止水は役に立つ
おかしいと思ってはいた。
『止水』は距離と方向だけでなく高さも知らせていて、ゴブリンの位置が私達よりも高いのは事前に判っていた。距離があるうちは山なのだから地形的な高低差があるのだろうくらいに捉えていたけれど、近付けば目に見える範囲の地形とゴブリンの高度が噛み合わなくなる。
――木を伝ってくるなんて、猿。
天音桜の世界には雲梯という遊具があった。梯子を横向きに渡したような形をしていて、ぶら下がり、交互に横棒を掴んで進んでいくやつだ。モンキーバーともいうらしい。やっぱり猿だ。
いや、ゴブリンの動きは猿以上。
短足で地面を走るなら到底実現できないような速度を叩き出している。
「弓! 射ろ!」
「おう!」
ジンノが発した鋭い声に応じ、三人の弓持ちが即座に射撃を開始する。
行動はスムーズだ。彼らが驚いたのは私の予告通りにゴブリンが現れたからであって、猿のように樹上を渡ってくるのは当然のように受け止めている。
矢継ぎ早に放たれた矢によって二匹のゴブリンが落下した。
しかし深刻なダメージを受けた様子は無い。物理攻撃無効の特性が遺憾なく発揮されたのだろう。直撃した矢はたいして深くは刺さらず、落下の原因も矢が当たったせいで次の枝を掴むタイミングが乱れただけのようだ。
私のゴブリン観からすれば意外過ぎる機敏さで態勢を整え、見事な着地を決めている。
「登らせるな! 弓は射撃続行!」
役割分担が為された。
弓持ちを除いた傭兵達が落下したゴブリンに群がる。ちらちらと頭上を警戒しながらの中途半端な攻勢は、ジンノの指示にあったようにゴブリンが再度木に登るのを阻止するのが目的だ。
この状況、ジンノ達にとって怖いのは何かと考えた。
それは樹上から飛び降りてきたゴブリンの直撃を受ける事だろう。物理攻撃無効と物理防御無効の二つに落下の勢いが加われば、まともに当たれば即死、掠るだけでも重症になり得る。樹上移動に両手を使うから武器を持っていないが、そんな事は関係無い。
地上にいて鈍重なゴブリンに対しては足止めの牽制に止め、とにかくゴブリンを全て地面に下ろすのを優先する。これが山林においてゴブリンと戦うセオリーなのだろう。
ただし、導士がいない……と言うか、私がいない場合の、普通の傭兵だけでゴブリンと戦う為のセオリーだ。これは私も悪かった。「導士です」「おお、凄い」みたいなノリのままに私が“何をできるのか”を詳しく話していなかった。これではジンノだって私の能力を指揮に組み込めない。
「残りの二匹は私が落とします!」
言いながら、腰に括りつけた鉄串の包みに手を伸ばす。手探りで鉄串のお尻をぐっと押すと、先端が布を突き抜けて姿を現す。二本を引っ張り出しながら気を通して『気の刃3』を発現、続けざまに投じる。
獣じみた悲鳴を上げてゴブリンが落ちてきた。
「でかした! よし、しとめるぞ!」
後はもう袋叩きだ。
弓持ちの三人も剣に持ちかえてゴブリンに襲い掛かり、振り回される長い腕に注意しながら攻撃を加えていく。一撃毎のダメージは小さくても数人がかりで積み重ねれば馬鹿にならない。バイカとトウリも槍を巧み操ってグサグサと突き刺していた。
しかしなかなか止めを刺せないでいる。
取り敢えず手近に落ちてきたゴブリンから順に私が止めを刺して回る事になった。
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「やはりオウカが一人で殺ったのは死体が綺麗だな」
私が最初に倒したゴブリンを見て一人の傭兵が言う。
気を通わせた鉈で脳天をカチ割っているからいろいろとはみ出しているので、そんな死体を綺麗と言われると抵抗がある。が、最初はジンノ達が相手をしていて後から私が止めを刺したゴブリンを見れば納得するしかない。攻撃が通り難いせいで無数の浅傷を受ける結果となり、外見的にはまさしくズタボロなのである。
