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エセ仙術使い  作者: 墨人
第二章 傭兵組合
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 外からは薄暗く見えた屋内だが、中に入ってみると高い位置にあるいくつもの明り取り窓のお陰でしばらくして目が慣れれば全く問題無い位には明るかった。

 テーブル席では数人の男性が食事中。言っては悪いが傭兵とは見えない貧相な体格をしていて身なりも相応だ。

 同じくテーブル席を一瞥したウラヤが怪訝そうに呟く。


「人足しかいないのか」

「人足?」

「傭兵じゃない、街での労働だけをする奴らだ。普段なら仕事待ちの傭兵が屯してるもんなんだが。出払ってるとすると何かあったか?」


 首を捻りつつも「俺達はこっちだ」と帳場の一つに連れて行かれた。他には比較的若い人がいるのに、そこだけは白髪頭のお爺さんが座っている。


「なんでえウラヤ、また来たのか」

「なんでえはないだろう」

「けっ! 引退しちまった野郎に用は無えんだよ。なんだ? また面倒事でも持ち込むつもりか?」

「相変わらず口の悪い爺さんだな。違う、今日の用は俺じゃない。こいつの傭兵登録をしてくれ」


 ウラヤに促されて「よろしくお願いします」と軽く頭を下げる。すると帳場のお爺さんは、


「ああん? そいつが傭兵だと?」


 ぎょろりと目を剥き、頭の天辺から爪先まで、品定めするようにして私を見ると「ふん」と鼻を鳴らした。


「止めとけ止めとけ。てめえに傭兵は無理だ。ウラヤ、おめえ今はミヅキの村だったな? なんだ? 田舎暮らしが嫌になった若ぇのに頼みこまれたか?」

「無理って、どうしてです」

「見たところ多少の心得はあるようだがな。体ができてねえ。細すぎる。もうちいっと体ができ上がってから出直してこい。街に住みてえなら……はん、良く見りゃ女みてえな綺麗なつらしてるじゃねえか。そこらの大店の娘でも誑しこめば食うには困らんだろうよ。って、おめえらなにニヤついてやがる。気持ち悪い奴らだな」


 おめえ「ら」?

 複数形? と思い隣のウラヤを見てみれば、悪戯っぽい笑いを浮かべている。お爺さんが私の男装に引っ掛かっているを楽しんでいるようだ。ウラヤ自身も前に盛大な勘違いをしているから仲間を見つけたとでも思っているのだろう。

 私?

 私はお爺さんの「女みてえ」が地味に嬉しかったりする。

 だってこの完璧な男装をしていてさえ隠しきれない女らしさが滲み出ているって事だもの。やはり亀の甲より年の功か。長い人生経験で培われた眼力で真実の一端を見抜いているようだ。

 それだけではない。

 ただ立っているだけの私を見て「多少の心得はある」と見取ったからには、このお爺さんも相当の使い手の筈だ。まあ、かなりの歳のようなのでさすがに現役ではないだろうけど。それに口は悪くとも言っている内容は悪くない。実力が伴わないのに傭兵になってしまえば確実に早死にする。無謀な若者を引き留める役も担っているのだとすれば、お爺さんの言い様は筋がきっちり通っている。

 このお爺さんは良い人に違いない。


 が、それはそれ、また別の話だ。

 このまま傭兵登録を断られたら堪らない。

 ウラヤも笑いを引っ込めて真面目顔になっている。


「爺さん、こいつは俺が認めて連れてきたんだ。無下に扱うな」

「ああん? しかしな、こいつはどう見たってまだ駄目だろうよ。そうさな、あと二年も体を作れば……」

「待て待て。爺さんの言いたい事は判るが、まずは俺の話を聞け。俺はな、今朝ミヅキの村で朝飯を食った。で、だ。この間は昼飯時に邪魔しちまったからな。今日はこうしてずらして来てやった」

