饅頭
ファンタジーな創作物なんかだとぐるりと壁に囲まれた街が良く登場するが、ミノウの街には街壁なんて無かった。それどころか「ここからがミノウの街です」という明確な境目も存在せず、点在する田畑や農家を横目に見ながら街道を進んでいくと徐々に家屋の密度が上がっていって、気付いたら街のメインストリートに到着していたという具合だ。
連なる家々は時代劇っぽい感じの木造家屋で、意外と建築技術は高そうに見える。和風と中華風が入り混じっているのは大陸の一部として地続きになっているため文化的な影響を受け易いからだろう。
「どうだ? 村とは全然違うだろう? 人の多さに驚いたか?」
道行く人々を指し示し、何故か得意げなウラヤ。
この地方に点在する農村群の中心となる街だ。もちろんミヅキの村とは比較にならない人口を抱えている。周辺部はともかくメインストリート沿いともなれば家屋も密集しているし、様々なお店も軒を連ねていて多くの人が行き交っているのもまた事実だ。農村暮らしの田舎娘が初めてこの光景を目にしたなら、ウラヤが期待したような反応を示すのが普通なのだろう。
が、しかし。
『あちらの世界』の記憶として都市部の人口密度を知っている身としては「ふーん」くらいにしか感じない。天音桜基準でミノウの街を評価すれば“地方都市の商店街”クラスになる。通っていた学園近辺の方がもっと栄えていたくらいだ。
「そんな事より早く行きましょう。傭兵組合はどこなんですか?」
私の淡白な反応にウラヤは少し不満そうだが、そんなのには構っていられない。傭兵組合への興味と期待が上回っているからだ。
自分も傭兵になると決めたから、傭兵組合についての話をウラヤから聞きだしていた。
傭兵組合という名前に違わず、傭兵を巡回や害獣・魔物駆除に派遣するのが主な業務になっている。が、そうした武力メインの仕事だけでなく農作業の手伝いや荷物の運搬、建築の手伝いなど幅広く仕事を斡旋していた。その他にも犯罪者の捕縛や火災発生時の消火活動に傭兵を派遣したりもするらしい。
こうした話から思い出すのは『あちらの世界』の創作物に登場する“冒険者ギルド”だ。冒険者ギルドは国家権力から独立した組織として描かれる作品が多いが、傭兵組合は央国政府管理下にあり、そこは異なっているが。
はやいところ傭兵組合を見てみたいと急かす私を、ウラヤは「まあ待て」と制してくる。
「そう急くな。そろそろ昼時だ」
「お昼は休みですか?」
「そうではないが。先日の調べ物の際には無理を聞いてもらっているからな。今日は急ぎではないのだし避けられるなら避けておきたい」
「なるほど。そういうことなら少し待った方が良さそうですね」
電子データ化も検索システムも無い世界だ。五年も前のヒノベ達の記録を探し出すのは随分と大変だったろう。加えるなら先日のウラヤが街に到着したのも今時分だったとすると、丁度お昼時にお邪魔して調べ物をして貰ったのだろうし。少しでも早く結果を知りたかったから私にとっては有り難かったけれど、無関係な組合職員の方々には迷惑だったと思う。
今日はさして急ぐ用でもない。ウラヤの言うとおり時間をずらしていくのが気遣いと言うものだろう。
「でも、どうします? どこかで時間を潰しますか?」
「俺達も適当に何か食っておこう。門出の祝いだ。今回は俺が奢ってやる」
「え? 悪いですよ。この後もお世話になるのに」
「これから傭兵になるならなにかと物入りになる。遠慮するな」
……。
ミヅキの村では自給自足と村民同士の物々交換しかしていなかったから私にはこの世界の金銭感覚がまるでない。私の所持金について「切り詰めれば街で一週間は暮らせる」と評したのも、傭兵になれば必要になるあれこれを揃えるのに幾らぐらいかかるのか知っているのもウラヤだけ。そのウラヤが温存しておくべきだというなら、懐にある義父母からの餞別には手を付けずにおこう。
で、有り難く奢ってもらったのだけど……失敗した。
「何が食いたい?」と聞かれてもこの世界にどんな料理があるのか知らない私には答えようが無く、さてどうしたものかと見回していたらとあるお店の軒先の看板が目に止まった。木の板にやけに太い墨文字で大書されていたのは『饅頭』の二字。
甘味とは無縁な生活が長過ぎた。あんこのほんのりとした甘みを思い出したら看板から目が離せなくなってしまい「なんだ、あれが良いのか?」と問われれば否定できない。
お昼ご飯にお饅頭はどうなんだろうと思いつつ、しかしウラヤも別段気にしていないようにお店に向かって歩きだしたので、まあいいかとホイホイついていったら。
この街が和風と中華風の折衷だったのを忘れていた。
蒸し器から出てきたのは古いカンフー映画なんかに出てくるアレだった。
饅頭じゃなくて饅頭。
具無しの饅頭を割って肉と野菜の炒め物を挟んで食べるのが肉まんみたいな感じで、まあ美味しくはあった。饅頭のつもりで口を用意していたせいで微妙な気持ちになってしまったけれど。
まったくもって紛らわしい。
表意文字で書くなと言いたい。こういう勘違いを防ぐために表音文字があるのだろうと。
あれ? 違う、か。
ふと気付いたのは、央国内でも地方によって表意文字の読みや意味が異なるから混乱を避けるために表音文字を使用するのに、何故この看板では表意文字を用いているのか、だった。
敢えて漢字で書いているのはこれで誰も混乱しないから。つまり『饅頭』が示すのは『マントウ』だけで『まんじゅう』は存在していない?
