花祭りの女王・3
エントランスを離れ、領主館の侍女に案内されて、これから私たちが乗る山車の前まで、セドリックと手をつないで歩いていった。
「うわあ、大きいねえ、母さま。僕たちこれに乗るの?」
山車を見上げてセドリックは、目をいっぱいに見開いて私に聞いた。
「ええ、そうよ、セディ」
私は息子に笑ってそう答えてから、目の前の山車をじっくりと観察した。
大きくて丈夫な車輪に支えられた山車は、二階立ての構造になっている。
一階部分の真ん中に、やぐらを組んだような形で二階部分がつくられている。
二階へ上がるための階段はなく、一階の外壁に上り下りするための梯子がたてかけられていた。
一階部分は、たくさんの花であふれていた。
二階のやぐらの部分には転落防止の手すりがあり、色とりどりの花で飾り立てられている。
二階の中の、手すりから離れた中央部分は一段高くなっており、そこに二つの台座が設置されていた。
台座の上にはそれぞれ、背もたれのついた玉座が据えられている。
花の女王と王子に扮した私たち母子がそこに座るということだろう。
「ナタリーは、パレードの間どこにいるの?」
私は傍らの侍女を振り向いて問いかけた。
「できれば、なるべく私たちの近くにいてほしいのだけれど」
「もちろん近くにおりますよ、エリナさま。
パレードの列の一番後ろから、エリナさまの山車の後ろを歩いてついていきますから。
それに、山車の一階の部分には、花の女王に仕える花乙女の扮装をした少女が4人ほど乗り込むそうです。
ザヴィールウッドでも選りすぐりの美少女たちで、魔力はなくても護身術の心得はあるので、万一の時にはエリナさまとセドリック坊ちゃまをお守りするよう言われているようですよ」
私を安心させようとして熱心に説明をしてくれるナタリーの横で、
「大丈夫だよ、母さま。僕が母さまを守るからね!」
と、セドリックが大真面目に宣言した。
私は笑顔になり、息子に向かって腰をかがめると、
「ありがとう。頼りにしているわ、セディ」
そう言って黒髪にキスを落とした。
セドリックは私を見上げて誇らしげに背筋を伸ばし、
頬を紅潮させて私の信頼の言葉に「うん!」と力強く答えた。
「失礼いたします、若奥さま」
声をかけられて振り向くと、領主館の年配の侍女が頭を下げていた。
その後ろには、薄い絹でできた花乙女の衣装に身を包んだ4人の少女たちが、同じく頭を下げて控えている。
「花の女王に仕える花乙女として、若奥さまと同じ山車に乗る4人です。
パレードの間、何かありましたら、おそばにおりますこの者たちに何なりとお申しつけください」
「「「「何なりとお申しつけください」」」」
侍女の言葉を受けて、4人の少女がいっせいに声をそろえた。
私は軽く手を上げて言った。
「顔を上げてちょうだい。
私はザヴィールウッドの花祭りは初めてだし、ましてや花の女王のパレードなんて責任重大で、少し緊張しているの。
それでも、なんとか無事にお役目を果たせるように全力を尽くすつもりです。
だからどうか、あなたたちも手を貸してちょうだいね。
領民のみなさんのために、一緒にこのパレードを成功させましょう」
少女たちは「はい」と返事をし、深く一礼してから顔を上げて私を見た。
見たところ全員、貴族令嬢ではなく平民の出身だと思われる。
みな美しい容姿をした十代の少女だが、魔力を持っている者はいないようだった。
その中の一人が、私はなぜか気になった。
4人の中でいちばん背が高く、鋭い目つきをした少女だ。
名前をたずねようとしたところ、背後から「エリー」と声をかけられた。
声の主を目にして少女たちは再び頭を下げる。
「ヨシュア」
騎士団での打ち合わせが終わったらしいヨシュアが、従者のティムを連れてそこにいた。
ティムは礼儀正しく私に礼をした。
「ごきげんよう、フレイザー公爵夫人」
「ティム、ウィロー砦ではお世話になったわね。
私のことはどうかエリナと呼んでちょうだい」
砦の音楽会の時のことを思い出して、感謝の思いとともにティムにそう声をかけると、ティムは
「承知しました。ではエリナさまとお呼びいたします」
と破顔した。
ヨシュアが花乙女の少女たちに頭を上げさせ、ティムを紹介した。
「花乙女のみなさんには、お初にお目にかかる。
