山越え
デモンストレーションの甲斐あって私の腕前を家族も理解してくれた。
そこから傭兵になるのを認めてもらうまでにはもうワンクッションあったのだが。
「オウカが強いのは判った。しかし、それならなおさら村に留まるべきではないか」
ミヅキの村のような辺境の農村には魔物や無頼の輩といった外敵への備えが無い。いざとなれば農具などを武器に戦いはするだろうが結局は素人の集団だ。傭兵が巡回を行っているのは山中に湧いた魔物を駆除したり無頼の輩を捕縛したりして村々にかかる危難を未然に排除するためだ。
とは言え巡回だけでは万全とは言えない。『私』の感覚からすればスッカスカのザル警備みたいなもの。村人だって完全な安心を得ている訳ではなく、だからこそ『戦える人』は農村にとって貴重となる。余所者を嫌う排他的な傾向の強い農村においてウラヤの移住が歓迎されたのはそうした理由からだ。
そうした事情があるから、もともとの村民である私が『戦える人』であるならば、村に留めておきたいのだと義兄は言う。それを聞いて義母や姉も再度の引き止めをしてくる。
……それは単なる口実で、義兄にしろ義母にしろ姉にしろ家族の情から行かせたくないと言っているのが痛い程判る。それくらいは私にだって読めるのだ。
でも、振り切った。
振り切れてしまった自分を薄情者だと思わないでもない。
心のどこかでこの人達は『オウカ』の家族であって『私』の家族ではないと思ってしまっている。否。私にとっての家族は間違いなく彼らなのだが、彼らにとっての『オウカ』は『私』ではないという引っ掛かりがある。『オウカ』に向く筈だった愛情を騙して掠め取っている後ろめたさを拭い切れないのだ。
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村を発つのは家族会議の二日後になった。
傭兵になって村を出ると挨拶して回るのに一日使ってしまったからだ。
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「おまえ、大事にされてたんだな」
村を出て、家族や村人の見送りも見えなくなった辺り。
傭兵組合での登録を円滑に行うために同行するウラヤが足を止めていた。
「……ほんとうに意外でした」
傭兵になって村を出ると告げると、返ってくるのは決まって離村を惜しむ声だった。
五年前の一件以来村内での扱いは微妙なものになっていたけれど、けして疎まれていた訳ではないらしい。長く平和の続いている農村では犯罪の被害に遭う事自体が珍しく、街に繰り出した未婚男性がイカガワシイお店でぼったくられたとか、当人は堪ったものではなくても周りからすれば笑い話にしてしまえるような、そんな軽いものが精々だ。
そんな中で、複数の男に乱暴されておかしくなってしまった娘というのは重い。
どう扱ったら良いのか、どう接したら良いのか、余計に傷付けてしまうのではないか。そうした気遣いからどうしても距離を置いたような対応になってしまう。その結果、遠巻きにしつつ私の成長と回復を見守るという態勢ができあがってしまった。当初は『純潔ではない未婚女性』である私に不埒な視線を向けてくる男性もいたが、それらが無くなったのは私が男装するようになったのに加えて周囲の人達がきつく〆てくれたお陰でもあったようだ。
私はそれに気付けなかった。
来るものは拒まず、去る者は追わず。人付き合いの基本がそんな感じだから距離を置かれれば置かれた距離をこちらから詰めるような事もしない。もう一歩を踏み出していれば今とは違う生活があったのかもしれないと思う。
今はもう見えないけれど、村人総出で見送ってくれた。
「やはり止めておくか?」
「……そういう事を言わないでください。決心が揺らぐじゃないですか」
「揺らぐようなら止めておけ、と言いたいが? 先延ばしにしても構わんぞ」
「延ばせません。もたもたしていてヒノベ達に勝手に死なれては堪りませんからね」
この世界は医療技術が未発達だし、それとなくウラヤに確かめたところでは回復魔術に相当するような仙技や仙術も無さそうだ。荒事に飛び込むのが当たり前な傭兵を生業にしていればいつ死んでもおかしくない。“お礼”は生きている相手にしかできないのだから、追うと決めたなら可及的速やかに、だ。
……それを言うなら今現在もヒノベが生きている保証はない訳で。
追跡が徒労に終わる可能性もあるけれど、そこまで考えてしまっては身動きが取れなくなる。不本意ながらヒノベ達の無事を祈るしかない。
「ふむ……多少強がりは混じっているが気持ちは変わらんようだな。まあ良いだろう。ところで忘れ物はないか?」
「ありません」
荷物はそれほど多くない。
予備の服を一組と、餞別として貰った愛用の鉈と幾ばくかの銭。服は風呂敷に包んでたすき掛けに背負い、鉈は帯の後ろに差している。「切り詰めれば街で一週間は暮らせる」くらいの銭は小さな巾着袋に収めて懐に忍ばせている。
荷物は正真正銘これだけなので忘れ物のしようがない。
……まあ、仮に忘れ物があったとしても、総出の見送り直後にのこのこ戻るなんてみっともなさ過ぎてできないだろうが。
これほど身軽なのはウラヤの助言に従ったからだ。
ミヅキの村は富裕とは言えないまでも殊更貧しい訳でもない。村長の家になら余剰の生活用具を独り立ちする娘に持たせるくらいの余裕はある。しかし義父母が用意してくれたそれらを一瞥したウラヤは「これは止めておけ」と言ったのだ。
