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エセ仙術使い  作者: 墨人
第一章 ミヅキの村
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傭兵になることにした

 嘆くウラヤを前にして、私と義父は顔を見合わせていた。

 私を襲ったのは傭兵であるというウラヤの発言が意外過ぎて、俄かには信じられなかったからだ。でもウラヤの嘆きっぷりは真に迫っている。演技派だなどとは到底言えない武骨な男である。嘘を吐く理由も無い。


「ウラヤ、それは本当なのか? 本当に、その傷は傭兵の証なのか?」


 その問いに、ウラヤは顔を覆ったまま「ああ、そうだ」と絞り出すような声で答えた。すると、義父は束の間呆然とし、やがて拳を握り締めてわなわなと震え始めた。


「あいつらが……やったのか……!」


 義娘として同じ家に暮らす私にして初めて聞く怒りの声だった。


 五年前の一件は『野盗の類に山中で襲われ、事後放置されていた私を巡回中通りかかった傭兵隊が偶然にも発見し、保護して村に連れ帰った』という形で落ち着いていた。でもあの男達の腕にあった特徴的な火傷が傭兵の証であるなら、全く別の解釈をした方が自然だ。

 つまり、件の傭兵隊こそ犯人であると。


「やつらがオウカを襲ったのか!? 儂は奴らに礼を言ったのだぞ? 娘を助けてくれてありがとう、連れ帰ってくれてありがとうと……。儂は、奴らに礼を言ったのだ!」


 それこそが義父の怒りの理由なのだろう。私を助けてくれた恩人だと思えばこそ感謝して礼を言ったのに、その実、感謝して礼を言った相手が犯人だったとなれば、感謝も礼もどこを向いていたのだとなるだろう。まさかの「娘を襲ってくれてありがとう」状態だった訳だ。義父としてはやりきれまい。


「ま、まあ、落ち着け村長。まだそうと決まった訳ではない。俺の様に傭兵を辞めても傷は残る。オウカが見た奴らが現役の傭兵だったとは限らない」


 宥めるようにウラヤは言うが、ウラヤ自身がその言葉を全く信じていないのは明白だ。単に激した義父を落ち着かせようとしただけだ。しかし義父は「む……そうだな……」と幾分鎮静化した。


 ウラヤの言い分にも一理はある。

 そもそも傭兵になった証として刻まれた傷である。容易く消えないように意図して付けられているのだから、傭兵を辞めたからといって消えるものではない。あの傷は傭兵の証であると共に元傭兵の証でもある。だから決めつけるのは宜しくないのだが。

 とは言え、だ。

 普段は村人しか立ち入らないような山中で、同じ時期に『元傭兵の集団』と『現役の傭兵隊』がニアミスするなんて偶然よりも、私を襲ったのが傭兵で、その後何食わぬ顔で保護したと称して村に置いていったと考える方がすっきりと纏まるのだ。

 ウラヤもそこが引っ掛かっているのだろう。元同僚が犯人だとは信じたくないが、さりとて潔白は信じきれない。そんなもどかしさが感じられる。


「私が傭兵の顔を見ていれば話は簡単だったんですけどね」


 私が傭兵の顔を見てさえいれば、こんな問答などすっ飛ばして結論に辿りつけるのに。当時の私は森の中で意識を失い、目を覚ましたのはこの家のベッドの上。傭兵が去る前に一度でも目を覚ましていれば、そして傭兵の顔を見ていれば、それが犯人と同一人物なのか別人なのか悩む必要など無かった。そう思って零れた言葉にウラヤは「腕の傷は見たのに顔は見ていないのか?」と不思議そうにしていたが、何やら思い当たったようだ。


「いや……まあ、そうか。顔は見ていないから助かったのだろうしな」

「それはどういう意味です?」

「いや、仮にだが。仮に、お前を襲ったのが傭兵だとしてだな。もしもお前に顔を見られていたら、それは後々の禍根になるだろう? 村に届けるどころかその場で殺されていたはずだ。その割に傷を見られているのが間抜けだが」


 ――あれはそういうことだったのか。


 夢の中、『私』は口だけでなく目と耳も布で塞がれていた。口は判る。うるさかったから塞いだのだろう。では目と耳は何故か。ウラヤの説明で一つ納得した。あれは顔を見せず、声を聞かせず、正体を悟らせないための措置だったのだ。

 その措置は成功している。

 天音桜が見た夢の視点を共有していなかったなら、実際何も見ずに終わっていた。

 ウラヤが言うとおりに犯人が傭兵だと仮定した場合、顔を見たと悟られたらやはり殺されていたのか。この世界でも強姦は罪だ。明文化されているのかは知らないけれど、少なくとも変わらずに傭兵を続けられる筈が無い。ならば罪は隠そうとするだろうし、そうなれば『目撃者は消せ』となる。


「あれ? それだと私を殺さずに済ますために目隠ししたとか、そういうことになるんでしょうか。ただやるだけならそんな手間かける必要ありませんよね」

「オウカ……女の子がやるなどと言うものじゃない」

「そうだぞ。それにどうしてそんなに落ち着いている? まるで他人事のようじゃないか」


 やる、は失言だったか。不快そうな顔をした義父に「ごめんなさい」と謝っておく。

 それはそれとして、確かにどこか他人事みたいな感覚はある。その最中の記憶が殆ど無いのと、天音桜視点で外側から目撃している事、夢から覚めた時に感じた『結果』だけを押し付けられた様な理不尽などが、どうしても当事者としての認識を薄くさせてしまっていた。

