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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
背負うべきもの

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花祭りの女王・4

花の女王のパレードは、フレイザー公爵家領主館前のラウンドアバウトをまわり、領都いちばんの大通りを行く。

まっすぐに続く車道の道幅は広く、道の両側に植えられた街路樹の並木は青々として、沿道の見物客たちに心地よい木陰を提供している。


白馬に乗ったヨシュアが先導を務め、その後に鼓笛隊が続く。彼らの奏でるにぎやかな祝祭の音楽を浴びながら、私とセドリックの乗った花の女王の山車(だし)が、4頭の馬に引かれて進んでいった。

私たちの後ろには、女王のしもべに扮して踊りながら歩いてくる芸人たちと、整然と二列になってしずしずと進んでくるメイド服の侍女たちがいた。

列の後尾には騎馬の護衛騎士たちがいて、沿道の群衆に向け目を光らせていた。


セドリックは、道の両側を埋め尽くした人波を山車(だし)の二階から目にして

「わあ…」と感心したきり言葉を失くしている。

王都にいたころはまだ幼すぎて、広い公爵邸の外へ出たことはほとんどなかったし、王都を離れてからも人気の少ない森の館で暮らしていて、これほど大勢の人間を目にしたことはなかったのだから無理もない。


私はと言えば、ウィロー砦の音楽会の時のように歌を披露しなければならないということもなく、ただにこやかに手を振っていればいいだけなので、大勢の視線にさらされることにも、慣れればそんなには緊張しないでいられた。