ミノウの街に定住して傭兵稼業をするならそれでも良いが、ヒノベを追って移動を続ける前提ならば“家”で使う道具類は邪魔になる。できるだけ身軽でいられるように荷物は少なめに、必需品も持ち運びの利便を考慮して作られた物を揃えるべきだと。
四十の歳まで傭兵をやっていたウラヤの言葉だ。経験に裏打ちされた重みがある。義父母も不承不承ながら道具類を引っ込め、「鉈は良いぞ。役に立つ。いざともなれば予備の武器としても使えるしな」とのウラヤの助言に従ったのだった。
「ウラヤこそ忘れ物は無いでしょうね?」
同行するウラヤも身軽だ。
さすがに私より荷物は多いがそれでも背負い袋一つに全て収まっている。
剣と弓矢、何かの革で作られた胴衣と手甲、丈夫そうな革製の長靴が装備品だ。あと装備品かは微妙ながら鉈も持っている。
「今のところはこれで全部だ。引退する時に処分しちまった物もあるからな。お前の試しが遠出になるなら幾つか買い足さなきゃならん」
「う……お世話になります」
「ああ。世話してやる」
ウラヤは「さて」と街道の行く手を見やり、次に街道から逸れた山を見る。ミヅキの村からミノウの街へ向かう街道は、大雑把に言えばあの山の麓をぐるりと迂回するようなルートになっている。
「おまえ、山歩きは慣れているよな?」
「山の仕事もありますから」
「うむ。ではついてこい」
「え?」
調息。
仙腎活性。
ウラヤが突然走り出した。向かうのは街道を逸れた山の方だ。
「ちょっと! 待って下さい! 私、道を知らないんですよ!」
「迷いたくなければ追って来い!」
そんな事を言っている間にもウラヤは大分進んでしまっている。仙導力のステータスアップがあるからとても速い。
「もう! なんなんですかいきなり!」
街道沿いに歩いていけばいずれ街には着くのだろうが、ウラヤがいないと傭兵組合での手続きが判らない。はぐれる訳にもいかず、ウラヤを追い掛けた。
こちらも気功スキルを発動。
『風』にしてスピードアップ。
追い付けない。
重ねて『加速』。
ウラヤの背中が近付いてくる。
「逃がしませんよ!」
「逃げてる訳じゃない。おまえがどれほど走れるのか見てやろうってだけだ。しかしまあ……さすがに速いな。こうも簡単に追ってくるとは思わなかったぞ」
「追って来いと言っておいてそれはないでしょう……」
軽い抗議をガハハと笑って軽く流すウラヤ。「ちゃんと加減はするつもりだったぞ? いらんようだがな」と全然悪いと思っていない様子。
そのとおり。加減なんていらない。
気功スキルの速度特化だけでは及ばないが、補助魔術も重ねて速度超特化になれば私の方が速い。山中の道順が判れば追いぬいてやるところだ。
……なんて思ったのは慢心だった。
山に分け入ってからは追い抜くどころではなく引き離されないように喰らいつくのがやっとだった。
山歩きに慣れている?
うん、山仕事で歩くのには慣れている。
でもこれ走ってるから。
ちょっと格好良く言い直せば疾走ってる、になる。
まさに全力疾走。
平地と殆ど変らないスピードでウラヤは走る。
木々の間を縫い、突き出た根やちょっとした段差は軽々と跳び越え、邪魔な下生えは鉈を一閃させて切り払い、とにかく足を緩めない。辛うじて追随できるのはウラヤが通った後をトレースする事で足場を選定する手間や切り払う手間が省けているからに過ぎず、ウラヤの前に出ても同じスピードを維持できるかと問われれば否と答えるしかないだろう。
時々効果時間の切れそうな『加速』をかけ直しながら走り続け、登ったり降ったり渓流を渡ったりした。「獲物を追って一晩走り続けた事もあるぞ!」とか涼しい声で言ってくるウラヤにイラッとさせられたりしているうちに徐々に木々が疎らになってきて、気付いたら再び街道に立っていた。
「あそこがミノウの街だ」
指差す先を見てみれば、なるほど家々の連なりたる街がある。
そして視線を空へと転じてみれば、太陽はまだ中天にかかっていない。
「義父さんは……街まで丸一日かかると言っていましたが……」
滴る汗を拭い、乱れた呼吸を整えつつ言えば、
「だから、それは道なりに普通に歩けば、だ」
応じるウラヤもまた僅かに息を乱し、うっすらと汗ばんでいる。
このセリフ、この間も聞いた。火傷の件を調べに行って貰った時は一日で往復して来てくれた。片道で丸一日かかるところを一日で往復してきたのだから片道は半日と考えていたが、調べ物をする時間などを加味すればもっと短くなる。
あの日もこんなふうに走ってくれたのか。私のためにこんな過酷な道行きを往復してくれるなんて……と少しばかりウラヤを見直していたら、ウラヤは私をぎょっとさせるような呟きを漏らしていた。
「この程度で息が切れるとは……やはり年齢には勝てんな……」
「導士ってのは化け物ですか!?」
「化け物って、お前な」
「丸一日かかる行程を無茶な『ショートカット』で半日以下に短縮しておいて、それをこの程度とか言っちゃうのが化け物なんですよ」
「しょーとかっとってなんだ?」
「え? あ……近道?」
「俺が訊いてるんだが……まあいい。と言うかだな、俺が化け物ならお前だってそうだろうが。きっちりついてきて、しかもその程度なんだからな。疲労困憊でぶっ倒れるとかなら可愛げもあるだろうに……おっと、今から倒れても遅いぞ?」
「そんな事はしません!」
まったく……。
山越え程度はウラヤにとってさしたる負担ではないようだ。そうでなければ一日で往復などしないだろうが。
ウラヤって本当に「導士としては大したことない」のか?
年齢を理由に引退しておいてこれだ。単なる謙遜だったのか、それとも「大した事のある」導士はもっととんでもないのか、機会を得て確かめておいた方が良さそうだ。