 その辺り「当時の記憶がおかしな具合になっていて……」と言葉を濁すと、義父とウラヤは気まずそうに視線を逸らした。乱暴されたショックで少しおかしくなってしまった娘、というのが村内での私の扱いなので、深くは追求されないのである。


「しかし……すっきりせんな。これではどっちなのか判断ができん」


 義父は指先でテーブルをとんとんと叩いている。自分の感謝や礼が正しかったのか間違っていたのか判らずに悶々としているようだ。私も困っている。話の流れからして「実は顔も知っている」とは言い出せない。傷を見た件について「間抜け」の一言で済んでいるからあっさり通るかもしれないけれど……。


「オウカが見たのが傷だけとなるとな。傷の形が判ればあるいは、というのもあるが……」


 どうしたものかと考えていたら、ウラヤが独り言のように言っていた。


「傷の、形ですか」

「ああ。この傷はな、全ての傭兵にあるものだが、同じように見えて実は一人一人形が違う。ああ、いや、同じ形はあっても組み合わせがな」


 思わず義父と二人でウラヤの腕の傷に注目していた。

 すると、一列に並んだ火傷痕の中に、全く同じ形の一組が発見された。まるで型で押したように瓜二つ。

 ……違う。ように、ではなく、本当に型で押しているのか。


 あ、これってもしかして、あれなのか。

 傭兵組合という組織に属する傭兵全員が持っていて、型で押した傷が並んでいて一人ずつ異なる組み合わせ。あちらの世界での認識票ドックタグのような個人の特定や識別の為の印として機能しているのではなかろうか。


「つまり、傷の形が正確に判れば、それが誰なのか判るんですね?」

「組合で仕事を受けていれば記録が残るからな。しかし……その、なんだ……さすがに無理だろ。それな最中に見た小さな傷の形なんて憶えてられる筈が……」

「あ、大丈夫です。憶えてますから」

「なにっ!?」

「ならばオウカ、これに書いてみろ」


 義父が「これを使え」と差し出したのは、村長の仕事に使う紙だった。納税やらの書類を作るのに使う奴だ。この世界、紙は貴重品と言うほどではないけれど使う機会が余りないので豊富に備蓄しているのは我が家だけである。

 義父の求めに応じて紙面に筆を走らせたが、描き終えたそれは当初予定の倍以上に大きくなってしまい、しかも直線であるべき部分が歪んでいたりする。筆で図形を描くのは意外と難しいのである。


「これは……どうなのだ?」

「悪筆だな」

「いや、そうではなくてだな」

「判っている。正直半信半疑どころか有り得ないとすら思っていたのだが……これは組合の規則にきちんと則っている。少なくとも出鱈目な形ではない。しかし四人分か。良くも憶えていたものだ」


 感心したように言ったウラヤだったが、不意に顔を曇らせて「それほど焼き付いているということか……」と同情の目を向けてきた。義父までが「思い出させてしまって済まん」などと言い始めてしまった。

 焼き付くとかではなく、夢の内容は細大漏らさず思い出せるのを利用しただけなので、こういう反応をされると対処に困る。


「ところで義父さん、傭兵の名前は判りますか?」

「確かヒノベといっていた。名乗ったは隊を率いていたそいつだけだ」

「ヒノベ……ですか。ウラヤ?」

「みなまで言うな。組合に行って、こいつのその名前で調べてこいってんだろ。明日の朝一で行ってきてやる」

「すみません」

「気にするな。そんな奴らが傭兵となれば俺も知らぬ顔はしてられん」


 私が描いた図形を手に、ウラヤは頼もしくも請け合ってくれた。


 *********************************


 そして翌日の早朝に村を発ったウラヤは夕刻になって戻ってきた。

 ミヅキの村を含むこの辺りはミノウの街の組合が管轄しているそうだ。私だけでなく村民の大半は街まで行った事が無いが、義父は村長としての役目で年に数回街まで出向いている。義父は「街までは丸一日かかるはずだぞ!?」と驚いていた。


「それは道なりに、普通に歩けばだ」


 ウラヤは事もなげに返す。仙導力のステータスアップ効果をフルに発揮し、道なき道を街まで直線に走り通してくれたそうだ。「一刻も早く結果を知りたいだろうと思ってな」とにやりと笑うのが男前過ぎる。


 で、その結果はクロだった。

 例の紙を広げて「こいつがヒノベだった」と図形の一つを指差す。


「他の三人もヒノベの隊に所属していた。あと一人加えた五人組がこいつの一党だな」

「くっ……本当に傭兵がオウカを……!」


 義父が怒りを新たにしている。

 怒りは、私にもあった。


「それで、ヒノベ達は今どこにいるんですか?」

「残念ながらミノウにはもういない。五年前に半年ほど仕事していたが、その後武州に向かったそうだ。ミノウに滞在したのは路銀稼ぎだったらしい」

「倭州を出たのか……」


 残念そうに義父。

 この世界はあちらの世界の様に自由にどこへでも行けるというものではない。農民の逃散を防ぐために遠方への旅などは禁じられている。特に行政区分の異なる他州への移動は厳しく制限されていた。

 倭州から出られてしまえば追及もできない、と義父は言う。まあ、傭兵相手に農民が追及してどうなるものでもないのだが、手すら出せない所に行かれてはどうにもしようが無い。だから義父は諦めようとしたのだろうが、私はもう一歩踏み込む事にした。

 ヒノベ達は武州に向かった。ウラヤだって現役時代には色々な所に行って北方の探索にも参加している。傭兵ならある程度自由に旅ができるのだ。


「なら私も傭兵になります。傭兵になれば倭州を出られますよね」


 短絡的かも知れないけれど、それが一番お手軽な解決法なのだと思った。

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