野営
「荷物はこっちに詰めて纏めしまえ。それとこれだ」
ウラヤから手渡されたのは小さな背負い袋とロールケーキみたいに巻かれた布だった。背負い袋を開けると中には布で小分けに包まれた品が幾つか入っている。村から持ってきた着替え類を収めるだけの余裕はあったので言われた通りに詰め込んだ。
「これはなんですか?」
巻かれた布は厚手でゴワゴワとした手触り、何かが染み込んだような斑模様になっている。見た目は小汚いが不思議と危険な香りを発したりはしていない。
同じ物を手にしているウラヤは「外套だ」と短く答える。
「外套……ですか? 別に寒くはありませんけど」
「野営用だ。渋に漬けてあるから水気を防いでくれる。雨に降られた時も重宝するぞ。巡回や遠出の必需品だ」
ウラヤの説明を聞いて、今朝の一件を思い出した。義父母が用意してくれた生活用具のあれこれを「止めておけ」と一蹴したウラヤ。移動を続けるなら持ち運びの利便を考えて作られた傭兵用の品を揃えるべきだと言っていた。
この外套が良い例だ。
寝具、雨具、そして名前の通り防寒具の役も果たすのだろう。それぞれを別々に用意して持ち運ぶ労力を考えれば、三役を果たしてくれる上にコンパクトにまとまる“外套”はなるほど傭兵向きの一品である。
外套は付いていた紐で背負い袋に括りつけて諸共に背負う。
これで準備完了、いざ出発という段になって「おい待て」とお爺さんに制止された。
「ウラヤ、おめえ肝心なのを忘れてるだろうが。武器はどうした。オウカを手ぶらで行かせるのか? 準備ができてないっつうから真っ先に武器を持って来るもんだと思ったぞ」
「いや、オウカは俺のと同じような両手で使える剣が得手だ。不慣れな武器では逆に不覚を取るかも知れん」
「ああん? “両手でも”じゃなくて“両手で”なのか?」
「自己流で鍛錬したらそうなったようだな」
「自己流ねえ。それも夢で見たんじゃないのか」
お爺さん、なかなか鋭い。
自己流と言ったってまるきりの無からスタートする訳ではなく、過去に見た何某かを手本に見様見真似で模倣するものなので、剣は片手で扱うのが普通という世界でなら片手での剣術に行き着くのが当然だ。
なら両手用の武器を求める私は何を見て真似たのか。
答えはお爺さんの指摘の通り、夢で見た天音流剣術である。
しかしながらそれを説明しようとすれば話が複雑で長くなり過ぎる。
「まあそれは良いじゃないですか。取り敢えず山仕事で鉈の扱いには慣れてますから、当面はこれで凌ごうと思ってます」
「おう、鉈か。そうだな、鉈があれば大丈夫だ」
腰の後ろから鉈を少しだけ抜き出して見せたら、お爺さんは得心顔で「うんうん」と頷いていた。ウラヤも「鉈があれば問題無い」と相槌を打っている。
なんだろうか。
ウラヤだけでなくお爺さんも鉈を高評価している。武器武器しい武器よりも半ば日用品である鉈の方が支持されるのは何故なのか。傭兵ならではの特別な共通認識でもあるのだろうか。
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傭兵組合を出る間際、ウラヤは食事処に併設された厨房に立ち寄った。厨房の料理人から受け取ったのは時代劇などで良く見る竹製の水筒である。太い竹で作られた水筒は五百サイズのペットボトルくらいの大きさで振るとチャプチャプと水音がした。水を詰めておくようにとウラヤが依頼していたらしい。
水筒を帯にしっかりと括りつければ今度こそ準備完了だ。
「ウラヤが来なければ巡回中の奴らから導士を引っ張ってこにゃならんかった。しっかり頼むぞ」
帳場に戻ったお爺さんに見送られて傭兵組合を出る。
組合内は明るく保たれていたが、それでもやっぱり外の方が明るい。直接の日差しを受けて眩んだ目が慣れるのを待って歩き出した。入って来たのとは逆側から街を出る方向だ。
普通に歩いていたのは建物が疎らになる辺りまで。
そこからは、走る。
