秘密
不審。疑念。
ウラヤの視線に籠るのはそうした感情だ。
「えーと……」
迂闊だった。
仙導力が使えれば導士、仙技を使える導士が仙技使いと呼ばれる。この常識に則るなら、気功スキルと補助魔術を併用して似非仙導力状態になってから『炎の矢』を撃つべきだった。それならウラヤも「なるほど似非仙技だ!」と言って終わっていただろう。
なのにいきなり『炎の矢』を撃ってしまったものだから、ウラヤから見ると仙導力抜きに仙技だけが行使されるというとても不可解な現象となってしまったのだ。薪に火を付けた時にウラヤの態度がおかしかったのもこれのせいか。
「なんと言ったら良いのか……」
魔術を似非仙技として紹介しようとしていたのに、今さらそれは通用しない。なにか上手い説明の仕方はないだろうかと知恵を絞っていると、ウラヤの方から「オウカよ」と切り出してきた。
「お前、キコウとは別の、何か違う力も持っているだろ」
「え? ええ!?」
いきなり核心を突かれた。
どうして? まさかまた顔に出ていたのか?
『あちらの世界』の天音桜の場合、あまりに顔に出やすいせいで言葉にしていない部分まで読み取られて会話が成立してしまう程だった。人格的に極めて近いであろう私にもそんな特殊能力染みた特性があるのだろうか。
そう思い、咄嗟に表情を隠すようにして手を当てると「別に顔で判った訳じゃない。……まあ、その反応で答えは知れたがな」と笑われた。笑われるのは不本意ながら、いつまでも不審や疑念の視線を向けられるよりは遥かにマシ。ほっとする。
「カマをかけてみただけだ」
「……カマをかけるにしたって、どうしてそう思ったんですか」
カマは「こうじゃないだろうか」と推測した内容をぶつけ、相手の反応から真偽を判断する行為だ。そもそもの推測をどこから捻り出したかが不思議だ。
ウラヤは「ふむ、ならば俺がどうしてその結論に至ったのか教えてやろう」と教師のような口調で言い、幾つかの小石を拾い上げた。
「お前の気配が変化するのを不思議に思っていた。普段の“素”の気配と……」
言いながら、ウラヤは平たい石の上に小石を置いていく。
一つ目は“素”。普段の何もスキルを使っていない状態。
二つ目は“気功”の気配。ウラヤは「仙導力っぽいが微妙」と表現している。
三つ目が“気功+魔術”であり、即ち“似非仙導力”だ。
「これまではお前のキコウな、それをただ“使っている”のと“気合を入れて使っている”のと、そういう差だと考えていた」
ウラヤは二つ目と三つ目の小石を交互に指差した。
そんな感じに捉えられるように説明したのは他ならぬ私だ。気合を入れてという言い方はどうかとも思うけれど、まず気功があり、長い期間の修練によって仙導力相当に引き上げた、と傭兵組合でも話している。気功も魔術もステージが異なるだけで同じ“キコウ”なのだとしている。
「だが、ふと思い出した。この間、お前妙な事をやっただろう?」
「妙な事?」
「自分の気配をどう感じるのか、俺に訊いたじゃないか」
「ああ、あの時の。でもそれが妙な事とは思いませんが……」
初めて仙技を見た日、『気+魔力=仙導力』の図式を思い付き、気功と魔術の組み合わせでどのように気配が変化するのかをウラヤに見て貰った。しかしあの日はウラヤの方から私の気配について色々と言っていたのだし、私の方から訊くのも当たり前な流れだと思う。
「妙なのは、お前が四回訊いたってところだ」
ウラヤは四つ目の小石を置いた。
「“素”から始めてキコウを“使っている”と“気合を入れて使っている”なら三回で済む。なら四回目はなんだ? あの時は“素”に戻したのだろうと流したが、こうして仙導力の気配も無く仙技紛いの技を使われるとな、あの四回目がこれだったんじゃないかと思う訳だ」
「……なるほど」
「そうなると、だ。“気合を入れて使っている”のではなく、キコウの他にもう一つ何かがあって、それぞれを使っている状態と両方を使っている状態、それに“素”を合わせて四回。こう考えた方がしっくりくるのだが、これでどうだ?」
「それぞれ」の部分で二個目と四個目を、「両方」で三個目を指差して、ウラヤは私の答えを待っていた。ここまで言い当てられてはもう「恐れ入りました」と認めるしかない。
「隠していてごめんなさい。でも騙すつもりじゃなかったんです」
「いいさ。手の内を晒したくないというのも判らんじゃなし、こうして見せたからにはまるきり秘密にするつもりでもなかったんだろうしな」
「そう言って貰えると助かります。ただ、隠していたのも手の内を晒したくないのではなくて、私自身理解が及んでいないせいで説明しきる自信が無かったからなんです」
「理解が及んでいない? それで使えるものなのか?」
「使えるんです。夢で見たのをそのまま真似するだけですから」
以前に話したのよりも少しだけ詳しく夢の内容を明かす。
興味深そうに私の話を聞いていたウラヤだったが魔術に関する部分に差し掛かると途端に憐れみを含んだ生温い目をするようになった。
「……判った。マジュツとやらについては良く判らんが、お前自身も良く判っていないというのはこれ以上ない位に良く判った。話すのを避けてきた理由もな。……それでも使えるのが不思議ではあるが」
話し終えてみればこれだ。
それほどまでに私の説明が下手糞だったらしい。
