傷痕
薪置き場から家を見れば二つの扉がある。一つは台所に繋がる勝手口、もう一つは風呂場に出入りできる扉だ。家の間取りとして台所と風呂場が裏手に集めてあるのは、水を運び込む利便と、近くに薪置き場を設える関係だろう。
台所の水瓶や風呂に水を溜めるには井戸との間を何往復もする必要があり、一々家の中を通っていては効率が悪く、外から直接入れるようにしてあるのだった。
風呂場への扉の脇には風呂釜が口を空けている。
そこに、ぽいぽいと薪を放り込んだ。
ウラヤを交えての夕食を終え、風呂の支度をしている最中だ。鍛錬目的で薪割りを引き受けるようになってからは、自然と風呂焚きも私の仕事になっているのである。
風呂場の小窓からもうもうと湯気が流れ出してきた所で、屋内に向けて風呂が焚けたと声を掛ける。やがて「おう、使わせて貰うぞ」と小窓越しにウラヤが言ってきた。普段なら家長の義父が一番風呂なのだが、今日は客人のウラヤに譲ったらしい。
「湯加減どうですか?」
「ふむ……おっと、ちと熱いな」
続いて水音が聞こえてくる。風呂場には水を溜めた桶が置いてある。湯が熱ければ桶から水を足して温度を調節するのだ。ざばざばと何度か水を入れているようなので、本当に湯が熱過ぎたらしい。
薪置き場に積んであるのは私が割った(斬ったとも言う)薪ばかり。気功スキルは秘密にすると決まって、証拠となる薪を隠滅とばかりに調子に乗ってくべ過ぎたようだ。
小窓越しに「こんなものだな」という声が聞こえ、ウラヤが体を洗っている気配が伝わってくる。せっかくなので仙術武器について訊ねてみた。
気功スキルと魔術を合わせればウラヤ曰くの『似非仙導力』になる。ならば私が仙術武器を使いこなせれば仙術を使えるのでなかろうかと夢が広がる。
……まあ私の場合は『似非仙術』と呼ぶべきなのかも知れないが。
ともあれ仙術を使うには仙術武器が不可欠であり、仙術使いへクラスチェンジするための特殊なアイテムともなれば入手は難しいのだろうかと思った。
「金さえ払えば手に入らんこともないが……質は期待できんだろうな。質の良い物は貴族や武門、仙術兵が独占してるようなものだ」
「あまり出回ってないんですか」
「ああ、仙術武器は作れる場所、作れる人間が限られている上に、一つ作るのに何カ月もかかるらしい」
「人はともかく、場所も限られるんですか? それに何カ月もかかるって」
人が限られるのは判らないでもない。製作難易度が高ければ、それを満たしている職人の数は自ずと限られてくるだろう。でも、場所はどういうことなのか。ウラヤは、自身が仙術使いになれないと知ってから余り興味を持っていなかったらしく「俺も詳しくは知らんが」と前置いて、
「仙術武器を作れる場所は武州のロンフェンという山だけ、人は数人の職人のみ。その中でも仙術中興の祖と呼ばれるファンランの作る仙術武器が最高級と言われる。家宝にしている貴族なんかもいるらしい」
なんだか中国語っぽい名前が出てきて、倭州以外の地域なのだろうと見当を付けた。同じ漢字でも倭州とそれ以外では読み方が違うからだ。
それはともかく、ウラヤからの仙術武器についての説明を私に判り易いように日本語に翻訳して纏めると以下のようになる。
仙術武器は『ランク』『属性』『武器種』の三要素で分類される。
ランクは行使できる仙術の規模に直結するが、身の丈にあったランクでなければ「色々と勿体ないことになる」そうだ。判り易くABCで表現すると、ランクBの仙術使いがランクAの武器を持ってもランクB相当の仙術までしか使えない。ランクが高ければ価格も高いので、使えもしない仙術の為に大枚を叩くのは勿体ない。逆にCランクの武器では本来発揮できる筈の戦闘能力が殺されてしまうので、これもまた勿体ない。
属性や武器種はそのままの意味だ。仙術武器は火や雷など使用できる仙術の属性が決まっていて、剣や槍、斧など既存の武器の形状に即している。せっかくなら得意にしている仙技の属性や、普段使っている武器と同じ種類の仙術武器を使いたいところだろう。
とは言え仙術武器は数が少ないので、入手した仙術武器に合わせて武器の鍛錬を行う例も珍しくないらしい。特に高品質な仙術武器を家宝にしている家では、家宝を使いこなすために一門揃って家宝の武器種の扱いを研鑽しており、ついには剣術や槍術、斧術など新たな流派を起こすに至ったりもしているそうだ。
……ここまでになるとどちらが主でどちらが従なのだか判らなくなりそうだが、それだけ質の良い仙術武器には希少価値があるという事なのだろう。
と、そんな仙術武器についての話をしているうちにウラヤは体を清め終ったらしく、湯船に浸かって「むふー」と大きく息を吐いていた。
「おい、オウカ。仙術武器に興味があるようだが……」
「判っています。気功は秘密ですから、どうこうしようとは思ってません」
「そうか。ところで湯がまた熱くなってきているのだが埋め水が足りない。済まんが汲んできてくれ」
「やっぱり焚き過ぎでしたか」
最初の温度調節で桶一杯の水を使いきっていたのか。ウラヤに一言断って、桶を取りに風呂場に入った。男性が入浴中であっても湯に浸かっているならマズイものは何も見えないので特に何も考えていなかったのだが……。
「あ……あれ……? ウラヤ、それは……」
