夢から覚めても夢だった
私は十八歳になったばかりのスキル専門校生だ。
中性的な容姿と女子にしては高すぎる身長、女子らしさを遺憾なく発揮する胸はサラシを巻いて潰している。そのせいか不本意ながらも男子よりも女子に人気があるという、どこの学校にも一人は居そうな、そんな女生徒だった。
名前は『天音桜』。
剣術道場を経営する両親から『天音流剣術』を学び、両親が海外出張するので日本に残る私は両親の師匠である人物の家にお世話になる事になった。それに伴って転入した『宇美月学園』で新たな友人ができたりライバル関係になる相手と出会ったり。自分で言うのも何だけれど充実した学園生活を送っていた。
で、そのライバルとの試合を翌日に控えて、昂ぶる気持ちを鎮めて眠りに就いた。
そうして眠った私は夢を見た。
それが夢だと判ったのは、現実では有り得ない内容だったからだ。
森か林か、とにかく木が沢山ある薄暗い場所。
高い場所から見下ろす視界の中、一人の少女が複数の男に乱暴されている。
少女は目隠しと耳栓を兼ねるように顔の上半分に布をぐるぐると巻かれ、さらに猿轡的に口も布で塞がれている。だからどんな顔なのかを見る事はできないのに、どうしてだか「あれは私だ」と当たり前に認識していた。
自分が凌辱されている光景を高所から見下ろしている訳で、こんなのは夢でしか有り得ない。
夢は妙にリアルで、周囲の木の葉の一枚一枚までがはっきりと認識でき、男達が着ているファンタジー的な衣装(服の作りは粗いし、なにより剣や鎧で武装していた)の細部まで見て取れる。正直下卑た笑いを浮かべている顔など見たくはなかったが、一人一人の顔ははっきりと憶えているし、何人かの左腕に奇妙な形をした火傷のような傷が並んでいるのが見えた。(他の数人は服や装備でその部分が隠れていた)
……後は男性のソレもばっちり見えていたけれど、本気状態になったソレを実際に見た事無いので本当の意味でリアルなのかは判断できなかった。
分類するなら間違いなくエロ夢で、でも見ていて気分の良いものではない。
夢は自身の願望が影響すると良く言われる。自分にはこんな願望が――複数の男性に無理矢理犯されたいという願望があるのかと夢の中にも関わらずショックだった。
そうして、どれくらいその光景を見ていただろうか。
少女の体から力が抜けて、ぐったりと弛緩して動かなくなった。
手酷く扱われ続けて意識を失ったらしい。
その様子を見る視点がすうっと上昇していくような感覚があり、「ああ、目を覚ますんだな」と何故か冷静に思っていた。
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目を覚まして、まず目に入ったのは知らない天井――ではなくて、粗い木組みも露わな屋根の裏側だった。背中に感じる感触も慣れ親しんだ自室のベッドのそれではなく、なんだかゴワゴワガサガサとしていた。
――……っ!?
眠りに就いた場所と目覚めた場所が違う、というのは心臓に来る。ギュッと締め付けるような、冷たい物を押し付けられたような感覚があり、それが去らないうちに全身から発生している痛みがある事に気付いた。特に下腹部のそれが酷い。
今まで感じた事のない種類の痛みに焦って、反射的にスキルを使った。
私が主に使うのは気功スキルだ。
呼吸のリズムを整えて練気を開始……って、練気が遅い!? まるで気功の鍛錬を始めたばかりの頃のように遅々としていて中々必要な量が溜まらない。時間を掛けてどうにか必要量を練り上げて下腹部に集中させ気功スキル『身体操術』の応用で痛覚を緩和する。
激痛がじんわりした鈍痛に変わった事で少し落ち着いた。
落ち着けば、状況を確認してみようという余裕も出てくる。
ベッドに身を起こすだけでも酷い違和感ばかりだった。
まるで自分の体ではないかのように動かし難い。
「あれ……サラシ?」
自分の体を見下ろすと、その視界が妙に広かった。
粗末な衣服に隠された胸の隆起は慎ましやかで、本来なら真下を向いた際には視界の大半を占めてしまう筈のボリュームが無い。サラシを巻いている感覚は無かったのだが……。
「ふわ、小さい」
服の上から触ってみて、掌に返ってくるのはサラシでガチガチなった固さではなく、薄布一枚隔てただけの弾力ある感触だった。
ただし、小さい。
いや、これを小さいと言ってしまうと、とある友人が怒って「もげろもげろ」と連呼してくるかも知れないけれど……。
とにかく私が記憶している自分の胸のサイズと、今のこれを比べると明らかに違う。敢えて言うなら小学生くらいの時にはこんな感じだっただろうか――と、そこで気付いた。
胸に添えた手も、ベッドに投げ出した足も、細くて短い。
「………これは、夢の続きなのかしら」
知らない場所で目覚めてみれば自分のではない違う体になっていた。
夢を見ていると考えるのが一番妥当だろう。
夢から覚めたと思ったらそれも夢だった、という多重な夢を見た経験は以前にもある。学校に遅刻する夢を見て慌てて跳ね起きて、急いで身支度を整えて家を出たのにやっぱり遅刻……までが夢で、実際に目を覚ましたらまだ目覚まし時計が鳴る前の時間だった。