そして複雑な機械製品が存在しないこの世界では「仕組みは判らないけれど使い方は知っている」という『あちらの世界』では当たり前な事も理解を得難いようだ。
「ふむ、二つを重ねると似非仙導力になるのだから仙導力がキコウとマジュツを合わせた力だと言うのは頷けるな」
一方で例の推測はウラヤにも支持された。「気配の無いマジュツが加わってあそこまで変わるのは不思議だ」と疑問も湧いているようだが。感覚的には1+0が2になっているようなものだろうか。単純な足し算だと確かにおかしい。だから私は化学反応のようなものではないかと考えている。無色透明な薬品が他の薬品に反応して劇的に変色するような例もある。同じように、魔力には導士が感知できるような気配が無くても、気と混じれば大きく気配を変化させるとか。
そんな事を考えていたら、ウラヤはウラヤで何か考えていたらしく「これもマズイな」と呟きを漏らしていた。
「オウカ、判っていると思うがマジュツも秘密にしておけ」
「それはまあ、元よりそのつもりです」
この国の身分制度が導士を軸にしている事や、そこに仙腎を持たなくても導士並になれる気功が広まれば制度を揺るがしてしまう事、貴族や武門など現在の制度によって身分を保障されている人々はそれを許さずに潰しにかかるだろう事は以前に警告されている。魔術も仙腎を必要としない点では気功と同様なのでやはり秘密にしておくべきなのは言うまでも無い。
「身分制度もそうだが問題なのは、気配が……いや、まあそれは良かろう。どの道オウカではマジュツを広めることなどできないのだからな」
「否定できないのが悔しい……」
概要の説明だけでウラヤに憐れまれたくらいだ。他の人に魔術指導なんて無理なのは重々承知しているが、こうもはっきり言われるのは面白くない。仮にできたとしてもやるわけにはいかないのだから結果が変わらない。気分の問題だ。
気功も秘密、魔術も秘密。
秘密だらけだ。
あれ? でもそうすると……。
「どうしましょう。気功も魔術も人前で使えないのは厳しいです」
外見的な変化を伴わないステータスアップ効果を得るだけなら問題無さそうだけど、それだって明らかに常人離れした力やスピードになるのは駄目だ。『止水』の攻撃予測と『気の刃2』までの武器強化で下位の魔物ならどうにかできる。と思うが……。
「できる事をやらずにいれば必ず周囲の人を見捨てる事になります。そういうのは嫌なんです」
そもそもここで魔術を見せたのだってゴブリン退治ともなれば力の出し惜しみが他の傭兵の命に関わる場合もあるからだ。私が全力を尽くせば犠牲者をゼロにできるなんて驕ったことを言うつもりはない。手を伸ばせば届く範囲に助けられる相手がいるのに、手を伸ばすのを躊躇って目の前で死なれたくない。その程度の些細な望みだ。
「お前のそういうところは傭兵仲間として好ましいな。安心して背中を任せられる」
「それはどうも……」
「一つお前の勘違いを正してやる。秘密にするべきはキコウとマジュツ、つまりは仙腎を持たなくとも導士になれるという事実だけだ。そこを伏せて導士として振る舞う分には問題無い。心おきなく似非仙導力を使うと良い」
「でも導士には私が仙腎を持ってないって判っちゃいますよね?」
「仙腎の気配が薄い導士ってのは確かにいる。その類だと思わせておけ。導士と名乗り、仙導力や仙技を使って見せれば疑う奴はいないだろう」
『仙腎があるから仙導力を使える』
『仙腎がなければ仙導力は使えない』
それがこの世界における常識――大前提だ。だからこそその大前提を覆してしまう気功や魔術が問題視されている訳だが、気功も魔術も知らなければ大前提の裏返しである『仙導力を使える者は仙腎を持っている』を疑ったりしないそうだ。
「中途半端に隠そうとすれば却って探られる。あとは先ほどのようにマジュツだけを使ったりしなければ大丈夫だ」
「それを聞いて安心しました」
試しの期間を短縮するためにある程度はスキルを使うつもりでいたが、どうやら遠慮する必要は全く無かったようだ。
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夕食とその後の話し合いを終えた頃には日も完全に落ちていた。
『あちらの世界』なら宵の口、小学生でもまだ就寝には早過ぎる時間だが、電気の無いこの世界での夜は早い。灯火に油や蝋燭を消費して夜更かしをするよりも、日の光があるある間を活動時間にするのが基本だ。
竈の炎を頼りに石を退けて横になれるスペースを確保した。これも以前にここで野営した痕跡があったのでさして手間はかからない。河原ということで湿気を心配したが、土質のせいなのか地面は意外と乾いている。まあそういう条件も込みで野営スポットになったのだろう。
就寝となれば外套の出番だ。
外套はポンチョのような形をしていて、雨具として使う際を考慮してか背負い袋を背負ったままでも着られるようにゆったりと布を多めに使ってあった。これに包まって横になると、地面の固さは仕方ないにしても意外と寝心地が良い。フードの部分を丸めると枕のように使えるのもポイントが高い。
「明日はゴウヅまで走ってから小鬼退治だ。しっかりと休んでおけ」
「はい」
こうして村を出て初めての夜は更けていった。
ブックマークが少し増えてました。ありがとうございます。




