傭兵と合流
翌朝はまだ空が紫色の時分に目を覚ました。
すかさす気功の調息をして練り上げた気を全身に循環させる。眠気が覚めると共に、慣れない野営で凝ってしまった体の節々がすうっと楽になった。
外套を脱いで畳もうとして、その表面がじっとりと湿っているのに気付いた。乾いているように見えても地面は湿気を含んでいる。上に寝ていた私の体重で染み上がってきたのだろう。朝露もある。それでいて着ている服は殆ど被害にあっていない。多少は湿っているけれど自分自身の寝汗かも知れないと思える程度で、着替えずとも普通に動いていればすぐに乾いてしまうだろう。外套の防水効果はかなり高かった。
外套無しで直接地面に横たわっていたとしたら今頃は相当に不快な思いをしていただろう事は確実で、なるほど外套は野営の必需品なのだと実感させられた。
「外套はその辺に広げておけ。朝飯食ってる間に多少は乾く」
ウラヤの助言に従って外套は岩に引っ掛けるようにして干しておいた。
その間にもウラヤは背負い袋から色々と取り出している。まず小さな鍋が二つ。底が丸くて平べったい、時代劇なんかで囲炉裏の上に吊るされているのとそっくりな鍋だ。ただし一人用か二人用か、形はそのままにサイズを縮めたような感じで、見ようによっては可愛らしくもある。
「鍋……私の背負い袋には入ってませんでしたけど」
「本来ははぐれても大丈夫なように各人が一通り持つのだがな。今回は街道沿いに動くだけだ。まずはぐれんだろうし、仮にはぐれたとして、多少道具に不足があってもそれほど困らんだろうから俺がまとめて持ってきた」
「それって私の荷物を軽くするためですか?」
「そうだ。昨日の山越えである程度は計れたが、ゴウヅまで駆け通しとなるとちと不安も残る。ま、持ってやるのは今回だけだ。ミノウに戻ったら自分で無理のない範囲の荷物を考えてもらう」
朝食の準備をしながら傭兵にとっての荷物の重要性を聞かされた。
傭兵の仕事は魔物や危険な動物、犯罪者を相手にした荒事であるが、だからと言ってただ腕っ節が強いだけでは駄目だ。巡回でもそうだし、今回のような遠出でもそうだが、便利な交通機関など存在していないから自分の足で歩いていかなければならない。野営するのは当たり前で、それが何日も続くなんてのもざらにある。
食事、睡眠、その他諸々。家や宿屋に比べれば劣悪な環境下でもしっかりと体を休め、気力と体力を維持し続けるには相応の技術と準備が必要となる。何日もかけて目的地に着いたら睡眠不足と栄養不足でボロボロ、では仕事にならず、「野営下手は傭兵に向かない」とも言われるそうだ。
技術は傭兵をしているうちに慣れるしかないとして、準備――携行する荷物――は良く考える必要がある。道具類が豊富にあれば野営も快適になるが、荷物が多過ぎれば移動に支障をきたす。自身の運搬能力(筋力や持久力)との兼ね合いで荷物を吟味するのである。
三役をこなす外套や一般に比べて小さな鍋など、傭兵向けに作られた品々にはそうした意味がある。
ヒノベを追って移動を続ける予定の私には必要な話なので、朝ご飯の準備ができるまで熱心に聞いていた。
朝ご飯は鍋に沸かしたお湯で乾飯を戻したご飯と、鉄串に刺して火で炙った乾し肉だった。「乾飯は湯で戻した方が断然美味い。余裕があるなら鍋は持っておいた方が良いな」とウラヤが言った通り、お湯を吸った乾飯は温かいご飯そのままで、村ではお粥ばかりだった私にとって贅沢な朝食となった。
うん、鍋は絶対に荷物に加えておこう。
竈の燃え残りを始末したり鍋を洗ったり、竹製水筒に水を詰め直したりと準備をして、大分乾いていた外套を丸めて背負い袋に括りつけた。
「昼前にはゴウヅに着くだろう。その前に先行してる奴らに追い付くかも知れんがな」
街道まで戻り、ゴウヅまでの道行きを再開した。
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途中に休憩を挟みつつ街道を走り、前方に傭兵らしき集団が見えたのはウラヤの予想通り太陽が中天にかかる少し前だった。駆け寄る私達に気付いたか、声をかけるより先に彼らの方から振り向いていた。
全部で十二人、年齢はバラバラ、女性は二人いる。みんなウラヤを見て驚いているようだ。
「ウラヤ!? どうしてここに?」
比較的年嵩の傭兵が親しげに、でも不思議そうにウラヤに声をかけた。
「おう、ジンノも来てたのか。小鬼退治、俺達も合流するぞ」
「それは有り難いが……あんた、もう引退してるだろ。もしかして復帰したのか?」
「いや、こいつの試しの監督役だ。世話になってる村の縁でな」
傭兵達の視線が私に集中した。
腕前を見る為の試しでいきなり魔物の討伐というのが引っ掛かっているのだと思う。ちょっと女性二人の目付きが怪しいのは……まあ、原因は私の顔だろう。誤解させると後々厄介の種にもなりかねないので最初に性別ははっきりさせておくとする。
「ミヅキの村のオウカです。こう見えても女です。昨日から試しに入ったばかりで色々と判らない事もありますが、よろしくお願いします」
「女、だと……?」と訝しげにする人もいれば「なるほど女か」と納得する人もいる。私の丁寧口調に「育ちが良さそうだな」と言う人もいれば「傭兵としてやっていけるのか?」と言う人もいた。女性陣は……女だと知れてもあまりがっかりした様子は無い。それどころかかえって嬉しそう。傭兵は男性の方が圧倒的に多いから同性の加入は歓迎されるのかだろうか?
