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Have a break? ― ヒーロー店主とヴィランメイド ―  作者: 藍色 紺
■第一章 ブレンド・オブ・トーキョー ― 混ざる
2/6

■ 第2話 アルバイト希望者、女子高生来る

 正義より、バイトに続けてもらう方が難しい。


「アルバイト募集の張り紙を見たんですけど」


 女の声だった。


 七里は前傾姿勢を解き、意識を喫茶店のオーナーモードに切り替える。


「どうぞ奥へ」


 お入りくださいと迷ったが、堅苦しく面接するのは避けたい。

 男でも女でも、未経験でも熟練でもいい。長続きして欲しい。


 バイトが辞める度、社会人として不適格だと烙印を押される気分になる。

 「マスターって突然いなくなるじゃないですか」――――そんな言葉、正直うんざりしている。

 辞めていったバイト達と、首だと宣言した上司は同じように、七里を責めた。「世界の平和を守っているから」と本当のことを言っても、笑うことすらしてくれないだろう。


 どうか、俺がいなくても許してくれるおおらかな人であってくれ。


 ウィンドウチャイムを鳴らしながら入ってきたのは――――、女子高生だった。

 思わず見とれてしまう。


 セーラー服は、アニメで見るようなミニ丈ではなく、膝下まである。

 透けない黒いタイツに両手で持ったスクールバッグ、きっちり編まれた三つ編みも、全てが真面目さを醸しだしている。


 五卓ある内、真ん中のテーブルへと案内する間、七里の頭の中は疑問でいっぱいだった。


 どうして、こんな真面目そうな子がバイトを? 何かの間違いじゃなかろうか。


「アルバイト希望の、和田(わだ)由依(ゆい)です。よろしくお願いします」


 椅子には座らず、そう名乗って頭を下げた。七里をまっすぐ見上げる。

 意思の強そうな眼差しがまぶしい。


 間が空き、何を待たれているのだろうかと考えて、ようやく、椅子に座る許可を待っていると気づく。


「おっお座りください」


 面接する七里の方が緊張している。

 「七度も転職されている理由は?」は、今でも夢に出てくる。

 フランクにやりたかったのに、格式ばった真面目さを、打破できるほどの話術は七里にはなかった。


 女子高生が背を伸ばして椅子に座ったが、七里は思わずカウンターの向こうに逃げ込んでしまった。

 女子高生と距離を置き、コーヒーを入れ始めると、ようやく頭が回り始める。


「えっと……。君は、コーヒーは飲める?」


「和田です。ありがとうございます。いただきます」


 名前を忘れたこともバレ、その上、フォローまでしてもらった。

 大きく息をついたのは、気持ちを入れ替えたかったからだ。


 和田さんは、確かにバイト希望と言った。見た目が真面目そうだからって、バイトの必要がないと決めつけるのはよくない。


 見た目や経歴で判断されるのは、七里の最も嫌いなことの一つだ。

 何よりも、今はバイトが欲しい。


 女子高生相手だからって、ひるんでどうする!? 俺は女王様相手でも戦えるヒーローのはずだ。


 どうしてうちで働こうと思ったのか、学校はどこで、親の許可は得ているのか、時給やシフト希望。聞きたいことは山ほどある。


 サイフォンのロートにお湯が上がってきたら、数を数えながらコーヒーの粉とお湯を静かに攪拌する。混ぜ方一つでコーヒーの味が変わってしまう。


 不思議なもので、カップにコーヒーを注ぐころには動揺は収まっていた。

 基本的なことは口頭で質問し、学生証を確認して、給与の振込先を聞くのはいつものことだ。


 七里は由依の前にコーヒーを置いた。

 ミルクの入った小さなピッチャーと砂糖をそっと近づけると、由依は礼を言ってからコーヒーカップを手にした。


「ミルク温めようか」


「ありがとうございます。私、ブラック派なんです」


 由依がぎこちなく微笑むのを、七里は頷いて受け止めた。

 確かに、ブラックが一番コーヒーの味がわかる。

 由依は、まずコーヒーの香りを吸い込んだ。


「いい香り」


 嬉しそうな声に続いて一口ふくむ。大きな目を丸くし、口元を隠した。


「――。コーヒーってこんなにおいしいんですね」


 一言で、店内が明るくなった気がした。

 七里は黙り込み、嬉しさに小さく身体を震わせた。

 世界の平和を守る以外には、ロクに何もできないが、前オーナーに猛特訓してもらったおかげで、コーヒーだけは淹れられる。


 熊のような図体の男がうつむいて黙り込む様に、向かいの由依は小首をかしげる。


「あの……?」


「採用!!」


 思わず七里は立ち上がり、ガッツポーズをした。鍛え上げた筋肉が膨れ、存在を主張し始める。


「あ、でも一つだけ先に言っとくことがあるんだけど――」


 七里が深呼吸する。断られるなら今の方がいい。


「俺、ヴィラン警報が出たら――いなくなっちゃうんだけど」


「え?」


 由依の大きな目が光った。完全に怪しまれている。


「あ、ほら……ミーハーなんだよ俺。つい、見に行っちゃうんだよね」


 由依が、カップの縁に指をかけたまま微笑んだ。その笑みは、冗談を聞いたというより――何かを確かめるように見えた。


「オーナーがいない間、私はどうすれば……」


「いてくれるだけで! 常連さんは慣れてるんだ。だから、気にしなくていい。和田さんはいてくれるだけで十分なんだ!」


 由依は、必死に言い訳をする七里を見て頷いた。


「それで――、いつから来られる?」


「明日からでも」


 七里はますます笑顔になった。早口で店内の案内を始める。


「このロッカー好きに使って。着替えるときは部屋に鍵がかけられるよ。安心してね」


 俺のコーヒーを一番おいしいと言ってくれるバイトを逃したくない。今度こそ、長続きしてもらうんだ!


 部屋の鍵が問題なく閉まるかどうか見せてみせると、由依は、手を上げた。爪の先まで揃った上品な挙手だ。


「制服はありますか?」


「このエプロンをつけて」


 バイト用ロッカーからエプロンを取り出して、広げて見せる。七里と由依の顔が曇った。

 エプロンは皺だらけで、紐はヨレてしまっている。


「ちゃんと洗って、アイロンをかければ……」


 言い繕いながら、皺を伸ばそうと引っぱると、エプロンは無残に裂けた。力みすぎだ。


「ご、ごめんね! すぐに新しいのを用意するよ」


 七里が大きな身体の後ろにエプロンの残骸を隠した。顔は真っ赤になっている。由依はそれを見て笑った。


「服は、私が用意してもいいでしょうか?」


 七里の動きが止まった。

 今何て言った?


「よかったら――、ですけど」


 なんて前向きなんだ! 素晴らしい!


「いいの?」


「えぇ、喫茶店にふさわしい制服を用意します。誰にも負けないような」


「ありがとう! いやぁ、助かるよ。服とか全然わかんなくってさ。楽しみにしてるよ」


 思わず破れたエプロンを掴んだまま、頭を掻いて、慌ててまたエプロンを隠した。


 由依はまた鈴が鳴ったように笑い、七里も笑う。

 その笑顔を見ながら、七里はふと首をかしげた。


 ――負けない制服って、なんだろう?


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