お爺さんの怒り
こうして私の初仕事はゴウヅという村近辺でのゴブリン退治となった。
しかしながらこれは“試し”であり、まだ正式な傭兵登録はされていない。
この点はウラヤから事前に説明されている。
傭兵組合を訪れた者が「傭兵になりたい」と言ったところで、組合が無条件にそれを受け入れる訳ではない。“試し”と呼ばれる試用期間を経て、問題無しと判断されて初めて正式に傭兵として登録されるのだ。
さて、この場合の問題とは何か?
一つは単純な実力不足だ。荒事を生業とするのが傭兵である。食い詰め者や勘違いした腕っ節自慢が安易に傭兵になってしまえば早晩命を落とすが必定。これを避けるために先輩傭兵監督の下である程度の仕事をこなし、腕前の程を認めさせなければならないのだ。
仮に力が足りないと判断された場合は荒事メインの傭兵ではなく、街の中での仕事を請け負うように斡旋されたりする。それが人足と呼ばれる人達なのだろう。
もう一つは逃散防止の意味合いである。
この国では人の移動は必ずしも自由ではない。近隣の街や村へ行くのは問題無いが、行政区分の異なる余所の州への移動などは厳しく制限されている。税収の礎である農民を土地に縛り付ける意図が透けて見えるようで、『あちらの世界』の感覚を引き摺っている私からは圧政的に見えたりもする制度だ。
そんな中で例外的に州境を越える権利を有しているのが軍や交易商、そして傭兵などの限られた職業に従事する者達だ。この中で比較的なりやすいのが傭兵であり、過去、傭兵組合に試しの制度が無かった頃には発行されたばかりの組合証を握り締めて他州へ逃亡する農民が続出したそうだ。そうした人達は手段として傭兵になっただけなので、当然ながら傭兵としての仕事などしない。これは傭兵組合側からすれば組合証の発行損であるとともに、逃散を助長している事にもなる。
そこで“試し”だ。
逃散目的の農民に対しては傭兵になる為のハードルを上げて牽制し、なおかつ傭兵に相応しい腕前の持ち主には組合証発行前にも仕事をさせ、まるきりの発行損を防ぐ。越境するために傭兵になるのか、傭兵になったから越境するのか、それは誰にも判らない。越境目的者を完全にシャットアウトするのは不可能と見ての妥協点とも言える。
私自身がヒノベを追って倭州を出る為に傭兵になるのだから二つ目の理由は耳に痛い。
痛いが、止めるつもりはない。
本来なら私の“試し”にも先輩傭兵が付く事になるのだが、その役をウラヤが買って出てくれた。常識が足りない私の教育係としての面もあり、またスキル持ちの私がやり過ぎた場合も事情を知っているウラヤが監督役なら何かと誤魔化しが効くだろうとの思惑もある。“試し”にどれくらいの期間を要するのか現時点では判らず、その期間を私の為に使ってくれるウラヤには黙って頭を下げるしかない。
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「ゴウヅってえと……街道沿いに歩けば二日ってところか。爺さん、手すきの奴らを行かせたと言ったな。出立はいつだった?」
「昨日の昼だ。導士の足なら村に着く頃には追い付けるだろ」
「そんなもんだな」
一日分の先行に追い付く?
また山越えで走り続けるつもりなのか。
ちょっとげんなりしてきた。
「そうと決まったらさっさと行け。そら行け」
「待て待て。オウカを見ろ。今朝村を出たばかりで何も準備していないし金も無い。せめて前金を出せ」
「ああん? なんだてめえ、悠長に買い物でもするつもりなのか?」
「つもりも何もこのままでは行けんだろうが。いくら導士でも飲まず食わず休まずでは体がもたん」
「ちっ! しょうがあるめえ。今回は組合にある物は自由に持ってけ。ただし初めてのオウカに選ばせてたらいつになっても終わらんだろ。ウラヤ、おめえが見繕って来い」
「心得た」
お爺さんに促されてウラヤが部屋を出て行く。話の流れからして組合の備品から遠征に必要なアイテム類を貸し出してくれるのだろう。懐具合に余裕の無い私は大助かりだ。
「ありがとうございます」
お礼とともに頭を下げたら驚いたような顔をされた。
「田舎育ちにしちゃあ礼儀がなってるな。言葉遣いもいやに丁寧だ。親の躾が良かったのか」
「そうですね。村長という立場上、義父もその辺りは気を付けていたみたいです」
実際には男装をする都合から今の言葉遣いになった。
男装しておいて女口調のままでは不自然だし、さりとて急に男口調に切り替えるのも難しい。普段接するのが義父母や義兄、姉など目上の人ばかりなのも伝法な口調を避けた理由だ。
そこで丁寧口調である。
これは男でも女でもそんなに変わらないし、一人称が「私」でも問題無い。男装時に使うにはうってつけだった。
例え丁寧な口調でもいきなり使い始めたら不審を買いそうなものだが、義父が村長なのが良い方向に働いた。余程の不祥事でも起こさない限り村長という身分は世襲される。役人などに会う機会も多い仕事なので、将来恥を掻かないようにと義兄は幼い頃から厳しく躾けられ教育されていて、私やトウカもそんな義兄を見て育った。門前の小僧の如く、習った訳ではなくとも話し方や語彙を憶えられたし、この世界の礼儀も学ぶ事ができたのだった。
「なるほどなあ、村長なら……ああん? 村長だと? おめえ、ミヅキの村長を父と呼んだか?」
