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「じゃあな、チビ助」
翌朝、新堂君はそう言って私を家の前の道端に下ろした。
「俺、子供の頃に猫に引っ掻かれて大泣きした事があってさ、結構トラウマなんだよ。
おまえはまだ仔猫だからここに置いて行くのは心配だけど……」
「ミュウゥ……(そうだったんだ……)」
昨夜、新堂君にミルクを飲ませて貰ってお腹一杯になった私はそのまま眠ってしまった。
そして朝、彼の携帯の目覚ましのアラームで目が覚めた。
すると私の体にはふわふわのタオルが掛けられていた。
(私が風邪引かないように掛けてくれたのかな?)
“結構なトラウマ”なのに昨夜、新堂君は私を助けてくれた。
雨の中、寒くて寒くて震えている私を助けてくれた。
朝、登校する新堂君の姿を一目見るためだけにそこで蹲って寝ていた私を拾って
お風呂まで入れて温かいミルクまで飲ませてくれた。
(新堂君、ありがとう)
「可哀想だとは思うけど、俺、やっぱり猫苦手なんだよなー。
今はちっちゃいし、大人しいかもしれないけど、この先おまえがどんどん大きくなって
俺の事、引っ掻くかもしれないだろ? そうなったらおまえの事嫌いになるかもしれない」
「ニャアーン(引っ掻いたりしないもん)」
「頑張って生きろよ」
彼はそう言うと私に手を振って歩き出した。
私はその後姿を暫く見送った。
見送って、こっそり後をつけた。
彼は時々振り返っていた。
その度に私は物陰に身を隠していたけれど駅に入る前、彼がクスッと笑った。
多分、私が後をつけていた事がバレバレだったんだろう。
そして、彼は改札を通って見えなくなった。
(行っちゃった……)
本当なら私も今頃電車に乗って学校に通っている時間だ。
(でも、また夕方ここで待ってれば会えるかな?)
“猫嫌い”の新堂君に付き纏うつもりはないけれど、遠くから見つめるくらいなら
許してくれるよね――?
◆ ◆ ◆
――数日後。
あれから私は新堂君の後をずっとつけていた。
朝は家から駅まで、夕方は駅から家まで。
でも、新堂君には気付かれないようにした。
見つかってしまうとまた私を気にして猫嫌いなのに無理して優しくしてくれる気がするから。
だから、絶対気が付かれない様に新堂君の後をついて行った。
人間だったら完璧に“危ないストーカー”だ。
わかってはいるけれど、今日も朝から学校に向かう新堂君を駅で見送った後、
ポーッとしているとどこからかジャスミンさんの声が聞こえた。
「ちょっと、アンタ」
「あ、ジャスミンさん」
(いつの間に現れたんだろ?)
こんな変わった格好をしている人物が立っているのに周りの人達は
ジャスミンさんの姿が見えていないみたいだ。
みんな驚く様子もない。
「『あ、ジャスミンさん』じゃないわよ。何やってんのよー」
「え?」
「まさか、アンタ……自分がなんで猫になってんのか忘れた訳じゃないわよねぇ?」
(あ……)
「アタシはアンタに代わりの魂を探させる為に猫にしてやったのよ?
好きな男のストーカーをしろとは一言も言ってないわよっ」
「わ、わかってます」
(そうだった……忘れてたー)
「どう見ても“忘れてました”って顔だけど? ま、いいわ。
とにかく、チンタラしてないで早く見つけなさいよ?」
ジャスミンさんはそう言うと私の目の前から霧が晴れる様に消えていった。
“代わりを見つけろ”
改めて言われても私の代わりに死んでほしいと思う程恨んでいる人はいないし、
係わりも無ければ何の恨みもない人を代わりにする訳にはいかない。
(どうしようかなー)
そして、その場で考え込んでいると今度は数匹の猫が私に近づいてきた。
「ニャゴー(ちょっと、そこのおチビちゃん)」
「ニャーン?(この辺じゃ見かけない顔だねぇ?)」
「ニャオー?(新顔?)」
「ニャァーゴ?(数日前からよくうろちょろしてるけど、俺達への挨拶がまだじゃねぇ?)」
斑や茶とら、きじとら、三毛、後はベンガルの野良猫達は私の左右と後ろを囲んだ。
(……っ)
私は思わず逃げ出しだ。
「フニャーッ!(コラ、待てっ!)」
後ろを追いかけてくる大きな猫達。
仔猫の私は一生懸命走った。
でもきっと簡単に追いつかれてしまう。
それでも私は必死で走った。
新堂君の家に向かって。
無意識のうちに足が向かっていた。
野良猫達との距離はまだある。
(なんで? なんで、追いつかれないの?)
その理由はそれからすぐにわかった。
駅から離れ、かなり人通りが少なくなった住宅街に入ったところで野良猫達が
追いかけてくるスピードが一気に速くなり、あっと言う間に私に追いついた。
「ニャーゴー?(ここら辺でいいんじゃないか?)」
一番大きな体のボスみたいな斑猫が私の目の前に回り込んだ。
私が足を止めて立ち止まると、今度は全方向を囲まれた。
どうやら駅前の人通りが多い場所を避けたかったようだ。
(し、新堂君……怖いよ……)