「肉焼きの串じゃないか。こんな物を投げてたのか」
「あ? おいおい、この串逆に刺さってるぞ」
私が投げた鉄串は尖った先端を外部に露出している。つまり刺さっているのは尖っていないお尻の側だ。もちろん普通なら刺さらない。『気の刃3』を針のような形状にして継ぎ足したからこそだ。
こんな回りくどいやり方なのは肉焼き用の串は投擲目的には作られていないからだ。先細りなので重心がお尻の側に寄っていて、普通に投げて刺すのが困難なのは昨夜の野営の際に確認している。
そこで『気の刃3』の出番だ。
実体化させた気で覆った武器は、投げても約二秒間は効果が継続する。二秒と言えば短い様でもあるが、気功と魔術で二重にステータスアップしていればそれなりの飛距離は稼げる。中間距離での攻撃手段としてなら十分に実用的だ。
ゴブリンが樹上を移動してくるのは全くの予想外。鉄串が無かったら鉈を手にして待つしかなかった。投擲技能を持っていて本当に良かったと思う。
取り敢えず鉄串は回収しておく。四本しかないから大切にしないと。全部失くしたら肉が食べられなくなるし。
私が鉄串を回収しているように、弓持ちは可能な限り矢を回収していた。こちらも手持ちの矢には限りがあるので無駄にはできないようだ。
そして、ジンノ達はゴブリンの死体に取り付いて、何をするのかと思えば耳を切り取ろうとしていた。
「これは小鬼を狩ったっていう証拠になる。死体丸ごとは持って帰れないからな。耳だけだ」
ジンノが教えてくれた。
所謂『討伐証明部位』なのだろう。ゴブリンのそれは右耳だそうだ。
剣を鋸のように押し引きして切り取ったそれを専用の袋に仕舞い込むと、
「オウカ、ちょっと聞きたいんだが、さっき遠くの小鬼を発見したのはなんなんだ?」
「冗談かと思ったら本当に小鬼が来た。あれには驚いたな」
戦闘前の一件、『止水』でゴブリンの居場所を言い当てた件について訊ねてきた。トウリ達は「疑ってごめんね」と謝ってもくれる。
「私としてはどうして疑われたのかが判りません。ウラヤ程ではありませんけど気配を感じ取れると事前に言いましたよね?」
「それは確かに聞いたが……まさか導士以外の気配も探れるのか?」
「まさかって……もしかして、ウラヤが探れるのは導士だけですか?」
「導士は他の導士の仙導力を感じ取れる、と聞いている。しかしオウカがやったように離れた場所から魔物を見つけるような真似はできない筈だ。少なくともこれまでにそうしているのは見たことが無い」
ウラヤは魔物の気配を探れないのか。
……逆を考えるのを忘れていた。
かなりの長距離でも似非仙導力状態の私を感知できるウラヤ。
それに似た事を『止水』を使えば自分にもできると考えていた。
似ているという事は、違うという事でもある。
ウラヤが使っているのは『止水』ではない。仙導力を感じ取ることだけに特化した能力であり、だからこそ感知できる距離が長いのだろう。その代わり『止水』ならできる魔物の探査はできない、と。
似非導士、か。
導士に似た事はできても、導士と同じ事はできない。
でも似非だからこそ、導士にはできない事もできるのだとなれば、その呼び名も別に悪くないように思えてくるから不思議だ。
「実はですね、私はウラヤに会う前から仙導力を使えたんです。ただ……仙導力とか導士とか知らなくて、ちゃんと教わった訳じゃない自己流です。そのせいで普通の導士とは少し違ったりするんですよ」
ウラヤも驚いてました、と付け加えるとジンノ達は「なるほどなぁ」と却って腑に落ちたような反応をしていた。怪訝に思って質してみれば、ウラヤが引退してから日も浅く、そんな短期間でゼロから私を鍛えたのが信じ難かったそうだ。それでもなお「ウラヤならやりかねない」と表立っては何も言わなかったらしい。
