デモンストレーション―疾風―
傭兵になるという私の宣言は家族から猛反対を受けた。
義父母も義兄も姉も反対し、甥も姪も「おねーちゃん行かないで」と。正直な心境として反対されたのが嬉しくもある。今現在既に村内では微妙な立ち位置にいて、将来は間違いなく行かず後家になるであろう私だ。出ていくならこれ幸いとばかりに放り出されても文句の言えない立場なのである。
でも、だからこそ情に甘えてばかりもいられない。
甥姪には聞かせられない内容なので二人が床に就いた後にウラヤ立ち会いで家族会議を開いて貰った。燭台に火を入れて食堂のテーブルを囲む。
「これをはっきりさせないと……区切りが付かないと言いますか何と言いますか……」
「しかし、はっきりさせて、それでどうするのだ?」
「“お礼”をしようと思います。ヒノベ達が潔白なら命の恩人、助けてくれてありがとうとお礼を言います。傭兵になればお金を稼げますから失礼にならない程度に包むのも良いでしょう。そしてもしも傭兵の皮を被った悪党だったなら……また別の意味での“お礼”のし方がありますからね……って、あれ? みんなどうしたんですか?」
気付いたらウラヤ以外の全員が顔色を青くして逃げるように仰け反っている。
「おい、オウカ。その殺気を引っ込めろ。村長たちが当てられてるぞ」
「殺気? あ、ごめんなさい……」
いけないいけない。“お礼”について考えていたら無意識に殺気を放ってしまったらしい。スキルどころか武術の心得さえない義父達にも感じられたとなれば相当強烈だったに違いない。甥と姪がいない場で本当に良かった。
「俺はオウカが傭兵になるのもそう悪いことじゃないと思う。この村に燻っていても、何と言うか……オウカには先が無い」
意外な事にウラヤが援護射撃してくれた……が、「先が無い」は酷い。軽く抗議の目を向けると「このままじゃ嫁にもいけずに枯れるだけだろ」と返された。それもまた酷いけれど、まあ行かず後家になるだろうとは私自身も思っていた事。反論はできない。
「村を出てどうなるとまでは言えんが、留まるよりはマシな結果になるだろう」
「しかし、その……そいつらが悪党だった場合の“お礼”はどうするんだ? いや、それ以前にそう簡単に傭兵になれるものなのか? 俺は傭兵組合の仕組みなど知らんが、そこらの村娘が傭兵になりたいと言ったところで門前払いされるのがオチだろう?」
「それが傭兵として戦えるのかと言う意味なら答えは是だ。俺の見立てでは並の傭兵など歯牙にもかけん使い手の筈だ。先ほどの殺気、お前も感じたのだろう? あれは“そこらの村娘”が放てるものではない」
淀みの無いウラヤの言に義兄は唸る。期せずして殺気を放った事がウラヤの言葉に説得力を与えていた。そして義父は薪の件を知っているし、気功の話もしている。多分、ウラヤが見せた仙導力を思い出し、それに似た事をできるのならばと考えているのだろう。
なんにしろこの流れは都合が良い。「傭兵になるだけの実力があるのか」が焦点ならば話は簡単。その実力を示せば義兄も納得してくれるだろう。
「ウラヤ、申し訳ありませんが、剣を貸してもらえませんか?」
「うん? 構わんが、何をするつもりだ?」
「ちょっとした『デモ』……じゃなくて、ええと……あれです、腕前を見てもらうかと」
危ない。デモンストレーションと言いそうになってしまった。
私の頭の中身は日本語ベースのままだ。五年も経てば翻訳しながらの会話にも慣れたものだが、対応する言葉が出てこないとついつい日本語の方が口をついて出そうになる。特に何となく使っていた外来語にその傾向が強い。
……デモンストレーションって日本語にするならなんだろう?
語学の勉強を疎かにしていた天音桜が恨めしい。
私が会話の途中でつっかえてたどたどしく言い直すのは今に始まった事ではなく、家族の誰もいまさら突っ込みはしない。ここ最近何度か口走った日本語を聞いているウラヤだけが「またか」みたいな顔になっていたけれど。
ともかくもウラヤから剣を借り受け、場所を薪置き場に移した。
空には満月手前の月があり、互いの表情がぼんやりと見える程度には明るい。
ウラヤの剣は片手でも両手でも扱える両刃の直剣。当然ながら刀とはまるで違うけれど、バランスが取れていて扱いやすく、試しに片手で素振りしてみても特に支障は無い。これならいけると確信できた。
積み上げられた薪から適当に三本を拾い上げてウラヤに渡す。
「私が合図したらそれをこちらに投げて下さい」
「三本、いっぺんにか?」
「そうです。でも少しばらけるように」
「そうか、判った」
心得たとばかりにニヤリと笑うのが月明かりの下でも見て取れた。私が何をしようとしているのか、おおよその見当が付いたらしい。
練気の調息を行いつつ、声は出さずに呪文を詠唱する。
――天音流剣術『焔』
――天音流剣術『風』
――補助魔術『加速』
――天音流剣術『気の刃』
立て続けにスキルを発動させた。
練気量が増大する調息法『焔』で気を練り上げ、気功スキルのステータスアップを『風』によって速度に特化させる。更に『加速』を重ねて速度超特化状態へ移行。剣に気を流し込んで切れ味を良くする『気の刃』も使う。
これで準備は完了。剣を左脇に構えてウラヤに声をかける。