ウラヤが仙導力を使ったので私も気功スキルと補助魔術を発動させたのだが、走る速度は全力疾走からは程遠く、街道を逸れて山に分け入る事も無い。
「随分のんびりですけど、これで良いんですか?」
昼前にやった山越えの再現を予想していたので拍子抜けした。
するとウラヤは楽しそうに笑う。
「これをのんびりと言えるんだからお前も立派な導士だな。いや、似非導士か」
相変わらず似非と言ってくるのに若干イラつかされたが、「ほれ見ろ」と前方に顎をしゃくられ、そちらを見ると私達と同じ方向に向かう通行人が行く手にちらほらと目に止まる。「あれがどうしたんですか?」と問おうとして思い止まった。
彼らの背中がみるみる近付いてくる。
あちらは歩いていて、こちらは走っているのだから当然だが。
追い抜きざまに振り返ってみると、彼らは一様に驚いたような顔をしていた。
それはそうか。
街や村の間の移動は一日単位で予定を組むのが一般的だ。一日行程、二日行程といった具合に。朝から夕まで移動を続ける前提で普通の人は走ったりしない。途中でへばるのが関の山。無理をせずに一定の速度で歩くのが結果的に一番速くて確実なのである。
傭兵なら一般人よりも足が速いかもしれない。
それでもステータスアップ無し、素の身体能力だ。『あちらの世界』のマラソンランナーのように、走る事それだけに特化した鍛え方をしてでもいない限りは移動に際して走りづめなんてことはしないだろう。
「先行してる奴らももちろん急いでいる。だがゴウヅに着いて終わりじゃない。無茶な道行きはせんだろうからこれでも十分に追い付ける」
「……そうですね」
ゴウヅまでは二日行程。一日の先行に追い付くだけなら先行組の倍の速さで進めば足りる計算だ。ゴウヅに着いて終わりではないのもウラヤの言うとおり。ゴールしました、力尽きましたでは魔物討伐は覚束なくなる。
こうして街道を走っている現状を「のんびり」などと形容してしまったのは、ステータスアップがあるのを当たり前とする思考に陥っていたようだ。ただでさえ村の外の常識に疎い。人としての常識からは外れないように気を付けよう。
と、言う訳で余裕のある速度で走り続け(それでも普通に歩いている人を何度も追い越した)、途中に一度の休憩を挟んだ。道端に腰を下ろして飲む水筒の水は温い上に少し竹の臭いが移っていたが、走りどおしで乾いた喉を潤してくれてとても美味しかった。
その後はまた走る。
そうして陽が傾き始めた頃、一度足を止めたウラヤは街道から逸れる進路を取った。
「山越えはしないのでは?」
「山越えではない。ここから少し入れば水場がある。そこで野営だ」
ウラヤは引退前の期間をミノウの街の傭兵組合に所属して過ごしている。巡回などを通じて近辺の地理を把握しているのだろう。先導されるまま進んだ先には確かに細い清流があった。河原のあちこちに石を積み上げた即席の竈や焚火の痕跡がある。街道から近い立地の為野営スポットのようになっているらしい。
「こいつにするか」
ウラヤは崩れかけの即席竈に目を付けると、その脇に屈み込んで石を組み直し始めた。手伝いを申し出たら「いずれ教えるが今回は見るだけにしておけ」と断られた。きっちりと組み上げるにはコツが要るようだ。
そのコツを心得ているウラヤは瞬く間に竈を修復し終え、
「さて、俺は肉を獲りに行ってくる。オウカは薪を用意してくれ。あっちに行けばすぐに取れる」
そう言って背負い袋を下ろし、弓を手にして上流方向の山中へと分け入っていった。
肉を獲りに行くとは酷い言い様だ。ウラヤにとって食べられさえすれば獲物の種類は何でも構わないのだろう。ついでに少しでも肉が多ければなお良しと言ったところか。
もちろん私だって肉は食べたい。
ウラヤの移住でミヅキの村の肉事情は改善の方向に向かっていたが、それでもウラヤ一人で獲れる量は高が知れていてとても潤沢とは言えない。村内で分ければ一人頭は微々たる増量に過ぎず、お粥の海に浮かぶ肉片が少し大きくなる程度だった。
