最初の仕事
「似非仙導力か。ウラヤと一緒に山を越えてきたってえなら導士と同等……。判った。傭兵の登録をしよう」
お爺さんはあっさりと首を縦に振っていた。
それは良いけど……なんだか似非仙導力という呼び名が定着してしまいそうなのが嫌だ。
「しかしウラヤよ、オウカには本当に仙腎が無いのか? 気配が薄いだけではないのか?」
「それは俺が確かめた。妙な感じはしたが仙腎の反応は無かったぞ」
「そうか、もう検査はしているのか」
検査の話になるとお爺さんは私に痛ましそうな目を向けてくる。
「仙腎の無い身で検査をしたなら大変だっただろう。止まらなくなったんじゃないか?」
「は? 止まらなくって?」
「いや、な。仙腎があればなんということもないが、仙腎が無いとあの検査は……たいそう気持ち良くなってしまうそうだからな」
「……」
返答に困る。
ウラヤから仙腎検査をされたときには本当にたいそう気持ち良くなってしまったものだ。あれを男性が受けて、しかも私がやったような相殺ができないとなったら確かに「止まらなく」なりそうだ。いやまあ“何が”とは乙女の口からは言えないし、そんなに連続発射できるものなのかも知らないけれど。
私を女と判っているならセクハラ発言間違いなしだ。お爺さんは私を男だと思っているみたいだからセーフだけど。全部知っているウラヤは決まり悪そうに頬を掻いていた。あれは絶対に思い出している。早く忘れて欲しいのに。
「ところで似非仙導力ってなあどうやって使うんだ?」
私とウラヤの間に流れた空気を察したか、お爺さんは少々唐突とも言えるタイミングで話題を変えてきた。私としては有り難い。ウラヤもそうだったのか、これ幸いとばかりに新しい話題に飛び付いていた。
「先日は突っ込んだ話まではしなかったが俺も興味がある。夢で見た鍛錬法をやってみたら実際に使えたと言っていたな」
「ああん? 夢で見ただと?」
胡散臭そうにじろりと見られたけれど、そこは嘘偽りなく真実なので「はい、夢で」と頷いておく。
今回ウラヤ達が聞きたがっているのは由来ではなく実践の部分だ。
秘密を共有する仲間なのだし知られても問題は無い。
ついでに気になっていた点を確認してしまおう。
「ウラヤ、仙導力を使ってみてください」
「俺が? 今はお前の話だろう?」
「いいから使ってください。説明に必要なんです。お爺さんはウラヤの気配を良く見ていて下さいね」
「あいわかった」
「ふむ……」
お爺さんは真剣な顔で、ウラヤは不審顔でそれぞれ返してくる。
ウラヤはその顔のまま仙導力を発現させた。
「もういいですよ」
「もうか? なんなんだいったい」
ますます不審顔を濃くするウラヤは置いておいて、私はと言えば『筋力増強』を解除して調息を行い気功スキルだけを発動させた。
「お爺さん、どうでしたか。ウラヤが仙導力を使った時、私と同じような気配を感じませんでしたか?」
この問い掛けももちろん気功の調息を行いながらのものだ。呼吸のリズムを維持しつつ喋るのはやり始めの頃は難しかったけれど、今なら余程の長セリフでもなければ無意識にできるようになっている。
お爺さんは「そうだったか?」という顔でウラヤに「もう一度だ」と言う。
私の意図を理解したようで、今度はウラヤも真剣な顔になっている。
お爺さんの感覚を邪魔しないようにこちらの気功スキルは解除して見守る。
ウラヤが再度仙導力を発現するとお爺さんは「なるほど、似ているな」と頷いた。
「本当か? 爺さんもやってみてくれ」
「瞬き程の間だ。見逃すなよ」
そしてお爺さんも仙導力を使う。
「ほう、確かに似ているな」
