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……目を開けると真っ暗だった。




辺りを見回しても何も見えない。




何も聞こえない。




空気もひんやりしている。


瞬きを数回して暗闇に目が慣れるのを待っていると、背後に気配を感じた。




(……誰?)


恐る恐る振り返った。


すると、そこには漆黒のローブを身に纏った人物が立っていた。


顔は暗いし、フードを被っているからよくわからない。


辛うじてわかるのは腰の辺りまであるウェーブがかかった金髪と右手に持った大きな鎌。




「アンタ……“カドクラモモ”……?」


薄いピンク色の艶のある唇が怪しく動いた。


色気のある声……だけどとても低い声が耳に響く。




(……男?)


「そう、ですけど……あなたは?」




「アタシはジャスミン」




「ジャスミン……さん?」


(この人、何者?)




「なーんか、資料と違う気がするけど……ま、いいわ」


「?」


「んじゃ、サクッと狩って終わらせちゃうから大人しくしてなさい?」


「え? な、何をする気なんですか?」


「何ってもちろん、アンタの魂を狩りに来たんだからやる事は一つよ」


「えぇっ!?」


「んじゃ、行くわよ?」


ジャスミンと名乗った人物はそう言うと大鎌を振り上げた。




「ちょ、ちょっと待ってーっ!!」




「んー、もうっ、何よ?」




「何がなんだか……さっぱり……」




「だ・か・ら、アタシはアンタの魂を狩りに来た死神なの!」




「し、死神……?」




「そ。アンタさっき、階段から落ちて死んだでしょ? だからアタシが


 こうしてわざわざ魂を回収しに来てやったのよ」




「え……私、死んだんですか?」


(う、うそぉ~? てか、この人ひょっとして、お姉系キャラ?)




「そうよ。まぁ、正確にはまだ死んでないけどね。あ、そうだ。


 魂狩る前にちゃんと確認取っておかないとねー。


 最近、上層部うえがうるさいから」




「……」




「アンタ、名前と年齢言って」




「か、門倉萌々……17歳、です」




「はぁ? ちょっとぉー、今から魂狩られるって人間が歳を誤魔化してんじゃないわよっ」




「ごっ、誤魔化してないですよっ」




「ホント~?」




「本当ですっ」


私がそう答えるとジャスミンさんは身を屈めて顔を近づけて来た。


そして長く伸びた真っ黒な爪先で私の頬をつついた。




「うーん、確かにこの肌の張りと艶は17歳ねぇー……アタシにはないわ。悔しいけど」




「……ジャ、ジャスミンさんも肌キレイですよぉ?」




「あらぁ、嬉しい事言ってくれるじゃない♪ でも、魂はきっちり狩るわよ」




「は、はぁ……」


別に媚を売ろうとして言った訳じゃない。


私の目の前にあるジャスミンさんの顔は本当に男性なのかと疑ってしまうくらいとても綺麗で


首元から名前の通り、仄かにジャスミンの香りもする。




「あー、でも、なんか腑に落ちないわねぇー」




「何がですか?」




「アンタの情報、事前に上層部うえから聞いてたのと違うのよ」


ジャスミンさんは眉間に皺を寄せると、どこからともなく数枚の書類を取り出した。




(あの紙に私の情報が書いてあるのかな?)




「あ……」


そして十数秒後、ジャスミンさんの左の眉がぴくりと動いた。




(な、何……?)




「……」


ジャスミンさんは暫し考え、再び私に視線を戻した。


口の端が僅かに上がっている。




(何なのーっ?)




「ねぇ、アンタ……」




「はい?」




「アタシと取引しない?」




「取引?」




「もし、アンタが望むならこのまま魂を狩らずに下界に戻してあげる」




「ほ、本当ですかっ?」




「但し、猫の姿でね」




「猫!?」




「でも、安心なさい。アンタの代わりになる魂を見つけたらちゃんと人間に戻してあげるわ」




「代わりって……そんな……っ」




「別にアタシはいいのよぉー? このまま魂を狩っちゃっても」




「……」




「コレを見なさい」


ジャスミンさんはそう言うと私の足元にどこか室内の様子を映し出した。




(……あっ!)


「お父さんっ、お母さんっ、寧々っ」


映し出された光景の中には両親と妹の寧々(ねね)がいた。




それに、私もいる……




ベッドに寝ているのが私、それを囲むように両親と妹がいて悲しそうに俯いている。




「今の下界の様子よ。階段から落ちたアンタは頭を強く打って病院に運ばれた。


 けど、打ち所が悪くてね……今はまだアタシが魂を狩ってないから辛うじて息だけはしているわ」




「それじゃあ……」




「そう、今ここでアタシがアンタを狩れば……後はどうなるか、わかるわよねぇ?」




「……」




「猫になってアンタが代わりの人間を見つけることが出来れば、魂はあそこにある体に返してあげる」




「でも……じゃあ、ここにいる私は?」




「今、ここにいるアンタは本物そっくりの仮初めの姿よ」




(仮初め……)




「またあの本物の体で家族の元に戻りたければ、代わりの人間を見つけなさい」


ジャスミンさんは足元に映る病室の様子を一瞥した後、私の目を鋭く見据えた。




顔にかかるほど長い前髪の下、その恐ろしいほどの眼光に捕らえられた私はただ頷くしかなかった――。

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