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エセ仙術使い  作者: 墨人
第二章 傭兵組合
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止水

 傭兵は山での活動経験も豊富なようだ。先導役の数人が邪魔な下生えや藪を鉈で払ってくれるので歩き易く、比較的濃いめの山林なのに遅滞なく進むことができた。


「オウカは初めての魔物狩りでしょ。緊張してる?」


 小声でトウリが訊ねてくる。気のせいか、さっきまでよりも距離感が狭まって親しげだ。その変化に戸惑いつつ「少し……」と答える。


 天音桜の記憶の中には海からやってくる魔物を迎え撃つ戦いがある。が、『海魔』と呼ばれる敵の正体は魔界の蟲であり、実際に戦闘と言うよりも害虫駆除のようなものだった。

 まともに魔物と戦うのは初めて。

 とは言え、同じく天音桜の記憶の中、擬似的にとはいえゴブリンを始めとしてもっと上位で強力な魔物や魔族とすら戦った経験がある。あれが現実そのままとは限らないけれど、極めて近いものだったのは確実だろう。

 その経験……記憶を踏まえるなら、私にとってゴブリンは恐れるには足りない相手だ。


 少しばかりの緊張は初めての実戦への高揚を含んでいて、同時に感じている不安はゴブリンへの恐れではなく、今この場にウラヤがいないことに起因している。


 元からいた巡回組にジンノ達増援と追加の私達を加えて総勢十九人。

 視界が限定される山林を捜索しながらの狩りとなる為、この十九人が二つのグループに分かれて行動する事となった。

 九人と十人。前者をウラヤが、後者をジンノが率いている。

 一行の中ではウラヤとジンノが一、二を争う熟練者なのでそれぞれのグループのリーダーになり、導士が二人いるなら分散させるのが当たり前なので私はジンノ組。初の戦闘でウラヤと分かれるのは不安もあるが、魔物相手の戦闘は導士がいるかいないかで難易度が格段に変わってしまう。私の我が儘でジンノ達の危険を増やすわけにもいかない。


「別行動中は常に仙導力を使っていろ。余程に離れなければ居場所が判る」


 別れる前にウラヤに言われた言葉だ。

 私の気功や魔術がばれた時にはどこからともなく駆け付けてきたものだが、導士は他者の仙導力を敏感に察知し、大まかながらも距離と方向を特定できる。これを利用して二つのグループがお互いの居場所を把握したまま別行動できるのが導士をグループ毎に分散させるメリットの一つだそうだ。


 ……似非導士の私にはそんな能力はないのだけど。

 自嘲的にそう思ってみる。


 似たような事ならできる。

 気功スキルに属する技の一つ『止水』がそれだ。


 敵の殺気を感知する攻撃予測スキルとしての側面が強い『止水』だが、使い慣れるに従って別の使い方もできるようになった。身に受ける殺気を感じるという受動的な使い方ではなく、周囲の気配を探査する能動的な使い方だ。

 この使い方を会得した経緯は少々情けないものがある。

 ぶっちゃけると覗き対策だ。

 ミヅキの村での生活の中、お風呂や水浴びの最中に覗かれる事がしばしばあった。あの頃は村内での自分の扱いへの不審から警戒するとともに、逆に「覗きくらいで満足してくれるなら」とガス抜きの意味から好きに覗かせていた。もちろん私の羞恥心が許す範囲での「好きに」なのでモロ見えはNG。『止水』で視線を察知。まるきり見せないのは、それはそれで欲求不満を煽りそうなのでお尻と横乳くらいまでを許容範囲として、それ以上は見られないようにさりげなく角度を調節していたのである。

 淫心に満ちた視線はある意味で私への害意に相当するから『止水』を使えば容易に読める。角度調節は上手くいっていたはずだ。女性の裸を見ても淫らな気持ちにならないような村人がいたとしたら(天音桜の記憶の中に一人だけ、それをできそうな人物がいる)、私のガードを突破したかもしれないが、そういう人になら見られても構わないかと割り切っていた。