注目すべきタイミングが事前に判っていたからか、ウラヤは一度でそれを感じ取っていた。二人が共通の認識を持ってくれた所で、以前考えた『調息によって練られた微量の気をスターターとして仙腎が活性化して仙導力が生み出される』という推測を話してみた。もちろんこの世界の言葉でだが。
ウラヤとお爺さんは「言われてみれば」と何度か仙導力の発現を繰り返し「ううむ」と揃って唸りを上げた。
「これまでまるで意識していなかったが、確かに呼吸を整えた直後に仙導力とは違うものがあるな。これがオウカの言うキコウなのか」
「そうです」
気を操る技術が気功なのでウラヤの言い方は正確ではないのだが、訂正しても意味が無いのでスルーしておく。
ともかくも仙導力に気が関係しているのは確実になった。
“仙導力とは違うもの”と私が気功スキルだけを使っている時の気配が良く似ているとウラヤとお爺さん、二人ともが断言したのだからまず間違いないだろう。
「気功の肝はその呼吸法です。二人が感じたソレは呼吸を整えている間は常に生み出されますし、長時間使うのを繰り返すうちに段々と強くなっていきます」
「それで導士並に、か……。繰り返すと言ったが、どれほどやればそこまでになる?」
「私は五年続けてます。でもこれを聞いた人が同じ期間やって今の私と同じくらいになるのは難しいでしょうね。私と同じ夢を見られればあるいはとも思いますけど、そんなのは有り得ませんし」
ウラヤ達の手前「難しい」という表現にしたが、難しいどころではなく不可能だ。
この世界で私が気功を本格的にやり始めてからなら五年。
でも単純に五年ではない。
鍛錬は試行錯誤の繰り返しだ。たとえ誰かに言葉で教えられ手本を見せられても、それを自分のものにするまでには何度も失敗する。自分にとって効率の良い鍛錬法を見つけるのも同様だ。然るに、私には天音桜の記憶が八年分ある。八年分の試行錯誤と、その結果として導き出された“正解”を全て知った上で鍛錬をスタートできた。
実際には五年の鍛錬が実質的には十三年分なのだから、これは誰にも真似できない。真似できる人がいたなら本物の天才だと思う。
そして仮に天才が現れたとしても仙導力相当に引き上げるのは魔術の修得が必須になるので“私と同じくらい”になるのはやっぱり無理だ。
ウラヤやお爺さんを騙しているようで多少後ろめたさも感じるが、そもそも私のスキルは秘密なので他の人に教えたりはしない。小さな嘘がばれる心配は無いのだし、一から魔術の説明をするのは面倒臭過ぎるので「気功をずっとやっていれば仙導力みたいになる」で押し通す。
「似非仙導力を使う似非導士か。うむ、ウラヤ、面白い奴を連れてきてくれたな」
「爺さん、判ってるだろうがくれぐれも内密にな」
「念押しは必要ねえよ。お貴族様にでも知られたら厄介だからな」
「あまり似非って言わないで欲しいんですが……」
控え目な抗議をまるっと無視して二人は話を続けている。
「登録するのは良いとして、だ。ウラヤよ、おめえのその格好、オウカの試しに同行するって事で良いのか?」
「ああ、そのつもりだ。このとおり似非仙導力が使えるからオウカは並の傭兵よりも強い。が、ミノウに来るのも初めてで何かと不案内だ。試しの間に色々と教え込む。一応訊くが、俺で構わないよな?」
「構わん、と言うより、こっちとしては今この時におめえが戻ってくれるのは願ったり叶ったりだ。しかも試しを受ける新人が導士並のオウカだから尚の事な」
「む? 厄介事を押し付けようとしていないか?」
「そうだが?」
……お爺さん、至極あっさりと肯定しました。
そこは社交辞令でも「そんなことはない」とか否定するものじゃないだろうか。
ウラヤも呆れたようにやれやれと溜め息を吐いている。
「さっきも言ったがオウカは村から出るのも初めてだ。あまり込み入った仕事はできんぞ」