「それで、ですね。皆さんが知っている導士と私は違いますから、私が何をできて何をできないのか知って欲しいんです。そうしないとジンノも私を上手く使えないでしょう?」
「そうだな。さっきもオウカの言葉を信じずに騒いじまって、それで小鬼に気付かれたんだからな。知っていればこっちから奇襲もできただろうに。よし、小休止がてらにオウカの話を聞くとしよう」
反対する人は誰もおらず、ゴブリンの死体から少し離れた場所で暫しの話し合いを行った。
私の方からは改めて『止水』の性能や投擲技能と『気の刃3』についても説明した。鉄串や鉈を気でコーティングして見せるとジンノ達はとても驚いていた。
「オウカの場合は自己流でかえって良かったんじゃないか? 普通の導士は仙導力を武器とかに流し込むくらいしかできないぞ」
「でも仙技は苦手です。出すまでに時間がかかってしまって」
試しに『魔術付与:火属性』を使って見せると「あー……」と生温い反応をされた。ウラヤなんかは瞬時に炎を出すから、呪文詠唱分で遅れるのがもたついているように見えるのだろう。
「まあ仙技使いになれない導士だっているんだから気にするな。それにオウカの仙技はここでは出番が無いしな」
慰めるようなその言葉に「え?」と首を傾げてしまった。
「仙技の出番が無いって、どうしてですか」
「お前の仙技は火なんだろ? こんな所で使ったら山火事になりかねない」
「……言われてみればその通りですけど、それだとウラヤも仙技を使えないんじゃないですか?」
「ああ。だからあいつも弓を持ってただろ」
これまた言われてみれば、だった。
遠距離攻撃の手段として仙技を有するウラヤが何故弓を持っているのか。
野営の時のように狩りに使うのは判る。火属性の仙技だから狩ると同時に焼けて手間が省けるようにも思えるが仙技は威力があり過ぎる。獲物の大部分を炭にしてしまうような仙技は狩りに向かない。だから弓を使う。とても判り易い。
ならばどうしてゴブリン狩りにまで弓を持って行くのかと小さな違和感があった。
山火事の危険があるから山中では仙技を自粛。その代わりに弓。言われるまで気付かなかった……。
これも私が知らない常識の一つ。
『あちらの世界』で魔術を専門にしている人にとってなら当たり前の事かも知れない。
魔術は時と場所と相手を考えて適切に選びましょう、だ。
小休止を終えて狩りを再開。
日が暮れかかる頃には合計で二十匹くらいのゴブリンを狩った。
「オウカは凄いな。小鬼をこんなに簡単に狩れたのは初めてだ」
「他の導士じゃこうはいかないからな」
合流場所への帰路、口々に褒めそやされて嬉しくもあり恥ずかしくもある。
ゴブリン狩りに大きく貢献したという自負はある。
魔物に対して普通にダメージを与えられるから、だけではない。
数匹程度のゴブリンなら「まずは地上に下ろす」というセオリーに従い、導士抜きで狩れるだけの実力をジンノ達は持っていた。ゴブリンが厄介なのは魔界由来の無効化特性であって、スペック自体はそれほど高くない。訓練を積んだ傭兵なら時間はかかっても十分に倒せるのである。導士の存在はその時間を短縮するに過ぎない。
私の貢献は『止水』による広域探査だ。
まず捜索の手間が省けた。視界が限られる山林で肉眼に頼ってゴブリンを探すよりも遥かに簡単にゴブリンを発見できる。しかも相手がこちらに気付くよりも先に発見できるのだから万全の態勢を整えて奇襲できた。
ゴブリンはあまり頭がよろしくない。奇襲を受けると慌てふためき、木に登れば有利になるだろうにそれをしようとしたゴブリンは半分くらいしかいなかった。そして残りの半分は弓矢で牽制して阻止した。これも奇襲の優位があったからこそだ。
そして。
「本当にオウカは凄いな! 晩飯をこんなに簡単に狩れたのは初めてだ!」
帰る道すがら、『止水』に捉えた手頃な獲物を教えていたらまた褒められた。
肉が大猟だ。