 そうやって『止水』を使い続けていたある日、急に知覚が拡大した様な感覚を得た。注がれる視線だけではなく視線の主の様子、果ては三百六十度全周に渡り意識を向ければ見えない筈の場所まで知覚できるようになっていた。

 当時は驚くばかりだったが、後々になって理解が及べば至極当然の現象なのだと判った。

 そもそも気功スキルとは特殊な呼吸法によって気を増大させ、効率良く操る技術を指す。逆に言えば何ら修練を積まなくとも人は気を宿しているし、同じように犬や猫などの獣にも気はあり、草や木などの植物、さらには岩や水、大気にさえも生物のそれとは異なるものの、やはり気はあった。

 自らの気を静まった水面のようにして周囲の気を感知するのが『止水』だ。

 周囲の気として最もはっきりとしているのが自分に向けられる殺気である為に攻撃予測スキルとして用いられていたけれど、もう一歩踏み込めば探査スキルとしての使い道もあったのである。

 私がこの境地に至れたのも、天音桜が積み上げた八年分の経験値があったお陰だ。


 広域探査モードの『止水』は距離が開く程に読み取れる情報は曖昧になる。精査できるのは三十メートル程度。それ以降はぼんやりとしていて、強い気配や良く知っている気配でも百メートルくらいが限界だ。これはウラヤで確認済み。限界距離も正直に申告している。


 その『止水』の範囲にウラヤの気配は無い。

 もう限界の百メートル以上まで離れてしまっている。

 ウラヤがいなければ集団の中では私が一番強い事になり、それが私を不安にさせていた。

 私の立ち回り一つで犠牲者の有無が変わりかねないというプレッシャーを感じる。


「もしかして、だが……自分がヘマをしたら俺達が死ぬとか考えてないか? だから絶対に失敗できないとか」


 不意に、ジンノが言ってきた。

 まさにその通りなのだが……まさか顔に出ていたのだろうか。


「ええと……そんなつもりは……」

「いいって。間違っちゃいないんだ。お前がヘマをすれば誰かが死ぬかもしれない」

「そこは見くびるなよ! とか怒るところじゃありませんか? 導士って言ったって昨日組合を訪れたばかり、“試し”も終わってない新米なんですよ?」

「新米でも導士だからな。戦力として期待してる。だが……お前一人が俺達の命を背負ってる訳じゃない。誰かがヘマをすれば誰かが危険に晒される。当たり前のことだ。ヘマをして一番に危ないのは本人だろうが、俺のヘマでお前が、って事も有り得るんだ。お互い様だよ」


 ジンノの声には新人傭兵への気遣いが溢れていて、言われている内容も合わせて私のプレッシャーを良い感じに抜いてくれた。集団戦闘である以上は誰かの行動が他の誰かに影響するのは当たり前。戦闘能力の高低で影響力は変わるかもしれないが、けして一方的なものではない。ジンノが言った「お互い様」にはそんな意味が込められていると思う。


