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まだ鳴らない音の中で  作者: 小鹿さきお
第一章 過去
8/8

~第八話~ 風景

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


奏君の、前生きていた時代の記憶がなくなっている。


「紗理奈や、詳しい話を聞かせてほしい。」


おじさんが神妙な顔をして話す。


「うん。もちろん。おじさんはさあ、奏君がこの時代にやってきた日のことを覚えている?」


「ああ。もちろんさ。」


「それで昨日の夜にね、奏君に聞いたの。元の時代に戻りたくはないかって。」


私は、奏君が前の時代に戻りたくはないかとここ一週間、考えていた。

それをいざ口にしたとき、奏君はタイムスリップしてきたことを忘れていた。


そのようなことをおじさんに伝える。


「なるほど…。どうしたものか。」


おじさんは顔をしかめる。


「やっぱり奏君がこの世界の、この時代の中に入り込んできてしまったからではないかな。」


どういうことなのか私はすぐには理解できなかった。


「どういうこと?入り込んできてしまったからって。」


「この時代の人物の一人になり始めているんだよ。僕の勝手な見解だけどね。でもそれが一番考えやすいと思う。」


この時代の一人。

学校に行って、友達ができて、この町を歩いて、みんなに認識されつつある。

その奏君の日常が、奏君の記憶に干渉している、ということなのかな。

それで奏君が前の時代の記憶をなくし、この時代に浸透してきている。

この時代に住むことが、奏君の幸せならそれでいいのかもしれない。


でも、私は。


それから、おじさんを見送り、奏君を連れ戻しに行った。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


家に戻る最中、白石さんはずっと悩んでいる顔をしていた。

その横で、僕もずっと悩んでいた。

時間軸が変わる。

前にいた時代。

一体何のことなんだろう。

そして何が、僕には起きているのだろう。


白石家に帰り、いつも通り白石さんが作る夕食を食べ始めていた。

そこまで白石さんは無言だった。


「ねえ、本当に覚えていないの。」


突然、白石さんが話し始めたので少し驚いた。


「えーっと、何を?」


不正解を言っても気まずいだけなので、ここは白石さんに尋ねてみる。


「なんでここにやってきたか。」


「ここって?」


「この町。」


「この町って…。」


古びた商店街。

いつも通っている学校。

見慣れた白石家の内装。


どこにもおかしな点はない。


しかし、僕には今白石さんが言ったことに理解ができなかった。


「僕、ここに住んでいるでしょ。」


白石さんが息を止めた。


「なんで。」


「え?」


問い返されて、答えに詰まる。


なんでなんだろう。


この町に住んでいるのはちょっと前からで…。


僕はそこに違和感を抱く。


ここでの記憶が不自然に、綺麗に揃い過ぎている。


「ねえ。」


白石さんが大きな声を上げて身を乗り出す。

顔が近づく。


「奏君は、ここに突然やってきたの。」


「…白石さん、何言って――。」


僕は白石さんの言葉に引っ掛かりを覚える。

もといた時代。

ここ。

突然やってきた…。


「白石さん、ごめん、何言ってるのか僕には理解できないよ。」


それが決定打となった。


白石さんの表情が一瞬で崩れる。


「違う。」


小さく言う。


「違うから。」


机の上に置かれた、白い手に力がこもる。


「奏君、突然やってきて。」


声が震える。


「それで、私の家に――。」


そこで、言葉が途切れた。


僕の顔を見て、本当に分からないのだと悟る。


ゆっくり、椅子に座りなおす。


部屋の時計が、やけに大きな音を立てた。


「…本当に、覚えてないの。」


これは問いではない。

確認だ。


僕は、曖昧に首を縦に振る。


「分かった。じゃあ冷めないうちに、ご飯食べよ。」


白石さんは続ける。


「ご飯食べたら、ちょっと散歩しようよ。」


僕には、その誘いを断る理由なんてなかった。

もう一度、首を縦に振る。


白石さんのご飯はいつ食べても美味しい。

こんな料理を毎日食べられているだけで僕は幸せだ。


そんな一瞬は過ぎ、白石さんと外に向かう。


夜風は冷える。

でもその風が何かを導いているかのようだった。


白石さんが歩く方へついていく。

シャッターが閉まった商店街を抜け、

大きな看板がある通りを抜け、

ちょっとした丘を登って、

小さな公園にたどり着いた。


「ねえ、奏君。この景色はね、私が一番好きな景色なの。」


町の方を見ると、まだ明かりのついたビルが見える。

空を見上げると、満点の星。


「この景色を見て何か思わない?」


町の風景を見て思い出す。


駅までの道。古い商店街。道の角の自動販売機。

全部、何度も通った場所だ。

それなのに、どこか輪郭がぼやけている気がしている。


あの、見覚えのある本屋。あの、毎日通っている学校。


「奏君さ、最初会ったときにあのお店、本屋でいきなり泣き出すから、びっくりしたんだよ。」


僕が見ていた本屋を指さしながら言う。


さっきと同じ夜風が吹く。


横にはまだセーラー服姿の白石さんがいる。

その顔を見ると、どこか面影のある笑顔があった。

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