「おめえにしちゃ気が効いてるな」

「言ってろ。それで、俺が今日ここに来たのはこいつの傭兵登録をするためな訳だ」

「それはさっき聞いたが……いや、待て。おい、ウラヤ、おめえ朝飯を食ってからそいつを連れてここまで来たのか?」

「そうだ」


 途端、お爺さんの私を見る目が変わった。

 じっと私の腰のあたりを注視し、「ウラヤ、おめえちょっと離れろ」とウラヤを下がらせてからもう一度腰のあたりに視線を這わせてくる。そして軽く溜め息を吐くと「ウラヤ、嘘を吐くもんじゃないぜ」とウラヤを睨みつけた。


「朝飯食ってからってこたあ山を越えてきたんだろ? それはおめえが導士だからできるこった。そいつも導士なのかと思っちまったじゃねえか」

「爺さん、それだ」

「ああん? それってなあどれだよ?」

「それを説明するのは少々人目を憚る。奥の部屋、使わせてくれんか?」

「ふん……どうやらおちょくってる訳じゃ無さそうだな。良いだろう」


 お爺さんは「おい、ちぃと席を外すぜ」と隣の帳場の人に断り、「こっちに来な」と横手にある引き戸を開けて奥に引っ込んでいく。

 戸口を抜けるとそこは紙と墨の匂いに満ちた空間だった。狭い間隔で立ち並んだ背の高い棚には紐綴じの紙束が整然と積まれている。背表紙をこちらに向けた本棚置きでないのはそこまでしっかりとした本ではないからか。

 記録室か資料室か、とにかくそういった部屋であるようだ。改めて見てみれば膨大な量の紙がある。この中からヒノベ達の記録を見つけてくれたウラヤと組合職員の方々には改めて感謝だ。


「なにしとる。さっさとこんか」


 記録室を突っ切った反対側の戸を開けてお爺さんが呼んでいる。


「ウラヤ、あの方も導士ですよね?」


 さっき腰の辺りを注視していたのは仙腎の有無を探っていたのだろうと見当を付けた。果たしてウラヤは「うむ」と頷き、「現役時代はこの辺りでも有名だったらしい。もう何十年も前だがな」と言い添える。

 お爺さんも年齢を理由に引退した口であるようだ。しかし背筋もピンと伸びているし歩き方も颯爽としていて格好良い。まだまだそこらのゴロツキなど鼻歌交じりに叩きのめすくらいは簡単にやってのけそうな凄味があった。


 行き着いたのは小さな部屋だ。真ん中にテーブルがあり、テーブルを囲んで椅子が置いてある。小会議室といった雰囲気だ。しかしお爺さんは椅子には座らず、私達に座るように勧めたりもしない。戸をピシャリと閉めるや否や腕組みしての仁王立ちだ。


「さて、話してもらおうか。人目を憚る理由ってやつをよ」

「その前に。爺さん、これは秘密にしてもらわにゃならん事だ。それは承知しておいてくれ」

「はん! 人目を憚るっつうならそうなんだろうよ。で、おめえは俺になら話しても良いと踏んだんだな? なら喋らねえよ」

「その言葉信じるぞ。まず爺さんも判ってると思うがこいつは」

「その前に名乗らせてもらえませんか? いつまでも“こいつ”や“そいつ”はちょっと……」


 対面してからの呼ばれ方が“こいつ”に“そいつ”、ついでに“おめえ”と”てめえ”だ。いくらなんでも扱いが酷過ぎる。ウラヤが「おっと、悪かったな」と言えば、お爺さんも「そうだな、まあ名乗れ」と言ってくる。