「先輩傭兵としての助言だ。自分で一人前になったと思うまでは憶えておいてくれ」

「ありがとうございます。気が楽になりました」

「礼には及ばない。まあ、こうして礼を言えるような奴だからこそ助言してやろうって気になったんだが」

「どういうことです?」

「オウカは、この隊を俺が率いるのに反対しなかっただろ」


 グループ分けの際に誰がリーダーになるかを決める場面があった。ウラヤが「こっちは俺、そっちはジンノだな」と言って、誰もそれに反対せずに満場一致で決まっている。


「それは反対する理由が無かったからです」

「そうか? 導士が二人いて、二手に分かれるんだぞ? で、一方は導士のウラヤが率いるんだ。こっちは自分が、と言い出したっておかしくない」

「私がですか? それはありませんよ」


 あっちの隊をウラヤが率いるのは導士だからではなく一番経験を積んでいるからだ。ウラヤに匹敵できるのはジンノだけ。だったら誰がこっちの隊を率いるのかは決まっている。


「そうは考えない……考えられない導士もいるんだよ。導士である自分の方が強いのにどうして下につかなくちゃならないんだ、ってね。導士じゃない私達を下に見てるんだよ」


 忌々しそうに言ったのはバイカだった。他の傭兵達も同意の頷き。


「傭兵になったばかり、導士にもなったばかり。そんなガキでも大事な戦力だ。へそを曲げられても困るから受け入れるしかないが……まあどうなるかは察してくれ」

「うわあ……」


 導士であれば個人の戦闘能力は普通の傭兵よりも高い。そう言い切れる程にスキルの恩恵は大きい。でも個人の戦闘能力と集団を指揮する能力は全くの別物。その導士が幸運にも才能に恵まれてでもいない限り、チグハグでグダグダになるか、そもそも指揮自体ができるのかすら怪しい。

 実際に経験しているらしいジンノ達には御愁傷さまと言うしかない。


「ウラヤの事だから性根の曲がった奴を連れてきたりしないだろうとは思っていたが……導士は導士の卵を見つけると結構見境なくなったりもするからな」

「だからね、組み分けで揉めたらどうしようってちょっと心配だった。オウカがそんな子じゃなくて安心したんだよ」


 にっこりとトウリが微笑んでくれた。

 トウリの態度が微妙に変化したり、ジンノが親身なアドバイスをくれたのにはこんな理由があったのか。


「そういう謙虚さを忘れずに育てばオウカは良い導士になれるだろうな」

「まったくだ」


 ジンノ達が口々に言うのへは「ありがとうございます」とお礼を言いつつも、内心では少し複雑な気分にもなった。彼らは「良い導士」をそれほど意識せずに口にしたみたいだが、私には対極となる「悪い導士」に心当たりがある。ヒノベだ。謙虚さを忘れればヒノベと同じになるのだと言われたような気がして、けしてそうはなるまいと固く心に誓った。


 *********************************


「あ! 『ゴブ』……じゃない、小鬼発見!」


 しばらく進んだところで、『止水』の探査範囲に初めて感じる気配が入ってきた。人とも山の鳥獣とも違う異質な気配から魔物――ゴブリンだと判断した。


「なに!? どこだ!?」


 ジンノ達が慌てて辺りを見回し、「いないじゃないか!」「どこにいる!?」と厳しめの声を発している。いや、百メートルくらい先だし、木々が邪魔だし、見回したって見える訳がない。なのに「こんな時に冗談なの!?」とか「オウカは素直な子だと思ったのに……」などとバイカやトウリまでが非難の目を向けてくる。


「え? ちょ、どうして? あっち、あっちの方、四体……あっ、こっちに気付いたみたいです。近付いてきます!」


 こちらの騒ぎを聞き付けたのだろう。『止水』の感覚に捉えた四つの気配が接近してくる。

 けれど……これ本当にゴブリン?

 接近スピードが想定よりも速過ぎる。


 私が知るゴブリンは鈍足だ。

 人間の子供くらいの身長(百三十センチくらい)の小さな魔物で、その身長に比べて足が短い。短足故にどんなに一生懸命走ってもちょこまかするばかりでスピードが出ない。ウラヤに見せて貰った『魔物図絵』にも同様の姿で描かれていたのに。

 もしかしてゴブリンじゃなくて別の魔物?

 移動速度が速いのはハウンドあたりか?


 戸惑う私。

 半信半疑ながらも剣や槍や弓を構える傭兵達。


 待つ程も無くガサガサと枝葉を掻き分ける音が聞こえてきた。


「うお! 本当に来やがった!」

「なんで判ったんだ!?」


 驚きの声を上げるジンノ達。

 でも私も驚いた。


 距離が縮まり肉眼で捉えた魔物はゴブリンに間違いなかった。

 私が知る通りの短足ゴブリン。走っても間違いなく鈍足だろう。

 でも接近中のゴブリンは走っていなかった。


 ゴブリンの特徴は短い足。

 そして足が短い代わりのように不釣り合いなほどに長い腕。

 その長い両腕で猿のように枝から枝へと移りながら、ゴブリンは飛ぶような勢いで急接近していた。

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