街で食べた饅頭の具の肉と野菜の炒め物。あれですら近年稀に見る肉量だと言える。
しかしこの場にいるのはウラヤと私の二人だけ。山鳥の一羽も仕留めてくれればこの世に生を受けて初めてガッツリと肉食できる。
――その為には薪。薪を集めないと。
ウラヤが指示した木立に踏み入ると幾本もの木が倒れていた。根元の様子から自然に倒れたのではなく切り倒されたのだと判る。この場所をウラヤが把握していたということは、ウラヤ本人か現役時代の傭兵仲間かが先々の薪集めを楽にするために予め切り倒していたのか。
程良く乾いているのを選んで枝を払い、焚き付け用の枯れ葉と合わせて川原に運んだ。
ウラヤが修復した竈に枯れ葉と細めの枝を配置。いきなり太い枝では火が移る前に焚き付けが燃え尽きてしまう。燃えやすい細い枝から初めて徐々に太い薪を加えていくのがスムーズに火を大きくするコツである。
風呂焚きで鍛えた私に死角は無い。
死角は無いが……。
「あれ? 火種どうするの?」
火打ち石も無かった。
背負い袋の中にはウラヤチョイスの品物が入っている。
乾飯の詰まった袋と鉄串が数本、それと縄と清潔そうな布。
乾飯は『あちらの世界』の時代劇で見知っている。天音桜の時代でも似たような製品が存在していて、水や湯を加えるだけで食べられる簡単さから非常食や携帯食として利用されていた。
鉄串は肉焼き用だろう。現にウラヤは肉を獲りに行っている。
縄は傭兵の仕事の一つである犯罪者の捕縛に使うのが主な用途だろうか。魔物討伐にはあまり関係無いように思えるが、アウトドア活動には一本あれば何かと重宝しそうだ。
布は荒事が多い傭兵の仕事柄を考えれば怪我をした際の応急処置用の可能性が高いような気がする。
と、一つ一つ頷けるラインナップなのに、今この場に必要な火打ち石は入っていなかった。まあ二人で行動するなら一つあれば十分だ。ウラヤの背負い袋には入っているのだろうけれど、人の荷物を勝手に漁るのはさすがによろしくない行いなので止めておく。
手慰みに鉄串を弄びながら待つ事しばし、戻ってきたウラヤは山鳥を二羽仕留めていた。
待望の肉である。
「ウラヤ、薪の準備はできています。火打ち石を貸して下さい」
「火打ち石? あ……」
竈に積み上げた枯れ葉と小枝を見てウラヤが顔を強張らせた。
どうしてだろう。
私にできる限りの完璧な積み方をしているのに……。
もしや傭兵の野営と風呂焚きでは流儀が異なるのか?
「あー……すまんすまん。そんな顔をするな。これは言い忘れた俺が悪かった。お前のこの積み方、実に見事。風呂焚きで培ったのか? 良く考えられている。しかし……残念ならが火打ち石は使わんのだ」
「え? ならどうやって?」
「それはまあ……こうする訳だ」
ウラヤは剣を抜き、先端を竈の中、枯れ葉の堆積に差し込んだ。
そして仙腎活性。剣は仙技の炎に包まれた。
圧倒的な火力の前に枯れ葉や小枝は早くも燃え尽きようとしている。ウラヤが太い薪を放り込むと、それもまた瞬時に炎に包まれ、剣を抜いても燃え続けていた。
――その手があったか……。
焚き付けも小枝も関係無しに大きな火を起こされて、頭を殴られたような衝撃を受けた。『魔術付与:火属性』が使える私にだって同じ事ができる。魔力を増やす鍛錬として『日常的な魔術の使用』を実践していながら、攻撃魔術は攻撃に使うものという固定観念に囚われて、本当の意味での日常的な使用をする発想に至れなかったのだ。
「なんだか済まんな。しかし普通に火打ち石を使うならお前の積み方が正解だ」
己の不明を恥じていると、そんな私の態度を誤解したウラヤが慰めの言葉を掛けてきた。
「いえ、大丈夫です。次からは私もそうする事にしますので」
そうだ。落ち込んでばかりもいられない。こうして気付けたのなら、過去を反省して未来に活かせば良い。小さいながらもまた一つ成長できたのだと喜ぶべきだろう。




