~第八話~ 風景
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奏君の、前生きていた時代の記憶がなくなっている。
「紗理奈や、詳しい話を聞かせてほしい。」
おじさんが神妙な顔をして話す。
「うん。もちろん。おじさんはさあ、奏君がこの時代にやってきた日のことを覚えている?」
「ああ。もちろんさ。」
「それで昨日の夜にね、奏君に聞いたの。元の時代に戻りたくはないかって。」
私は、奏君が前の時代に戻りたくはないかとここ一週間、考えていた。
それをいざ口にしたとき、奏君はタイムスリップしてきたことを忘れていた。
そのようなことをおじさんに伝える。
「なるほど…。どうしたものか。」
おじさんは顔をしかめる。
「やっぱり奏君がこの世界の、この時代の中に入り込んできてしまったからではないかな。」
どういうことなのか私はすぐには理解できなかった。
「どういうこと?入り込んできてしまったからって。」
「この時代の人物の一人になり始めているんだよ。僕の勝手な見解だけどね。でもそれが一番考えやすいと思う。」
この時代の一人。
学校に行って、友達ができて、この町を歩いて、みんなに認識されつつある。
その奏君の日常が、奏君の記憶に干渉している、ということなのかな。
それで奏君が前の時代の記憶をなくし、この時代に浸透してきている。
この時代に住むことが、奏君の幸せならそれでいいのかもしれない。
でも、私は。
それから、おじさんを見送り、奏君を連れ戻しに行った。
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家に戻る最中、白石さんはずっと悩んでいる顔をしていた。
その横で、僕もずっと悩んでいた。
時間軸が変わる。
前にいた時代。
一体何のことなんだろう。
そして何が、僕には起きているのだろう。
白石家に帰り、いつも通り白石さんが作る夕食を食べ始めていた。
そこまで白石さんは無言だった。
「ねえ、本当に覚えていないの。」
突然、白石さんが話し始めたので少し驚いた。
「えーっと、何を?」
不正解を言っても気まずいだけなので、ここは白石さんに尋ねてみる。
「なんでここにやってきたか。」
「ここって?」
「この町。」
「この町って…。」
古びた商店街。
いつも通っている学校。
見慣れた白石家の内装。
どこにもおかしな点はない。
しかし、僕には今白石さんが言ったことに理解ができなかった。
「僕、ここに住んでいるでしょ。」
白石さんが息を止めた。
「なんで。」
「え?」
問い返されて、答えに詰まる。
なんでなんだろう。
この町に住んでいるのはちょっと前からで…。
僕はそこに違和感を抱く。
ここでの記憶が不自然に、綺麗に揃い過ぎている。
「ねえ。」
白石さんが大きな声を上げて身を乗り出す。
顔が近づく。
「奏君は、ここに突然やってきたの。」
「…白石さん、何言って――。」
僕は白石さんの言葉に引っ掛かりを覚える。
もといた時代。
ここ。
突然やってきた…。
「白石さん、ごめん、何言ってるのか僕には理解できないよ。」
それが決定打となった。
白石さんの表情が一瞬で崩れる。
「違う。」
小さく言う。
「違うから。」
机の上に置かれた、白い手に力がこもる。
「奏君、突然やってきて。」
声が震える。
「それで、私の家に――。」
そこで、言葉が途切れた。
僕の顔を見て、本当に分からないのだと悟る。
ゆっくり、椅子に座りなおす。
部屋の時計が、やけに大きな音を立てた。
「…本当に、覚えてないの。」
これは問いではない。
確認だ。
僕は、曖昧に首を縦に振る。
「分かった。じゃあ冷めないうちに、ご飯食べよ。」
白石さんは続ける。
「ご飯食べたら、ちょっと散歩しようよ。」
僕には、その誘いを断る理由なんてなかった。
もう一度、首を縦に振る。
白石さんのご飯はいつ食べても美味しい。
こんな料理を毎日食べられているだけで僕は幸せだ。
そんな一瞬は過ぎ、白石さんと外に向かう。
夜風は冷える。
でもその風が何かを導いているかのようだった。
白石さんが歩く方へついていく。
シャッターが閉まった商店街を抜け、
大きな看板がある通りを抜け、
ちょっとした丘を登って、
小さな公園にたどり着いた。
「ねえ、奏君。この景色はね、私が一番好きな景色なの。」
町の方を見ると、まだ明かりのついたビルが見える。
空を見上げると、満点の星。
「この景色を見て何か思わない?」
町の風景を見て思い出す。
駅までの道。古い商店街。道の角の自動販売機。
全部、何度も通った場所だ。
それなのに、どこか輪郭がぼやけている気がしている。
あの、見覚えのある本屋。あの、毎日通っている学校。
「奏君さ、最初会ったときにあのお店、本屋でいきなり泣き出すから、びっくりしたんだよ。」
僕が見ていた本屋を指さしながら言う。
さっきと同じ夜風が吹く。
横にはまだセーラー服姿の白石さんがいる。
その顔を見ると、どこか面影のある笑顔があった。