天音桜の記憶を探ってみると『中国の饅頭が日本に伝わって饅頭に変化した』という食べ物系及び映画系の雑学知識があった。日本列島が大陸にくっついているこの世界で、まだこの変化が起こっていないとすれば表意文字で書き分ける必要が無いこととなる。
――これは気を付けないといけない。
なまじ漢字が読めてしまうせいで『あちらの世界』の記憶と結び付きやすいが、安易な思い込みをしてしまうと大事な場面で判断を誤ってしまう。害の無い事例でそれを勉強できたのは幸運だった。
……そう思わなければ甘味への期待を裏切られた私の気持ちが収まらない。
「おまえは財布に優しい奴だな」
ウラヤからは変な褒められ方をした。
饅頭は安く手早く食べられるファストフード的な食べ物だったらしい。
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お昼を簡単に済ませて余った時間を使い武器屋をチェックしてみた。
傭兵組合のある街だからだろう。いくつもの街を巡っていたウラヤにも「そこそこ品揃えは良いぞ」と評されるくらいのお店らしいのだが。
「むー……やっぱり『刀』はない、か……」
店内に並ぶ刀剣類を端から端まで確かめて、そう結論するしかなかった。
もちろん私が欲している『日本刀』が無いのであって、刀に分類される中国系の武器は豊富である。ただ、やはりと言うかどれも片手で使うためのバランスになっている。ウラヤの剣のように両手でも使えるように作られているものは見当たらなかった。
「なにか気に入った物はありましたか?」
武器屋の親父さんが愛想良く訊ねてくるのには「すみません、今日は下見だけなんです」と誤魔化して武器屋を後にした。
「高いですね」
「できからすれば妥当な線だったが?」
「相場は判りませんから。ウラヤがそう言うなら適正価格なんでしょうけど……あれじゃあ手が出せませんよ」
「ふむ。しかし安物に手を出すような真似はするな。命を預ける得物に金を惜しむべきではない」
「それはもちろん判っています」
だからこそ、仮に十分にお金があってもあのお店では買い物ができない。
天音流剣術では日本刀を使うし、これまでも木の枝などを日本刀に見立てて稽古してきた。弘法筆を選ばずとの言葉が『あちらの世界』にはあるけれど、私はまだその域に達していない。
「両手で使えるのが欲しいです。ウラヤの剣は特注品なんですか?」
「これはそうだが、似たような剣も無いわけじゃないぞ。使い手が余りいないから出回る数も少ないだろうが。ここには無くとも別の街でなら売ってるかも知れん」
「……ならこの街で買うのは諦めます。そもそもお金が全然足りませんし、傭兵になって移動しながらお金を稼いで、武器を買うのはそれからですね」
馴染まない武器に大枚を叩くような余裕は無いし、命を預けるなら自分で納得できる武器に預けたい。そのように伝えるとウラヤは「まあそれが良いか」と頷いてくれた。
「しかし当面どうするつもりだ? いくらなんでも丸腰はまずいぞ」
「鉈があるから大丈夫です」
「うむ。確かに鉈があれば大丈夫だな」
ウラヤはあっさりと納得していた。
今朝も「鉈は良いぞ」と言っていたけれど、何か思い入れがあるのだろうか。まあウラヤの鉈に対する想いは脇に置いておくとして、現状一番手に馴染んでいるのがこの鉈だ。『気の刃』を使えば切断力を強化できるし『気の刃3』を使えば多少のリーチ延長もできる。左手を『鬼の手』で武器化できる分も考え合わせれば、ウラヤのような導士とでもやり合わない限りは十分だろう。
「さて、そろそろ良い頃合いだろう。組合に行くとするか」
良い具合に時間を潰せたようで、ウラヤに促されてメインストリートを進んでいった。
街の中心を過ぎたのだろう。過密気味だった家々が少し疎らになり始めた辺りに組合の建物はあった。これが住居なら大層なお屋敷だというくらいの大きな建物。開け放たれた戸口から中を覗き見ると手前側は食事処のような感じにテーブルが並び、奥の方で床が一段高くなっている所に周囲を格子で囲われた場所がある。
帳場だろうと思うのだが、それがいくつも並んでいるのは違和感があった。
普通帳場は一カ所だけ、というのは『あちらの世界』の時代劇の話か。
ここが冒険者ギルド的な組織だとすれば、帳場が受付カウンターに相当するのだろう。この規模の建物に訪れる傭兵やお客を捌くなら帳場一つでは心許ない。
ウラヤに導かれて傭兵組合の建物へと足を踏み入れた。
いよいよ傭兵デビューである。