「ミヅキの村のオウカです」

「オウカ? 女みてえな名前だな」


 ……『桜花』でまんま女の名前だ。

 まあ違う漢字を使えば男の名前でもアリとは思うが、お爺さんにとっては『オウカ』という読み自体が女っぽく感じられるらしい。


「で? 俺がオウカの何を判ってるって?」

「導士じゃないってことを、だ」

「そりゃあ判る。仙導力の気配がまるで感じられん」

「うむ。だが、オウカは導士ではないのに俺とともに山を越えてきた」

「ああん? 山越えってのは嘘じゃなかったのか?」

「そんな嘘を吐いて俺に何の得がある。正真正銘本当の事だ」

「……つまりどういう事なんだ? タネがあるなら早いとこ明かしてくれ」


 お爺さんがだんだん焦れてくるのを面白そうに見ていたウラヤは「オウカ、やってみせろ」と私に振って来る。こうなる流れは予想できたけど「でも良いのか?」とも思ってしまう。気功について秘密にしておくようにと言ったのは他ならないウラヤだ。


「ばらしちゃって大丈夫なんですか?」

「前に言ったろ。傭兵は軍の身分制度から離れている。それにこの爺さん、こう見えて話は判るからな。潰しにかかるなんて事は無いだろうし、知らせておけば何かと通りも良くなる。問題無い」

「そうですか……」


 帳場での「傭兵登録をしたい」「駄目だ」の遣り取りは他の職員にも聞こえていただろうに異を唱える人はいなかった。それは組合内でのお爺さんの立場が強い証拠で、こうなるとお爺さんの首を縦に振らせない限り傭兵登録はままならない。見た目で駄目なら「それでも傭兵になれる」と納得させる材料を示す必要がある。

 私の特異性を知らせておいた方が後々問題が少ないのも確かだろう。私は普通の新人傭兵とは違う。先を急ぐ理由もあり、ある程度はスキルを使うつもりなので、下手をすれば冒険者ギルドのお約束である『最初の仕事で大活躍。一躍注目を浴びる』をやってしまいそうだ。その時にお爺さんが事情を知っているのといないのとでは組合側の対応も変わってくると思う。


「付近に他の導士はいない。安心してやれ」

「判りました。では、やります」


 宣言してから気功スキルの調息を開始。

 するとお爺さんが「むむ!」と唸って身を乗り出してくる。


「なんだぁこいつは。仙導力っぽいが仙導力ではないような……なんとも奇妙な気配だな」

「おい、オウカ、もう一声いけ」


 魔術も使えということか。

 そう思い、声は出さずに『筋力増強ストレングス』の呪文を詠唱した。五年ほど使い続けているので素早く詠唱できる。はっきり言って、今となっては天音桜本人よりも私の方が呪文詠唱は上手だ。


 ――補助魔術『筋力増強』発動。


 気功スキルだけなら「仙導力っぽいが微妙な感じ」で、そこに補助魔術を重ねると「仙導力としか思えない」となるのは先日ウラヤで実験している。案の定、魔術の発動と同時にお爺さんは目を剥いた。


「な! なんだこれは!? 仙導力ではないか!!」

「爺さん、声がでかい」

「む、すまん。内密の話だったな。しかし……何故だ? どうなっている?」


 食い付かんばかりの勢いのお爺さんを手で制し「もう良いぞ」とウラヤ。

 調息を止めれば気功スキルは解除され、補助魔術だけなら「何も感じない」になる。

 お爺さんからはいきなり仙導力が跡形もなく消えたように見えるだろう。


「消えおった……」

「見ての通り、オウカは導士ではなくとも仙導力に良く似た力を使える。先日少しだけ技を見たのでな。今日はどこまで持つのかを山越えで確かめた。まるで遅れずについてきたぞ。どうだ? これでも傭兵にはできんか?」


 なんと。あのいきなりの山越えは私の持久力を計る為だったのか。

 そうならそうと言えば良いのに。


「仙導力に似て仙導力に非ず。人呼んで似非エセ仙導力だ」


 驚きに震えるお爺さんに向かって、何故か得意げにウラヤが言い放つ。

 ……何が人呼んでか。

 そう呼んでいるのはウラヤだけなのに。

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