「ウラヤ、お願いします」
「うむ? よし、いくぞ」
なんだかウラヤの反応が芳しくなかったが、投じられた三本の薪は緩い山なりに、良い感じにばらけて飛んでくる。惚れ惚れする程の完璧な薪投げだ。
薪の軌道を見切り、こちらからも一歩を踏み込む。
――天音流剣術『疾風』
呼気とともに放つのは天音流剣術の連撃技だ。『気の刃』で切断力を強化しているから薪を断つのは無音となり、分断された薪が地面に落ちる音だけが連続する。
「と、まあこんな具合です」
「え? え? オウカ、今何かしたの?」
「いや待て。薪が……斬れてるぞ!」
「斬っていたのか? まるで見えなんだぞ……」
最初はぽかんとしていた義父達も、地面に転がる薪が六つになっているのに気付き、今度は呆然となっていた。
「なあオウカ、腕前を見せるんじゃなかったのか?」
「そうですよ」
「なら、どうしてわざわざ見えないように動く?」
「だってその方が判り易いじゃないですか」
以前ウラヤが言っていたように、「剣を使う奴じゃないと違いが判らない」と思った。
例えばウラヤは普段の立ち居振る舞いや鉈の使い方などから私の腕前に見当を付けられたけれど、剣術の心得など持ち合わせていない義父達ではそれができない。同じものを見ても見る側の素養によって読み取れる情報量が違ってくるのだ。
型の演武とかやったってちゃんと理解してくれるかは怪しいところ。
だからこうした。
ただでさえ剣速の速い連撃技を速度超特化状態で使うとどうなるか。
よほど動体視力に優れていない限り、常人では視認も不可能なスピードとなる。恐らく義父達には最初の構えの状態から技後の残身へと、私の姿勢が変わったとしか見えなかったと思う。肝心の斬撃は見えておらず、でも六つになった薪という結果だけは確固としてそこにあるから“目にも止まらないスピードで三回斬った”と推測はできる。
正確な所は理解できないなりに“自分達の理解の範疇を超えている”のだとは理解してくれる筈だ。
平たく言えば、「これは凄いのか?」と疑問符の付く余地も無く、「凄い!」としか言えなくなるようなインパクトを与えたかったのだ。
その目論見は成功した。
義父と義兄は「なんたる早業……」と言ったきり絶句。義母とトウカは何も言えなくなっている。
ちょっとインパクトが強過ぎたかも知れない。
「ウラヤ、剣を返します。ありがとうございました」
鞘に収めた剣を返すと、ウラヤは自らの剣を怪訝な面持で見つめていた。
「どうしたんです?」
「む? ……いや、さっきのお前の技な、あれは見事だった」
「? ありがとうございます」
褒めてくれたのでお礼の言葉を重ねてみたが、どうにもウラヤは奥歯に物が挟まったような物言いをする。今も手中の剣を見てなにやら考えているようだし。
「……お前、剣術は自己流だと言っていたか。自己流故と言えばそうなるのか」
「さっきも何か気にしている風でしたね。何かおかしなところがありましたか?」
薪を投げる直前、ウラヤは私の構えを見て眉を顰めていた。
「剣を両手で持っていたものだからちと心配になったのだ。しかし、それでいてああも素早く動けるとはな」
「両手で持つのは変ですか?」
「普通は片手だな」
片手で持つのが普通?
その割にはウラヤの剣は両手で持つのを考慮した造りになっている。
「両手で持つのは力任せに叩きつけるとか食い込んじまったのを抜くとか、あとは大きめの仙技を使うときくらいだ」
……そう言われてみると。
朝食を届ける際にウラヤの鍛錬風景を目にする事が度々あったが、思い返してみるとウラヤはいつも剣を片手で扱っていた。そして天音桜が『向こうの世界』で観た幾本かの武侠ものの映画でも登場人物はみんな片手で剣を持っていた。
どうやら央国の剣術文化は中国系のようである。
両手で使うと目立ってしまうだろうか。
まあ天音流剣術でも片手で刀を扱えない訳じゃないから問題無いか。
――ああ、問題が無いんじゃなくて、“刀”そのものが無いのかも。
剣術文化が中国系だとすれば生産されている武器も中国系になる。中国系にも刀に分類される武器はあるけれど私にとっての“刀”、つまり日本刀とは別物だ。街に出たら武器屋を覗いてみるとして、駄目そうなら木刀でも作ろうか。気の刃で覆えばそれなりにつかえるだろうし。
「オウカ、ウラヤ、今のは仙導力……いや、キコウなのか?」
一人義父だけがやって来て小さな声で問う。「そうです」と肯うと「力が強くなるだけではないのか」と感心している。
「さっきは並の傭兵などと言っていたが、導士と比べるとどうなのだ?」
「そうだな……導士ってことに胡坐をかいてるような奴なら一蹴できそうだ。真面目に鍛錬を積んでいる奴とでも渡り合えるとは思う」
「ウラヤならどうだ」
「俺か? やってみなければわからん。あの剣速には手を焼くだろうし、何よりこいつはまだ色々と隠していそうだ」
手を焼く、か……。
これはちょっと予想外だった。
速度超特化と『疾風』を使ったのは、義父達に判りするためなのはもちろん、もう一つの目的があった。それはそのスピードがウラヤに――というか導士にはどのように捉えられるかを知る事だ。
その結果が“手を焼く”だったわけで。
この世界の導士連中はまったくもって侮れない連中であるようだ。