そんなふうに私の自己紹介への反応は様々だったが、ジンノだけは「昨日からだって?」と驚きを露わにしていた。そんなジンノにウラヤは「お? 判ったのか?」と笑みを向ける。
「察しの通りオウカは導士だ。ミヅキの村で見つけてな」
「なるほど。導士の卵を見つけたなら引退した早々に出張る気にもなるか。新人が試しでいきなり魔物討伐ってのも導士なら頷ける」
言いながら、ジンノはあからさまに安堵の表情を浮かべており、それは瞬く間に他の傭兵達にも伝播していた。魔物討伐にあたって導士の有無は影響が大きい。たった二人の増援でも両者ともに導士となれば得られる安心は計り知れないようだ。
十四人となった一行でゴウヅへの道を歩いていく。
先を急いで走り出したい衝動に逸りつつ、消耗を抑えるために敢えて歩いている。そんな感じの微妙な早足で歩きつつ、ウラヤとジンノはあれこれと話をしている。漏れ聞こえたところから察すると、二人はウラヤの引退前に何度か組んで仕事をした間柄のようだった。
「バイカよ。よろしく」
「私はトウリ」
自然と私は女性人二人とともに歩く事になり、短く自己紹介された。
バイカは二十代の半ばくらい、トウリはもう少し若く見えて二十歳前後くらいか。二人とも革製の胸当てと手甲、槍で武装している。
ちなみに男性陣は殆どが剣を装備。一人だけ大きな斧を持ってる人がいた。斧の持ち主は体格が良く筋肉も発達している。あの筋肉であの斧を思い切り振り回せば人間くらいなら一撃で真っ二つにできそうだ。
「ところでオウカ、あなた武器は?」
手ぶらの私はバイカに首を傾げられ、街の武器屋に私好みの武器が無かった事、あったとしても昨日村から出てきたばかりで買うお金も無い事、だから今回は鉈を使う事などを話した。
「鉈で? 大丈夫なの?」
「導士なら心配ないのかもしれないけど……」
バイカとトウリに心配されてしまった。
ところがこの話を聞き付けたらしいウラヤとジンノは「何言ってるんだ。鉈があれば大丈夫に決まってるだろ」「ずっとそれって訳じゃないなら十分だ」と口々に言う。
面白いのは他の傭兵の反応だ。ジンノを始めとした年嵩の傭兵は「鉈があれば」と肯定的で、若い人達は「本当かよ」と微妙な表情。どうやら傭兵経験が長い程に鉈への評価が上昇していくようだ。
しかし微妙な顔をしている若手組も全員が鉈を持っている。
「鉈は絶対に持てって組合で言われるんだよ。どうしてあそこまで推すのかね」
「実際役には立つんだけどね」
私の視線がみんなの鉈を順繰りに辿った意味に気付いたか、バイカ達は決まり悪げに頬を掻いていた。
トウリが言ったように鉈は役に立つ。昨日からだけでも山越えでは藪を払い、野営では薪集めや山鳥の調理に使った。もちろん武器としても使えるのだから、傭兵が副武器として持ち歩くには最適なのは確かだ。傭兵組合が強く推薦するのも頷ける。
そこからジンノ達年嵩傭兵の「いかに鉈が素晴らしいか」の語りが始まり、どこかうんざりした様な若手の中で私だけ熱心に聞いていたら「若いのに判ってるな。将来が楽しみだ」と褒められた。
ちなみに、バイカは漢字で『梅花』だそうだ。名付けの由来は生まれた時に丁度梅の花が咲いていたからとか。私の『桜花』や姉の『桃花』と完全に同じ名付け方だ。似たような考え方をする人はどこにでもいるものだと思う。
名前の話でバイカとは早々に打ち解け、会話がスムーズに進むようになれば自然とトウリとも多く言葉を交わすようになる。女性の観点から傭兵生活の注意点などを教えて貰っている中、ふいに「ヒノベ」という言葉が耳に飛び込んできた。思わず声の出所を探すと、それはウラヤと話しているジンノだった。
「いや、なに。ウラヤが組合でヒノベの記録を探していたと聞いてな。あんた、ヒノベとは時期が重ならんから会ったこともないだろ。いったいどうしたのかと思って気になってたんだ」
「直接に会ったことはないな。しかし……そうか、ジンノはミノウが長い。ヒノベとも面識があるのか。ヒノベってのはどんな奴だったんだ?」
そんな遣り取りが聞こえてきて、俄然興味を惹かれた。
私の注意が急に逸れたのをバイカ達が不思議そうに見ているけれど、申し訳ないが今は構っていられない。実際に会った事のあるジンノから見たヒノベの評を聞き漏らすまいと耳を澄ませた。
ジンノは「ヒノベはなぁ……」と若干言い難そうにしている。
「どうした、言ってみろよ」
「こういう言い方をすると僻んでいるように聞こえそうで嫌なんだが……ヒノベは、まあ腕は良かった。腕は、な」
……二回繰り返した。腕『は』って。
果たしてこの世界にも大事なことは二回言うような文化が根付いているのかは知らないけれど、仮にそんな文化が無いにも関わらず二回言ったのなら、それはやっぱり大事な事なんだろうと思う。




