第1話 エンドロールが来てくれない
「……ぁ…………っ」
人を殺した。人を殺してしまった。
僕だって、殺したくて殺したわけじゃない。万引きを疑われなければこうはならなかったはずだ。
まさか突き飛ばした先にあった壁からたまたま釘が突き出ていて、跳ね返った先には大理石で出来たカウンターの角があるだなんて。
そしてとどめに逃げようとした店主は階段から落ちた。もうこれは死んでいてもおかしくないような気がする。
揺さぶってみたが、反応はない。階段でどこか切ったのか、釘や角にぶつかっただけにしては量の多い気がする血が、階段の踊り場に血溜まりを作っていた。
「どうしよう、どうしよう……」
階段だと店に訪れる人の邪魔になりそうな気がするので、移動させようと試みる。
「うっ……よ、い…………っ、むりだ」
子どもの力では足りず、少し移動させられただけだった。
「いや、そもそも店主がいないからお客さんが来ても……?」
「店主さんいないんですか?」
「あっ」
「えっ」
思っていたよりもずっと早く、人と鉢合わせた。
「店主……さんは…………その、僕とさっき、揉めて」
現在、僕の足元で横になっている。傷だらけだし、意識があるかも命があるかも僕には全くわからない。
僕と鉢合わせた男性客は僕の目線を追って足元を見た。
「しん……でる?」
男性の表情が、みるみる硬くなる。
「おい! 木村さんが殺された!」
「え? ちょっ」
男性は僕が説明するよりも早く、大声を出しながら階段を降りていってしまった。
「子どもが木村さんを殺した! まだ人殺しがいる!」
慌てて通りに出ようと階段を降りるも、そこにはすでに数人が集まっていた。
僕はあっさり捕まってしまった。
「巫女様、この方の罪は殺人です!」
「そうなのですか? では、わたくしが確かめてみましょう……」
この村には独自の制度がある。犯罪者が出ると、巫女が犯人の手を握り、神の言葉を聞いて判決を下す。そこから有罪のものは警察に引き渡されるのだ。
犯罪者となった僕も、例に漏れず巫女にそっと手を握られた。
「あら……?」
巫女は目を丸くして、この場にいた誰もが想定しなかったことを言った。
「この人は、犯罪者じゃないわ」
「はい? でも僕」
「余計なことは言うもんじゃないわ。今は黙っていればいいのよ」
彼女は誰にも聞こえないように、僕に囁いた。だが第一発見者の男が異議の声を上げ立ち上がる。
「巫女様! 彼は確かに私に言ったのです。『揉めた末に殺してしまった』と」
「それは……!」
言っていない。そこまで言った覚えはない。揉めたとは言ったが、殺してしまったとは言わなかった。第一、殺してしまったかもしれないという恐怖に震えはしたものの、本当に死んでしまったのか、自分には見分ける術がなかった。脈の取り方も場所もわからないからだ。
「口を慎め! 巫女様のおっしゃることは、神の御言葉だぞ!?」
「も……申し訳ありません」
「わかればいいのよ。彼は無罪だわ」
何が起こっているのか、信じられなかった。
「あの、僕が突き飛ばしたから店主さんは亡くなられたんです。本当に、僕が殺してしまったんです……」
無罪だとされ拘束を解かれた僕は、二人きりで巫女と話をすることを願い出た。
「……でも、あなたの手は温かかった。とても人を殺すような、悪意のある人間の手とは思えなかったわ」
秘密よ、と彼女は僕に近づいた。
「私にも、先代の巫女だったお母様にも、神の声を聞く力はないの。全てお父様が権力を欲したがためにできた、嘘よ」
「え……?」
「神様に人間の善悪なんか、わかりっこないわ。ただ結果的に人殺しになってしまったのは、本当に悪なの? 木村さんに散々酷いことを言われたんでしょう? 人の話を聞かない人だもの。お父様の威を着ているから、何してもいいと思っているのよ」
彼女の温かい手が、僕の手を包み込む。揺れる瞳の色は、冷たい神の声を下す器ではなく、確かに人間だった。
「でも第一発見者のおじさんは、納得しないはずよ。きっとあなたのことを調べる。あの人も木村さんと同じで、お父様と仲良しなのよ。私が駄目なら、警察に働きかける」
僕の手のひらに、一枚の紙切れを握らせた。
「これは、あなたの分。悪いけど、あなたには家族や友達にお別れを言う時間はないわ。二人で村を出るのよ。警察が嗅ぎつける前に」
遠く、隣の県まで行けてしまう切符。往復ではなく、片道だ。これを使えば、もうここに戻ってくることはないだろう。
「でも、それなら巫女様のお父さんも行かないと……」
「お父様? あんな自己中心なひとはこんな辺鄙な場所で警察に捕まればいいのよ。どうせ私のことも、亡くなった母様のことも、ただのモノだとしか思っていないわ」
どう返したらいいのかわからなくなり、僕は黙り込んだ。
「さあ、行きましょう。チャンスは今だけだわ」
景色が線になって通り過ぎていく。見たこともない土地が、瞬く間にうしろへ流れる。
「電車に乗るのは初めて?」
「…………初めて」
「そう。私もなの。見て、だんだん街になっていくわ。あんなド田舎とは大違いね。……目が離せない」
今頃村は、大騒ぎにでもなっているのだろうか。
りん、と、微かに鈴の音が響いた。
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「あれ……」
彼女はずっと、窓の外を見ていた。
僕は、それに彼女は、これからどうなってしまうのだろう。行く宛もないのに。
それに、僕の家族は? 僕の代わりに罰を受けるようなことになりはしないだろうか。
「見て、ほら……。雨が斜めにくっついてる」
気が付けば、雨が降っていたようだ。斜めに走る水滴に、夜景がにじむ。
「そうだ、君の名前、なんていうの?」
「僕の名前?」
少年は思い出した。村を出たから、もう身分は気にしなくていいのだ。
「僕は……ユウト」
「そっか、ユウト君。これからよろしくね」
まだまだこの物語は、終わる見込みがないようだ。