桶を拾い上げて、何の気なしに湯に浸かるウラヤを見て、それに気付いた。
ウラヤは湯船の縁に腕を掛けていて、その左腕に一列に並んだ奇妙な傷痕が目に飛び込んで来たのだ。その瞬間、心臓がどくんと強く脈を打ち、脳裏に甦るのは五年前に見た長い夢の最後、森の中で『私』が乱暴されているシーンだった。
あの時の男達も腕に同じ傷痕があったのをはっきりと憶えている。
左腕に一列に並んだ傷痕。ウラヤを含めた全員が偶然同じ部位に同じような怪我をするとは考えられない。天音桜の記憶の中、古い映画のワンシーンとして軍の小隊仲間がお揃いの刺青を入れるシーンがあった。それと同じように、意図的に揃いの傷を付けたと考えるのが妥当であり、だとすればウラヤとあの男達には何かしらの関係があることになる。
「おい、オウカ、お前どうしたんだ?」
「っ!?」
事もあろうに傷痕の並んだ左腕を差し伸べられて、思わず飛び退っていた。勢い余って壁に背中をぶつけてしまい、大きな音がした。
落ち着け私。
鮮明に思い出せてしまう記憶の中にウラヤの顔はない。移住して来てからの彼の態度からして、そして私が男装している事情を知った時の狼狽振りなどからしても、ウラヤは五年前の一件とは無関係な筈だ。
冷静に考えてそう結論し、一時の動揺から覚めることに成功した。
でもウラヤから見れば私の取り乱しようは異常だったらしい。
「どうしたってんだ? 顔色が悪いぞ?」
純粋に心配してくれたのだと思う。うろたえ、さらに手を伸ばして来ようとして、ウラヤは自然と立ち上がっていた。すると当然の事ながら、湯面を割ってウラヤの男性自身が姿を現す。
「……あ」
「ん? あ゛……っ!」
時が止まったかのように、双方の動きが凍り付いた。
そこに屋内側の扉を開けて現れたのは義父だった。
「ウラヤ、大きな音がしたが何かあった……の……か……!?」
義父も固まった。
ナニを剥き出しにして私に向けて手を伸ばしているウラヤ。
追い詰められたように壁に背を張り付けている私。
義父は一目で事態を誤解した。
「ウラヤ……招かれた人の家の風呂場で娘に手を出そうとするなど……」
物凄い既視感に襲われた。
ある意味昼間の薪置き場の一見の再現でありながら、今回はウラヤが全裸なのが痛い。傍目には本気で襲いかかる五秒前にしか見えないだろう。さすがに慌てたウラヤが弁明しても義父の怒りに油を注ぐだけの結果に終わってしまったので、私の方からも説明して怒りの鉾を収めて貰った。
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「さて、詳しく話を聞かせて貰おうか」
食堂に場所を移し、ちゃんと服を着たウラヤを義父が尋問している。被害者と目される私がウラヤを庇う形で説明したので一応落ち着いているが、義父の目にはウラヤに対する疑念が隠しようもなく宿っている。一日に二度も襲おうとしているようにしか見えない場面を目撃すれば仕方ないのだろうか。
「いや、詳しく訊きたいのは俺とて同じなのだがな。言っちゃあなんだが、さっきのあれはオウカが急におかしくなったのが原因だぞ」
義父に疑いの眼差しを向けられながら、ウラヤは私に不審そうな眼を向けていた。
「実は私もウラヤに詳しい話を聞きたいと思っていました。ウラヤの、左腕の傷について」
「腕の傷? そういえば、さっきもこれを気にしていたようだな」
言って、ウラヤは袖を捲くり上げて問題の傷を晒した。「それは……火傷か?」と義父に問われ、「そうだ」と頷いている。その様子からウラヤにとってあの傷痕を他者に見せるのは特に問題の無い行為なのだと判った。
「妙な火傷のしかただが……オウカはどうしてこれが気になるんだ?」
「実は……それと同じ傷が……五年前の、あの時の男達にもあったんです」
義父は『五年前』『あの時』というキーワードで即座に理解してくれて「同じ傷だと?」と呟き、さらにウラヤへの疑念を強めていた。ウラヤはと言えば「五年前?」と怪訝そうな顔をしていたが、義父や私の様子から先日の話を思い出したらしい。
愕然として、そして「ちょ、ちょっと待て」と慌てている。
「五年前と言うのは……あれなのか? オウカが、その……男の格好をするようになった理由の……それなのか?」
「そうです。あれで、それです」
あれやらそれやら回りくどいが、当人を前にして「輪姦された件なのか?」と直球で訊いてこないのはウラヤなりの気遣いなのだと思う。「なんてこった……」と顔を覆ってしまったウラヤと、そんなウラヤを渋い顔で見ている義父に、先ほど風呂場で至った『同じ傷をシンボルとして付けている。つまりウラヤとあの男達は同じグループに所属しているのではないか』という推測を話してみた。
「なるほどな……オウカの話には筋が通っている。確かにそんな火傷は偶然には付かないだろう。ウラヤ、その火傷はどういった由来なんだ?」
私の推測に同意した義父がウラヤに水を向けると、ウラヤは顔を覆ったまま唸るような声を出した。
「どういうもこういうも無い。これは俺が傭兵になる時に付けた傷で、傭兵の証のようなものだ。だから、この傷があったのなら、オウカを襲った連中は傭兵だ」
一息にそう言って、ウラヤはもう一度「なんてこった」と嘆いた。




