最も支持を得るに至っている。
つまり、私が『炎の矢』で狙うのは魔界側にある“主たる要因”たる何かだ。
その何かが何なのかが皆目判らない上に向こう側が見えないから狙うと言ってもまるきりの盲撃ち。何発目で効果が表れるかは運次第となる。
五発を越える頃には「随分頑丈な巣だな」と傭兵の一人がぼやいていた。こちらの世界には『穴』関連の知識が無いので単純に仙技や仙術なら巣を壊せる、何発必要かは巣の強度による、と考えられている。「そうですねー」などと相槌を打ちつつ魔術を放つ。当たっているのか当たっていないのか、それとも当たっているけど威力が足りないのか、知りたくても知りようが無いのがもどかしい。
ひたすら魔術を放つだけの単純作業が続き、ちょっとうんざりしていた。
そのうんざり感が油断となってしまったのだろう。
何発目になるのか数えるのも面倒になった炎の矢を撃ち込んだ直後であり、何かが穴を通過する時に『穴』が光を放つという予兆が、炎の矢の通過に紛れてしまったのもある。
黒い霧を突き破って突如出現したソレへの反応が一瞬遅れてしまった。
それは丸太だった。両手の親指と人差し指を使って輪を作ったくらいの太さで、切ったのではなく強引にへし折ったように断面はぎざぎざとささくれだっている。その尖端が真っ直ぐに私に向かってきていた。
「避けろ!」
声と、横合いから突き飛ばされたのはほとんど同時。
予想外の事態に尻もちをついてしまう。が、さっきまで私がいた場所を通り過ぎた丸太は後ろの方で何本もの樹木を粉砕していた。同じような木に見えても魔界産のそれには物理防御無効の特性が備わっているのでこちらの世界の樹木が一方的に打ち負けるのだ。
あんなのをまともに喰らえば私もただでは済まなかった。尻もちくらいで済んだのは途轍もない僥倖で、突き飛ばしてくれたジンノに感謝しなければならない。
「いつ魔物が出てくるか判らないんだ! ぼさっとするな!」
「すみません!」
ここで『止水』に反応が生じる。
黒い霧を掻き分けるようにして現れたのは。
「なんだこいつは。大小鬼……なのか?」
呆然と呟くジンノの言葉が疑問形なのも無理は無い。『穴』から現れたのは全体のフォルムこそゴブリンそのままでありながら身長は私よりも高い。百五十センチくらいの大小鬼の範疇にも収まらない。突然変異か何かだろうか。やたらと発達した筋肉と合わせて巨鬼とでも呼びたくなるような威容をしている。
巨鬼はぎょろりとした目で私達を睨みつけ、耳をつんざくような咆哮を上げた。
魔物の顔から表情を読み取るのは難しいけれど、どうにも怒り心頭のようである。




