月と太陽
カナダやグリーンランドに伝わる「イガルク」という民話を基にしたお話ですが、細部はかなり違います。
また、残酷描写・近親相姦描写がありますので、苦手な方は回避をお願いします。
むかしむかしある村に、三人の兄と一人の妹が仲良く暮らしていました。
父と母はいなかったけれど、四人で支えあって日々楽しく生活していたのです。
四人はすくすくと成長し、立派な若者達と美しい少女に成長しました。
年頃になって、一番上の兄に恋人が出来、しばらくして二番目の兄にも恋人が出来ました。
妹は寂しかったけれど、真っ暗な夜になって恋人の元に向かう幸せそうな兄たちを見ると、寂しいから行かないで、なんて言えません。
それにまだ、一番歳の近い、一番やさしいお兄ちゃんが家にはいるのですから。
お兄ちゃんはふたりの兄を見送る妹の姿を見て、こういってくれます。
「大丈夫、君には僕がいるよ。大好きな君を置いて恋人なんてつくれない」
そして、妹は慰めてくれるお兄ちゃんに「ありがとう」とお礼を言うのでした。
「わたしも、お兄ちゃんが大好きよ」
しかし、しばらく経つと一番下の兄も真夜中に抜け出すようになりました。妹には気づかれないように、そっと。いつからかは分からなかったけれど、一度気づいてしまうと毎日抜け出す兄の気配を感じるのは簡単でした。お兄ちゃんの態度もどこかよそよそしくなって、こちらを気にしているのが分かります。
お兄ちゃんにも恋人が出来たんだ、と思うと少し寂しかったけれど、仕方ない、とも思います。
年頃になって、恋人を持って、子どもを持って。そうやって家族は作られていくのですから。
先に二人の兄が恋人を持ったことで、寂しいけれどある程度覚悟をしていた妹は、大好きなお兄ちゃんと恋人を祝福しよう、と思いました。
そして、私にもいつか素敵な恋人ができるのかなぁ、とまだ見ぬ恋人に思いを馳せるのでした。
しばらくの時間が過ぎました。
二人の兄は家を出、家庭を持ち、一番下の兄も相変らず夜中に恋人の下へ向かっているようです。二人暮しになった上に、夜中お兄ちゃんが外出するので妹は一人きりで寂しい夜を過ごしていました。
しかし、ある日のこと。
夜お兄ちゃんが家を出てからしばらく経つと、妹のもとにひっそりと忍んでくる男の人が現れたのです。
ついにわたしにも恋人が出来るんだわ!
妹はどきどきする胸を押さえました。年頃になって、家庭を持った二人の兄から、恋人は慎重に選ぶようにと言われましたが、目の前の事態に嬉しいやら舞い上がるやらででもういっぱいいっぱいです。
頼りにしているお兄ちゃんが毎晩いなくなる、その寂しさもあったのかもしれません。
外の気配からして、若い男の人のようです。
村の人かしら? 村の人よね。妹は、はやる気持ちを抑えて考えます。
年頃の友達の誰かでしょうか。
父や母がおらず、村で育てられた妹たち兄弟は、村の人たちが大好きだし、年頃の男の子たちもこちらが倦厭したくなるような乱暴者や荒くれなどはいません。みんな、いい友達です。
それなら、かまわないかしら。
妹は決断しました。
そして男の人を部屋に招きいれ、二人は恋人になったのです。
恋人になった男の人は、妹を大事に大事に扱ってくれました。無口な彼の喋る声をいまだ聞いた事はないけれど、彼女に触れる仕草から、その想いは伝わってきます。
彼は毎日、夜お兄ちゃんが家を出た後、そっと家を訪ねてくれます。
そして、お兄ちゃんが帰ってくる前にそっと部屋から帰っていきます。
まだ恥ずかしくてお兄ちゃんに恋人の存在を教えられない妹には都合が良かったけれど、お兄ちゃんが帰ってくる前――まだ明るくなる前に帰ってしまうので妹はいまだ恋人が村の誰だか分からないのです。
夜は闇の世界。照らすものは何もなく、炎の明かりさえ消した時間に来る恋人の顔を確かめる術はありません。
それでも、いつか――明るいうちに「貴方の恋人は僕だよ」と誰かが言ってくれるに違いない。
妹はそう信じて恋人との逢瀬を重ねていました。
そうして、いくつかの日が過ぎた頃。
外は明るく、小鳥が囀っています。
朝です。
彼女が隣を見ると、そこにはいつも夜中に家を出る恋人の寝姿がありました。
疲れていたのかしら。
明るい中、初めて見る恋人の背中。どんな人なんだろう、とそっと起き出し、恋人の顔を確認しました。
……そして彼女は、すべてを悟ったのです。
瞬間、目の前が真っ暗になりました。それと同時に視界が白く弾けます。こみ上げてくるのは、なんといったらいいかわからない、激情。
騙された。裏切られた。大好きだったのに! 愛していたのに!!