それに、隣にいるセドリックの存在が、私の心の安定につながっていることも確かだった。


割れんばかりの大歓声の中を、一行はゆっくりとした速度で行進していく。

侵入防止に設置されている柵を乗り越えんばかりの勢いで、人々はこちらに身を乗り出し、大きな声を上げた。



女王(クイーン)! 花の女王!」


「エリナさま! われらが女王陛下!」


「セドリック小公爵! 花の公子(プリンス)!」


「ノナ・ニムよ、女王(クイーン)公子(プリンス)にご加護を!」



沿道からはしきりに歓声が飛んできたが、その中には「ルドガーさま!」という声も少なくなかった。

ザヴィールウッドの現領主であるルドガーは今この場にはいないが、領民の間では人望が厚いのか、彼のことを待ち望んでいる者も多くいるようだった。


大通りの先に、兄アルマンがつい先ほど音楽会の千秋楽を迎えたはずの広場が見えてきた。

私とセドリックも先日訪れたあの場所だ。

広場のシンボルである、フレイザー家の開祖セドリックの銅像が、高い台座の上にそびえたっているのが見えた。

するとセドリックはそれまで座っていた玉座を下りて、前方の手すりの前に立って遠い広場へ目を向けた。



「セディ? どうしたの」



私も玉座を立って息子の隣に立ち、周囲の観衆に笑顔で手を振りながらそっと問いかけると、セドリックは黒髪を春風になびかせながら、透き通ったまなざしで私を見上げた。



「母さま。

ここにいるたくさんの人たちは、僕らのことを見にきているんだね。

僕らはこの人たちにとって、そんなに大切なものなの?」



幼い息子の素朴な質問だったが、私は答えに窮した。



「ええ、そうね…」



そう言って小さな身体を抱き寄せ、黒髪の頭をなでる。

セドリックは少しくすぐったそうに目を細め、視線を群衆に移した。

私はそんな息子の肩に優しく手をかけて、寄り添いながら言った。



「この人たちの多くは、フレイザー公爵領の領民ですもの。

セディ、将来あなたが領主となって、この人たちの命や暮らしを守っていくことになるの。

だからこんなにたくさんの人たちが、あなたを一目見たいとここに来ているのよ。

立派な領主になって自分たちの暮らしを良くしてほしいと期待しているのね。

フレイザー家を継ぐというのはそういうことなのよ」


「そうか…」



セドリックは私と反対の方を向いて、ぎこちなく手を振った。


とたんに群衆が反応して轟雷のごとく歓声が上がる。

私は立ったまま、セドリックと反対の方を向いて軽く手を振った。

それにもまた嵐のような歓声が沸き起こった。



「セディ、あなたはまだ小さいけれど、生まれつき多くのものを背負っているの。

大変なことも多いけれど、母さまはいつでもあなたのそばにいるわ。

何があっても、一緒に乗り越えていきましょうね」



まだ4歳の子どもにこんなことを言っても理解できないだろうとは思ったが、私は自分の正直な気持ちを息子に伝えたかった。


わからなくてもいい、忘れてしまってもいい。

ただセドリックの母である私の、自分自身への決意表明であるだけでいい。

そう思って口にした言葉だったが、セドリックは意外にも、こちらがハッとするほど大人びた表情で私の言葉を受け止めていた。

赤い瞳は、今まで見たことのないほど真摯で、凛冽とした光を宿している。


遠く前方を見据えるセドリックを気にかけながら、大歓声の中、私は手すりの前に立って観衆に手を振った。

そんな私たち母子の足元を、ティムの小さな白ねずみがちょろちょろと走り回っていた。


そろそろ大通りも終点となり、パレードは音楽会場だった広場へ入っていった。

つい先程まで設営されていたはずのステージや客席は早くも撤去されている。


私たち花の女王パレードの一行は見晴らしの良くなった広場に入って方向転換し、来た時とは別の街路を通って、パレードの出発点であったフレイザー家領主館へ戻る。

次に通る道筋には、先日私たちが訪れた義母御用達の洋装店などの老舗や有名店が立ち並び、途中には貴族の街区と庶民の居住区を区切る運河が流れている。

運河沿いには花祭りの期間、多くの屋台が立ち並んでいるそうで、セドリックが午前中に訪れたというのもこのあたりなのだろう。

運河を渡ってすぐの一角には王立騎士団の詰所があり、そこから領主館は目と鼻の先だった。


広場にはパレードの進路への立ち入りを禁じる規制線が張られている。

警備の兵士たちが守っているその線の向こうは、広場でパレードを一目見ようと詰めかけた人々でいっぱいだ。


私は、山車(だし)の上から見える開祖の銅像に目を向けた。

高い台座の上にある銅像は、二階建ての山車(だし)から見てもまだ見上げる高さにあるが、それでも台座の足元から見るよりもはるかに近くで見ることができた。

ゆっくりとした速度で銅像のまわりを一周する間、周囲には規制線が張られて観衆は近づけないようになっていた。

遠くなった歓声やざわめきに、張りつめていた緊張が少しだけ解けてほっとする。


セドリックがその名をもらったフレイザー家の開祖、ノナ・ニムが銀髪のリックと呼んでいたセドリック・フレイザーの銅像をじっくりと見つめる。

銅像に彩色はされていないので髪の色も目の色もわからないが、高い鼻梁やシャープな顎のラインは、義父やルドガーにも共通しているフレイザー家のものだ。


セドリックも成長したらこんな風になるのだろうかと思い隣を見やると、息子は私の視線には気づいた様子もなく、なんだか落ち着かない様子できょろきょろとあたりを見回していた。



「ねずみくん? どこ?」



そういえばさっきまで私たちの足元を走りまわっていた白ねずみが、いつのまにか見えなくなっている。

ふとイヤな感じがして、私は音で私たちとつながっているはずのティムに声を出して呼びかけた。



「ティム? どうしたの、聞こえる?」



だがティムからは何の返事も反応もない。

不安に駆られて私はセドリックの前に膝をつき、小さな身体を引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

低い視点に立って周囲を注意深く見渡す。



「母さま」



セドリックも心細そうな顔で私にすがりついてきた。

私は息子の不安を和らげようと微笑みかけた。



「大丈夫、母さまがついているわ、セディ。

こうしてあなたを抱きしめていますからね」


「うん…」



セドリックは背中を私に預けて寄りかかっている。

幼子を抱き上げて、私は手すりのそばを離れて女王の玉座に戻り、セドリックを膝に乗せて座った。


隣には子ども用の玉座があるが、そこへセドリックを座らせるつもりはなかった。

今この子をこの手の中から離してはいけない気がする。

何か異常が、危険が迫っていると思わされる、うなじの毛がちりちりと逆立つような感覚。


周囲では何事もないようにパレードが進んでいき、開祖の銅像を離れた一行は広場を出てにぎやかな繁華街へ入ろうとしていた。

路上の群衆だけでなく、両側の建物の窓からもたくさんの人々がこちらを見ている。

私はぎこちなく笑みを浮かべてそれらの人たちに手を振って応えていた。

だがセドリックはおびえたような固い表情で、前方の人波を見てはいるものの、その手は私にしがみついていた。







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