「新人の試しに込み入った仕事なぞ振らん。強けりゃそれで良いって単純明快な仕事だ」
「荒事か。しかし、引退した俺や新人のオウカまで引っ張り出そうって事は余程の大事なのか。そう言えば表に人足しかいなかったが……」
お爺さんは「それよ」と頷く。
「ゴウヅ近くの山で魔物が湧きやがってな。ひとまず手すきの奴らを向かわせている」
表の食事処に傭兵の姿が無かったのは魔物退治に駆り出されたからか。
魔物が相手ならウラヤの参加は確かに有り難いだろう。
魔族や魔物など魔界の生物は『物理攻撃無効』と『物理防御無効』の特性を持っている。魔物の無効化率は魔族ほど(九十パーセントを超えると言われる)にはべらぼうではないが、それでも非物理系のスキルが無ければ苦戦する。
そしてこの世界のスキルは仙導力のみであり、生まれつき仙腎を有している一部の人にしか使えない。北壁の向こうは魔物の領域、北壁以南でも今回のように魔物が湧くとなれば仙導力を使える導士の立場が強くなり、導士を多く輩出する家系が貴族になったりするのも当然だ。
「試しの初っ端が魔物ってのは異例だがな、オウカにおめえが付くなら問題無かろう」
「まあ、そうだが……湧いてるのが何かにもよるぞ? おれはともかくオウカは初めての実戦だからな」
「報告が来てるのは小鬼だ」
小鬼――つまりゴブリンだ。
天音桜にも本物のゴブリンと戦った経験は無いが、温泉宿で行われた合宿において疑似体験をしている。それを基準に考えるなら楽勝の相手である。
初戦の相手としては適当だろう。
「なんでえ、そのつらは。おめえ小鬼を知ってるのか?」
「え?」
「あからさまに安心してるじゃねえか。なんだ? ウラヤから魔物の話を聞いてるのか?」
「いや、魔物図絵は見せたが……それだけだぞ」
相手がゴブリンだと判って内心ほっとしたのは事実だ。なにしろ初の実戦(天音桜も実戦は経験していない)なので、いきなりリザードマンのような難敵に当たるのは勘弁願いたかったのである。それが表情に出ていたようだ。天音桜もそうだったように私も内心が顔に表れやすい。素直と表現すれば長所と言えなくもない。付き合うなら何を考えているのか判らない腹黒よりも素直な相手の方が好ましい。でも剣士としては短所となる。対人戦では仕草や表情から次手を読むなど普通に行われる。今後を考えるならどうにかした方が良いだろう。
……今後はともかくこの場をなんとかしないと。
ウラヤとお爺さんは明らかに不審に思っている。
一般人にとって魔物は脅威。詳細を知らなくても――いや、詳細を知らないからこそ恐ろしい。今日から傭兵を目指す私が小鬼の名を聞いて安堵の表情を浮かべるのはいかにも不自然だ。
「小鬼って最初に出てきたじゃないですか。あれって強さの順番に書いてあるんですよね?」
図鑑系の本ならランダム表記は有り得ない。なにかしらの法則に基づいて掲載順を決めている筈で、魔物の図鑑なら名前の順か強さの順になる。『魔物図絵』が名前の順でないのは一見して判る事だ。
言い訳としてはちょっと苦しいかとも思ったが、ウラヤ達は「確かにそうだ」と納得してくれたようだ。二人にとって小鬼は雑魚扱いだろうから、その認識も手伝ってくれたのだろう。
「オウカよ。お前の言うとおり小鬼は魔物の中では弱い。しかし図絵を見て判った気になるのは感心せんぞ。弱いとはいえ魔物は魔物。侮って良い相手ではない」
「そうだ。導士でも油断すれば危ねえのは同じだ」
納得したらしたでお説教をされてしまったが。
慢心気味な新人への忠告と思って有り難く聞いておくこととする。
「まあいい。とにかくウラヤとオウカには小鬼討伐でゴウヅに向かって貰う。良いな?」
お爺さんの確認に私とウラヤは頷きを返した。




