■ 第2話 アルバイト希望者、女子高生来る
正義より、バイトに続けてもらう方が難しい。
「アルバイト募集の張り紙を見たんですけど」
女の声だった。
七里は前傾姿勢を解き、意識を喫茶店のオーナーモードに切り替える。
「どうぞ奥へ」
お入りくださいと迷ったが、堅苦しく面接するのは避けたい。
男でも女でも、未経験でも熟練でもいい。長続きして欲しい。
バイトが辞める度、社会人として不適格だと烙印を押される気分になる。
「マスターって突然いなくなるじゃないですか」――――そんな言葉、正直うんざりしている。
辞めていったバイト達と、首だと宣言した上司は同じように、七里を責めた。「世界の平和を守っているから」と本当のことを言っても、笑うことすらしてくれないだろう。
どうか、俺がいなくても許してくれるおおらかな人であってくれ。
ウィンドウチャイムを鳴らしながら入ってきたのは――――、女子高生だった。
思わず見とれてしまう。
セーラー服は、アニメで見るようなミニ丈ではなく、膝下まである。
透けない黒いタイツに両手で持ったスクールバッグ、きっちり編まれた三つ編みも、全てが真面目さを醸しだしている。
五卓ある内、真ん中のテーブルへと案内する間、七里の頭の中は疑問でいっぱいだった。
どうして、こんな真面目そうな子がバイトを? 何かの間違いじゃなかろうか。
「アルバイト希望の、和田由依です。よろしくお願いします」
椅子には座らず、そう名乗って頭を下げた。七里をまっすぐ見上げる。
意思の強そうな眼差しがまぶしい。
間が空き、何を待たれているのだろうかと考えて、ようやく、椅子に座る許可を待っていると気づく。
「おっお座りください」
面接する七里の方が緊張している。
「七度も転職されている理由は?」は、今でも夢に出てくる。
フランクにやりたかったのに、格式ばった真面目さを、打破できるほどの話術は七里にはなかった。
女子高生が背を伸ばして椅子に座ったが、七里は思わずカウンターの向こうに逃げ込んでしまった。
女子高生と距離を置き、コーヒーを入れ始めると、ようやく頭が回り始める。
「えっと……。君は、コーヒーは飲める?」
「和田です。ありがとうございます。いただきます」
名前を忘れたこともバレ、その上、フォローまでしてもらった。
大きく息をついたのは、気持ちを入れ替えたかったからだ。
和田さんは、確かにバイト希望と言った。見た目が真面目そうだからって、バイトの必要がないと決めつけるのはよくない。
見た目や経歴で判断されるのは、七里の最も嫌いなことの一つだ。
何よりも、今はバイトが欲しい。
女子高生相手だからって、ひるんでどうする!? 俺は女王様相手でも戦えるヒーローのはずだ。
どうしてうちで働こうと思ったのか、学校はどこで、親の許可は得ているのか、時給やシフト希望。聞きたいことは山ほどある。
サイフォンのロートにお湯が上がってきたら、数を数えながらコーヒーの粉とお湯を静かに攪拌する。混ぜ方一つでコーヒーの味が変わってしまう。
不思議なもので、カップにコーヒーを注ぐころには動揺は収まっていた。
基本的なことは口頭で質問し、学生証を確認して、給与の振込先を聞くのはいつものことだ。
七里は由依の前にコーヒーを置いた。
ミルクの入った小さなピッチャーと砂糖をそっと近づけると、由依は礼を言ってからコーヒーカップを手にした。
「ミルク温めようか」
「ありがとうございます。私、ブラック派なんです」
由依がぎこちなく微笑むのを、七里は頷いて受け止めた。
確かに、ブラックが一番コーヒーの味がわかる。
由依は、まずコーヒーの香りを吸い込んだ。
「いい香り」
嬉しそうな声に続いて一口ふくむ。大きな目を丸くし、口元を隠した。
「――。コーヒーってこんなにおいしいんですね」
一言で、店内が明るくなった気がした。
七里は黙り込み、嬉しさに小さく身体を震わせた。
世界の平和を守る以外には、ロクに何もできないが、前オーナーに猛特訓してもらったおかげで、コーヒーだけは淹れられる。
熊のような図体の男がうつむいて黙り込む様に、向かいの由依は小首をかしげる。
「あの……?」
「採用!!」
思わず七里は立ち上がり、ガッツポーズをした。鍛え上げた筋肉が膨れ、存在を主張し始める。
「あ、でも一つだけ先に言っとくことがあるんだけど――」
七里が深呼吸する。断られるなら今の方がいい。
「俺、ヴィラン警報が出たら――いなくなっちゃうんだけど」
「え?」
由依の大きな目が光った。完全に怪しまれている。
「あ、ほら……ミーハーなんだよ俺。つい、見に行っちゃうんだよね」
由依が、カップの縁に指をかけたまま微笑んだ。その笑みは、冗談を聞いたというより――何かを確かめるように見えた。
「オーナーがいない間、私はどうすれば……」
「いてくれるだけで! 常連さんは慣れてるんだ。だから、気にしなくていい。和田さんはいてくれるだけで十分なんだ!」
由依は、必死に言い訳をする七里を見て頷いた。
「それで――、いつから来られる?」
「明日からでも」
七里はますます笑顔になった。早口で店内の案内を始める。
「このロッカー好きに使って。着替えるときは部屋に鍵がかけられるよ。安心してね」
俺のコーヒーを一番おいしいと言ってくれるバイトを逃したくない。今度こそ、長続きしてもらうんだ!
部屋の鍵が問題なく閉まるかどうか見せてみせると、由依は、手を上げた。爪の先まで揃った上品な挙手だ。
「制服はありますか?」
「このエプロンをつけて」
バイト用ロッカーからエプロンを取り出して、広げて見せる。七里と由依の顔が曇った。
エプロンは皺だらけで、紐はヨレてしまっている。
「ちゃんと洗って、アイロンをかければ……」
言い繕いながら、皺を伸ばそうと引っぱると、エプロンは無残に裂けた。力みすぎだ。
「ご、ごめんね! すぐに新しいのを用意するよ」
七里が大きな身体の後ろにエプロンの残骸を隠した。顔は真っ赤になっている。由依はそれを見て笑った。
「服は、私が用意してもいいでしょうか?」
七里の動きが止まった。
今何て言った?
「よかったら――、ですけど」
なんて前向きなんだ! 素晴らしい!
「いいの?」
「えぇ、喫茶店にふさわしい制服を用意します。誰にも負けないような」
「ありがとう! いやぁ、助かるよ。服とか全然わかんなくってさ。楽しみにしてるよ」
思わず破れたエプロンを掴んだまま、頭を掻いて、慌ててまたエプロンを隠した。
由依はまた鈴が鳴ったように笑い、七里も笑う。
その笑顔を見ながら、七里はふと首をかしげた。
――負けない制服って、なんだろう?