あんな感じで、エロ夢から覚めたつもりで、また別の夢を見ているに違いない。
ああ、そう言えばさっきの夢、あれって『私』じゃなくて『この体』だったんじゃあ……。
思い出してみると、男達に乱暴されていたのは『この体』のようだ。明らかに『私』とはサイズが違った。となると、あの光景を見て即座に「あれは私だ」と思ったのも、夢の中で私がこの体の持ち主になっているからか。
いや、ちょっと待て。
ぞぞっと背筋を嫌な感触が這い上ってきた。
目覚めてすぐに感じた体中の痛み。
特に酷かったのは下腹部のそれだった。
夢に見たあの光景が『この体』に起こった出来事だとして、今私がその体の持ち主になっているとすれば、下腹部から感じるこの痛みは、つまりそういうことに……。
「いやいやいや、勘弁してよ。いくら夢でもこんなの嫌だよ」
剣術三昧で過ごしてきたのもあって男性とお付き合いした事もないというのに、色々すっ飛ばした挙句に集団レイプされた結果だけを押し付けられるなんて。
……落ち着け私。
知りもしない感覚を夢で再現できる筈がない。
このもっともらしい痛みも、全ては想像の産物なのだろう。
そうでなければ嫌過ぎる。
――夢なら早く覚めて。
念じてみても効果無し。
自然と夢が終わるまで我慢するしかなさそうだ。
こうなると拙いとはいえスキルが使えるのは不幸中の幸いだった。例の忌まわしい痛みは極力感じないように『身体操術』を強化しておく。こうした都合の良さは夢ならではだろうか。
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待つしかないと不本意ながら諦めてしまうと、逆にこの夢に対する興味も湧いてきた。
夢の中でこれほど意識がはっきりしているのはとても珍しい。他の人はどうなのか知らないけれど、私にとっては初めての経験かもしれない。
ベッドから下りて、まず感じたのは視界の違和感。
床からの距離というか……高さの違いに戸惑ってしまう。
もう一度胸の大きさを確認してみて、身長と合わせて考えてみると、やっぱり小学生くらいの頃を再現しているっぽい。
小学生の頃はぐんぐん背が伸びてしまって、女子の中だけでなく男子も含めてクラスで一番背が高かった。小学生なんて本当に子供だから、怖いもの知らずなのか何にも知らないだけなのか、遠慮なく「デカ女」と馬鹿にされてからかわれたものだった。
敢えて夢にまで見るような、良い思い出に恵まれた時期ではないのに……。
もう一度、自分の体を確かめてみる。
そして「あれ? もしかして」と思った。
――これって、むしろ私の理想形?
小学生当時はデカ女と馬鹿にされたものだけど、それは周りも小学生ばかりだったからだ。十八歳の私の感覚で見るならばこの身長、悪くない。ちょうど女子平均ど真ん中、もしくは少し下くらいだろうか。胸も無駄な自己主張をしない程良い大きさだ。
剣術を使うにも不都合がなく、なおかつ可愛い服を着れば普通に可愛くなれそうな絶妙な身長だった。
なるほど、私の一番良い時期はとっくに過ぎ去ってしまったと。
そんな微かな絶望を感じつつ、鏡を探して部屋を見回した。この時分は今よりもう少し女の子らしい(少なくとも男前とは言われない)容姿だった筈だと思い出したのだ。
が、求める鏡は見当たらなかった。
鏡が存在する設定ではないのかもしれない。
冒頭の例のシーンでもファンタジーな衣装や小道具が目についた。木製ベッドのシーツの下には藁が詰まっているようだし、電気の存在を窺わせるような品は皆無、窓にガラスは嵌っていない。ガラスが無いなら鏡も無いだろう。金属の鏡ならあるのだろうか。
「鏡―、出ろー、鏡―」
念じてみる。
夢の中なら、どこからともなく鏡が湧いて出たりしても良いだろうと思った。
……残念、鏡は出てこなかった。
そこまで御都合主義ではないかと反省していたら、背後でガタガタと音がした。
振り返ればこの部屋の唯一の出入り口たる引き戸がある。
「***!? *****!? ***、********!!」
戸の向こうから聞こえてくるのは、声の感じからして若い女性。
何を言っているのかは判らないが、明らかに日本語ではなく、中国語っぽく聞こえなくもない言葉だった。
そしてどうやら焦っているらしい。
引き戸の建付けが余りよろしくないのか引っ掛かりまくっていて、さらには何の拍子にか引っかかりが外れて一気に戸が滑り、のめるように入室してきたのは、
「え!? 私!?」
と、思わず声を漏らしてしまうような少女だった。
『この体』の私と同じくらいの背格好で、容姿は小学校の卒業アルバムなどにも残っている昔の私にそっくりなのである。
そうそうこんな顔だった。鏡が出てこない代わりにそっくりな子が出てくるなんて、やっぱり御都合主義全開なのか。のほほんとしていたら、私(の小学生時代)にそっくりな少女はつかつかと歩み寄って来て――なんだろう、泣きそうな顔をしている――優しく、でも力強く、抱きしめてきた。
「****! ****!」
頻りに何かを言っているが、相変わらず内容は判らない。
ただ、その声は喜びと悲しみの入り混じる、聞く者の心を掻き乱す複雑な色を帯びていた。