夢だと思ったら……現実だった
上手く纏まりません。
判り難いと思います。
何を言っているのか判らないながら、「オウカ」という音が頻繁に出ているのは聞き取れた。
オウカ。
繰り返して聞くうちに、なんだか胸の奥がざわざわと落ち着かなくなってくる。
感覚としては、昔やらかしてしまった恥ずかしい出来事の記憶を不意に思い出しそうになってしまって、それ以上思い出さないように意識を逸らそうとしている時のような、そんな居た堪れないような感じだった。
このまま彼女に喋らせていたらマズイ。
何がマズイのかは判然としないまま、乱暴にならないように注意して抱きしめてくる手を解いた。
「****? オウカ、*****?」
驚いたような顔をしている少女の口から再び「オウカ」という言葉が出て、いきなり理解してしまった。「オウカ」が『この体』の名前であると。つまり『私』の名前なのだと。
その理解が何かのスイッチになったかのように、頭の中で何かが弾けた。
「うあっ!? あああああっ!!」
弾けた何かがもたらしたショックに、止めようもなく悲鳴が漏れて、私は意識を失っていた。
意識を失う直前「これで目が覚めるのかな」とそんな考えが頭を過ぎていった。
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次に目を覚ましても、まだ夢の中だった。
……と言えたらどんなに良かっただろう。
私は十八歳になったばかりのスキル専門校生ではなかった。
天音桜という名前でもなかった。
ここは夢の中ではなく、現実。
『この体』こそ私自身。
オウカという名の十歳になったばかりの少女、それが私だった。
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一週間ほど過ぎて、ようやく落ち着いてきた。
自分が天音桜ではなく、オウカであると知ってからは修羅場だった。
あの時頭の中で弾けたのは記憶だった。
私がオウカであるという記憶。
今でも自分が天音桜なのではないかと強く思うけれど、記憶を遡っていくと小学校高学年くらいよりも前の天音桜としての記憶が一切無かった。曖昧だとかあやふやだとかではなく、本当に何も無い。そこでぷっつりと途絶えている。
その代わりに思い出されるのが、オウカとしての記憶なのである。
何が起こったのか、正確には判らない。
ただ、どうやら逆だったらしい。
天音桜がオウカの夢を見たのではなく。
オウカが天音桜の夢を見ていた。
そうして出来あがったのが『私』だった。
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オウカが生まれたのは央国という国の辺境、沿海倭州にある小さな農村だった。
……どうにも他人事のような感じになってしまう。自分がオウカだという実感がまだ足りないからだろう。
央国や倭州という地名もオウカの記憶にあるけれど、実際の地理までは判らない。地図を見た記憶が無く、沿海と言っても村は山に囲まれている。
両親は早くに亡くなっていて、どんな顔なのかも記憶に残っていない。たった一人の家族である姉、トウカと共に村長の家に引き取られていた。
オウカは体の成長が早かった。
双子のようにそっくりな姉のトウカとは、実は歳が四つ離れているのである。四年分の成長を追い付いてしまった訳だ。そんな所は『私』――天音桜と共通している。
成長が早いのは悪い事ではなかった。
両親を亡くして村長の家のお世話になる身だ。成長が早ければそれだけ早く働けるようになる。同じ年齢の子供がまだ働けない内から、オウカは畑や山での仕事をしていた。
これの助けになったのが夢だった。
板敷きの広い空間にオウカにそっくりな女の子がいる夢。
当時のオウカには理解できなかったけれど、今の私には判る。それは幼い天音桜が剣術道場で気功スキルを学んでいる光景だった。
夢の中の天音桜がしている呼吸を真似て、オウカも初歩の練気を身に着けた。
見様見真似のそれはスキルと呼べるほどのものではなく、ほんの僅かに練った気を薄っすらと体に行き渡らせるという程度に過ぎない。が、僅かながらのステータスアップ効果はある。「なんだか体が軽い」とか「疲れにくい」とか「疲れが取れやすい」とか、はっきり自覚できないくらいではあっても効果はあった。
お陰で大人と同じくらい……は言い過ぎとしても、その年齢の子供としては破格の仕事量を実現していた。
姉のトウカは器用さを活かした針仕事などを引き受けていて、姉妹揃って十分に働けていた。お世話になっている村長の家にも十分に報いる事ができ、無駄飯喰らいと呼ばれる事は無かった。
そんなある日、事件が起こった。
その日、オウカは山へ薪取りに行った。
手頃な倒木の場所には目星が付いていて、迷う事無く山に分け入り……その後は記憶が曖昧だ。
いきなり視界を塞がれたのは憶えているので、そこからあの夢で見たシーンへと続いたのだろう。
トウカから聞きだした話によれば、通りかかった傭兵の一団が山中に放置されていたオウカを保護し、最寄りのこの村へ送り届けてくれたそうだ。そうして翌日に目覚めたのがあの時だった。
繰り返しになるけれど、何が起こったのかを正確には理解できていない。
ただ記憶を順に辿るなら、男達に乱暴にされて意識を失い、ベッドの上で目を覚ますまでの間に夢を見ていた事になる。