「え? ええ、義父はミヅキの村の村長です」
「いや待て。ミヅキの村長なら巡回傭兵の件やらで俺もちょくちょく会うから良く知ってる。前に、いずれ次の村長になるっつって息子を連れてきてな。その時に一人息子だと紹介されたぞ?」
「義父の息子は義兄だけですから、そのとおりです」
「兄、だと……?」
お爺さん、目をまんまるに見開いている。
「ミヅキの村長を父と呼び、その一人息子を兄と呼ぶ……つまりおめえは……」
まあ、ここまでくれば判って当然か。
騙すつもりも無いので正直に答えてしまおう。
「はい、ミヅキの村長の娘です。と言っても義理の、ですが」
「むすめ……おめえ、女だったのか……」
「正真正銘、女です」
「言えよ! そういうことは最初によ!」
「男だとは一言も言ってませんよ?」
「そうだがよ! 紛らわしいんだよ!」
紛らわしいのは確かだけど、騙すつもりは本当に無かった。
傭兵として登録するのだから個人情報を明かすのが当然だと思っていた。名前、出身、それに性別も。正式に組合証が発行されるのは“試し”が終わった後だとしても仮登録はするだろう、その時に説明するのだから出会った開口一番に「こう見えて実は女なんです」なんて言う必要は無かろうとも。
ところが当初は名前すら聞かれず、その後も気功の話題で盛り上がり、挙句済し崩しに初仕事に出発という急展開だ。完全にタイミングを逸してしまい、なかなか言い出せなかったのである。
そのように説明すると、お爺さんは「むう……そうか」と私に悪意が無かったのを認めてくれた。「どおりで綺麗なつらしてる筈だぜ」と、多分無意識に呟いたのを聞いてちょっと嬉しくなる。この状況、さすがにお世辞を紛れ込ませるような心持ではあるまい。
と、お爺さんの視線がつつっと下がり、残念なものを見るような、憐れむような、そんな目になった。
何を考えているのか判ります。
「胸は布を巻いて潰してます。ちゃんとありますよ」
「そ、そうか」
胸に注目していたのを恥じたのか、顔を赤くして目を逸らすお爺さん。
ちょっと可愛い。
照れ隠しのように「しかしウラヤの野郎、判ってて俺をからかいやがったのか」などとブツブツ呟いていたお爺さんは、急に「ああん? ウラヤはオウカを女だと知ってたのか?」と言ってきて、そこは素直に「はい」と答えると、顔を真っ赤にしてワナワナと震え始めた。つい最近見た義父にも似た怒りの形相となる。
そこへ。
「取り敢えずこれだけあれば足りるだろ。ついでに俺の分も借りていくからな」
間が良いのか悪いのか、両手一杯に荷物を抱えたウラヤが戻って来た。
その姿を見るや否や、
「ウラヤぁぁぁ!!」
老人とは思えない勢いでウラヤに殴りかかっていた。仙導力こそ発動していないが、高速剣で目を鍛えている私から見ても素晴らしいスピードである。「ぬお!」っと驚きの声を上げたウラヤもさるもので、咄嗟にお爺さんの拳をがっちりと受け止めていた。手にしていた荷物をどさそさと落としてしまったのは致し方無いところだろう。
「爺さん、いきなりなんだ!」
「なんだじゃねえ! ウラヤ、てめえオウカが女だって知ってたんだろうが!」
「なんだ、もうばれたのか。いや、しかし俺はオウカが男だと言った覚えは無いな。爺さんが勝手に勘違いしたんだろう」
「ぐぬ……そうだが! それはこの際どうでも良い」
拳と掌でぎりぎりと鍔迫り合いを演じながら「だったら何を怒ってるんだ?」とウラヤが首を傾げる。私も傾げた。てっきり男だと勘違いさせた事を怒っているのだと思っていたのに。
「ウラヤぁ……おめえ、オウカの仙腎検査をやったっつってたよなぁ?」
「あ? ああ、言ったな」
「ああん!? なにすっ惚けてやがる! オウカに仙腎は無えんだろう!? 仙腎検査なんかやっちまったら……その……大変な事になっちまうだろうが! 若い娘にそんな辱めを与えておいてしれっとしてんじゃねえ!」
「そ、それは……」
ウラヤ、たじたじとしている。
あの仙腎検査、仙腎を持たない身で受ければ確かに大変な事になる。しかし検査者と被験者がどちらも男であるなら、お爺さんが言ったように「止まらなく」なっても笑い話で済む。
……済む、か?
そこで妙な性癖に目覚めて同性愛に走ったりしたら笑い話では済まないかもしれないが。
検査者が男、被験者が女だった場合。
……まあ「辱め」と言っても間違いじゃない状況になるだろうなぁ。
私もヤバかったし。
お爺さんはそこを怒っている。会ったばかりの他人のためにここまで怒ってくれるお爺さんは良い人に違いないと改めて思う。
が、このまま見ている訳にもいかない。ウラヤが何を言ってもお爺さんには言い訳にしか聞こえないだろうから、私が上手く言わないとお爺さんの怒りは収まらないだろう。
「あの、お爺さん、私なら大丈夫でしたよ。気功で相殺して最悪の事態だけは避けましたから。それにウラヤも土下座までして謝ってくれました。それに、正直その話は早く忘れて欲しいのでこれ以上は……」
避けられたのは最悪の事態だけで、ウラヤには痴態を見られ、嬌声を聞かれている。一日でも早く忘れて欲しいから、こうして話題に上せるのも避けたいところ。あまり引っ張らないで欲しい。
その思いが通じたか、お爺さんは「そうか、オウカがそう言うなら」とウラヤへの追及を止めてくれた。