頭の中では言葉が渦巻くのに、体はただふるふると震えるばかり。
尋常ではない彼女の気配に、恋人が目を覚まします。
そして彼は、自分が一番してはならない失敗を犯したのだということに気が付きました。
彼が目を覚ましたことで、彼女の硬直が解けました。
彼女は、寝台の近くにあった彼の使っている刃物――彼女にも馴染みの深いそれ――を手に取り、止める間もなく自分の両の胸を一気に削ぎました。
「妹に手を出すくらい女が好きなのなら、それでもつけて女になったらどう!?」
叫びながら兄の前に自分の胸を叩きつけ、家を飛び出し、ただ、走ります。
走って走って走って――――泣く間もなく走って、妹はとうとう世界の果てまで辿り着きました。
ここまでやってきたけれど、兄は自分を追いかけてくるかもしれない。
今は真っ暗な夜だけど、朝になって明るくなったら、自分の姿を隠すものはなにもない。それなら。
妹は世界の果てから身を投げました。
投げたその身は、輝き、夜を照らす美しい月になったのです。
一方兄は、恋人としての正体がばれただけではなく、その後の妹のあまりの行動に呆然としていたのですが、すぐに気を取り直し、妹を引きとめようと後を追い走りました。
大好きな大好きな、禁忌を破っても手に入れた妹。
どんなことがあっても、つかまえてみせる。
走って走って走って――――妹を探しながら走って、遂に兄も世界の果てまでやってきました。
真っ暗な夜とは違って明るくなり始めた朝です。どこかに妹の姿があるはずなのに。世界の果てにきても、その姿が見えないということは――――。
兄はためらわず、世界の果てから身を投げました。
投げたその身は、輝き、昼を力強く照らす太陽になったのです。
だから、太陽はいつまでたっても月と巡りあうことは出来ないのです。
だから、月は昼に昇っても、その身を薄く輝かせ、太陽の目に触れることのないようにしているのです。
2007年にサイトのブログに公開したものをリサイクル。
カナダやグリーンランドに伝わるイヌイット神話「イガルク」を、うろ覚えのままどこまで再現できるかという企画(?)でした。
というよりも、タイトルと地域が思い出せない民話を、なんとか思い出して再現して、知っている方にどこのものか教えてもらえたらいいなーという下心満載の企画でした。
このお話、何も知らずに読んだ小学生には衝撃が強くて(近親・胸切り落とし)、はっきり言ってほとんど覚えていないに等しい出来でしたが……。
「イガルク」の珍しいポイント、太陽が妹で月が兄っていうのも逆で覚えてたし……。
これに関しては探し当てたとき、そういえば逆だった! と思い出しましたけれども。
以下、当時の前書きです。
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小さい頃から民話が好きでよく読んでいたのですが、ひとつ、どこの国の話か覚えてないのですがものすごく印象に残っている話があります。太陽と月の起源の話です。民話というより神話かな? ただ、うろ覚えすぎて調べようにも調べられません。どなたかどこの国の話か知ってる方がいらっしゃったら教えていただけませんでしょうか? の思いを込めて下に覚えてる限りの話を書きます。何か私が色々脚色してるかもしれないので(長い間反芻しすぎて好きなように話を作ってるかも)心の目で見抜ける方、お願いします。
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結局反芻しすぎて別物になっちゃってました。
記憶ってあてにならないなーというお話でした。