小学校高学年、オウカと丁度同じ年頃から始まり、
十八歳の、委員長との試合を翌日に控えたあの日に至るまでの、
天音桜の人生、おおよそ八年分の夢だ。
そしてこの八年間の記憶がやけにはっきりとしている。
夢なんてものは目が覚めてしばらくすれば大概綺麗に忘れているものだし、憶えているにしても「こんな感じの夢を見たかな?」程度のぼんやりした記憶にしかならない。
ところがこの八年分の夢ははっきりと思い出せてしまう。今でも実際に体験した事のように……いや、実際の体験以上に明瞭に思い出せる。例えば、特別な事など何も無かった日常のとある夕食の風景では、おかずの一品一品から両親との会話、テレビで流れていたニュースの内容まで細大漏らさずに思い出せる。その気になれば、その時食卓に置いてあった新聞の記事の内容さえ。断っておくとその新聞を当時の私は読んでいない。完全記憶能力者のように、記憶の中に映像として新聞が残っていて、それを読めるという事だ。
このはっきりと憶えている夢のせいで、私は私が『天音桜』なのだと錯覚してしまう。
人格というものは経験の積み重ね、つまりは記憶から形成される。
オウカとしての十歳までの記憶と、天音桜としての八年間の記憶。経験の量で言うと天音桜としてのそれが圧倒的に多い。変化に乏しい農村の暮らし一年分の情報量など、天音桜の世界でテレビやネットを一日使えばすぐに凌駕してしまうだろう。
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理解できないなりに考えはした。
まず『天音桜』も『あの世界』も全て妄想である可能性。
明らかにこの世界とは違う『あの世界』が実在するのか、それを確認する術はない。が、夢の中で使っていた気功スキルが実際に使えているのだから、全てが妄想だとは考えにくかった。
次に、所謂『前世の記憶』である可能性。
私も――つまりは天音桜も、という意味だが――人並みに娯楽作品などに手を出していて、数は少ないながら異世界転生を扱った作品も読んでいる。異世界に生まれ変わった主人公が突然前世の記憶に目覚めるというシチュエーションには、それを夢で見るというケースもあった。
けれどこれも無い。
根拠は、私が乱暴されていたあのシーンだ。
オウカとしての私は目隠しをされていて相手の顔も何も見ていないから、あのシーンがオウカの記憶に基づくものでないのは明白だ。流れからして『天音桜が見たオウカが乱暴されているシーンの夢』だと思われる。今の私からすると『オウカが乱暴されるシーンを夢に見ている天音桜の夢』となる。
天音桜が私の前世であるなら、あのシーンの夢を見るのは不可能だ。
これらを踏まえて、一応の結論として『こちら』と『あちら』は異世界……並行世界のような関係なのではないかと考えている。荒唐無稽な気もするが、『私』は世界が一つでないのを知っている。少なくともあちらの世界には、異世界である『魔界』が現実に存在していた。あちらの世界でも五十年前までは異世界の存在なんて信じられていなかったのに、蓋を開けてみれば異世界は存在していた。だったら並行世界があったとしても不思議ではない。
ここまで整理して、ようやく自分が「オウカ」なのだと納得できた。
夢で得た八年分の経験により天音桜的な人格になったオウカではあるけれど。
自分が誰なのか、という根本的な問題に直面したこの一週間は本当に修羅場だった。
そしてこの一週間は姉のトウカにとっても修羅場だっただろう。
ある日、男に乱暴されてぼろぼろになった妹が運び込まれて、
その妹は目を覚ますなり悲鳴を上げて失神。
その後は一日中部屋に閉じこもってぶつぶつと訳の判らない事を呟いている。
挙句、まともに話ができるようになった妹は以前とは全然違っていた。
乱暴されたショックで人が変わってしまったのだと、心を痛めている事だろう。
その点は不幸中の幸いというべきだろうか。
私にとって乱暴された経験はほとんど影響を残していない。
自己防衛の本能なのか、その最中の記憶はほとんど無い。実際にはまだ一週間も経っていないのに、私の主観では八年以上前の出来事でもある。傷めつけられた体も気功スキルのお陰で急速に癒えている。人格的に天音桜寄りになってしまっていて、問題のシーンを客観的に見ているのも大きい。自分の身に降りかかった不幸だという認識が限りなく薄いのである。
が、まあ人が変わってしまったのは確かなので、トウカの誤解は解かないままにしておいた。私の身に起こった事を説明しても理解するのは無理だろうし。
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……ところで。
実は最後に残されたもう一つの可能性も、まだ捨て切れていない。
ここまでの全てを含めて、やっぱり天音桜が見ている夢なんじゃないか。
ある日の目覚めをあの畳敷きの部屋で迎えて、いつもどおりに学園に登校して委員長との試合をする。
そんな薄い可能性だ。
まあ、無いと思うけれど。
いずれにしろ、私はオウカとしてこの世界を生きて行かなければならない。
その覚悟だけは固まった。
転生ではなく、
トリップでもなく、
ある世界の人格を別の世界に移動させる。
その手段として夢を選択しました。
ただ説明が上手く纏まらない……。
内容を変えずに書きなおすかも知れません。