僕はウィロー砦の司令官、ヨシュア・エイレル。
こちらは僕の従士で、ティモシー・エイレルという。
ティムと呼んでやってくれ。
今日のパレードでは、彼が花の女王の山車の警備にあたることになった。
どうかよろしく頼む」
少女たちはヨシュアの言葉に「はい」と答え、優雅な礼を返した。
「さあ、それでは山車に乗ってくれ。四隅に一人ずつだ」
ヨシュアの指示で4人の少女たちはそれぞれの配置についた。
前方の二人が山車を引く4頭の馬を御すようで、そのうちの一人はあの目を引く背の高い少女だった。
ティムが壁に立てかけられていた梯子を使って一人で二階へ上がり、
「さあどうぞ」と私たちの方へ手を差し出した。
私は先にセドリックに梯子を上らせ、落ちないように下で息子の身体を支えた。
ティムが二階でセドリックの手をつかんでしっかりと引き上げてくれたのを確認し、続いて私も梯子を上ろうとすると、ヨシュアが梯子の下で私を見守っているのに気づいた。
ウィロー砦の最高司令官は、身体に触れないぎりぎりの距離を保って、私が足を滑らせたりしないように注視してくれている。
そんなヨシュアの様子を目の当たりにして、私は幼い頃のことを思い出した。
音楽家門の会合でよくリズリー家をを訪れていたエイレル家のヨシュアは、我が家の屋根裏や狭い小部屋を一緒に探検する時、いつもこんな風に私を先に上らせて、自分は後から上ってくれていたっけ。
あの頃の私たちは、お互いにまだ幼い子どもだったから、ヨシュアは私の身体に触れることに何の躊躇もなかった。
自然に腕をとったり腰を支えたりしてくれていたし、私もそれを当たり前のように受け止めていた。
でも今の私は、実態はともかく名目上はルドガーの妻であり既婚者だ。
だから今のヨシュアは、それに即した節度を保って私に接してくれているのだ。
私は、幼なじみのヨシュアとの関係性が、大人になって変化したことをはっきり自覚して感慨を覚えた。
そして、それでもヨシュアは今もなお、私の身の安全を守ろうと心を砕いてくれているのだと思うと、胸の奥がじんとあたたかくなった。
「母さま!」
ティムに手を引かれて山車の二階に上がると、先に到着していたセドリックが飛びついてきた。
私の後から身軽な動作でヨシュアが梯子を上ってくる。
大人三人と子ども一人で、狭い山車の上のスペースはもういっぱいだ。
セドリックは手すりに身を乗り出して、山車を引く4頭の馬を興味津々で見ている。
「セディ、危ないわよ」
ひやひやしながら私が注意すると、横からヨシュアが笑って言った。
「ティム、公子を見ていてやってくれ」
「はい、承知しました、兄上」
ティムは玉座の所にいる私とヨシュアから少し離れ、セドリックのいる手すりのそばへ移動した。
「エリー」
思いがけず真剣なヨシュアの声に、私は息子から視線を移した。
狭小なスペースの中で、ヨシュアとの距離が近い。
息づかいが聞こえるような位置で、ヨシュアは私に手のひらを広げてみせた。
「まあ、これは…」
ヨシュアが開いた手のひらに乗っていたのは、1匹の白い小さなねずみだった。
「エリー、今の君になら見えるだろう?
これはティムの魔力でつくった白ねずみだよ」
ウィロー砦の音楽会の時、ティムがヨシュアのもとに送り込んでいた白ねずみだろうか。
あの時私はまだ魔力なしだったから見えなかったけれど、
確かにターラが「かわいい白ねずみ」だと言っていた。
「このねずみは、遠くにいる人物のまわりの音や声を術者に伝えてくれる。
ターゲットとなる人物の了承があれば、白ねずみはその人物の周囲の音声を主であるティムに伝えることができる。
もしその人物に危険が迫れば、ティムは白ねずみを通じてそれをいち早く察知できるんだ。
だからエリー、花祭りのパレードの間だけ、君とセドリックを守るために、この白ねずみを受け入れる許可をくれないか?
ティムに危険が伝われば僕もすぐに対処することができる」
ヨシュアの要請を私は快く受け入れた。
小さなねずみは、不審物の確認のためだろうか、私とセドリックが座る玉座のまわりを隅々まで走りまわった。
そんな白ねずみにセドリックは、馬から興味が移ったらしく歓声を上げて、後を追いかけまわした。
そして白ねずみを捕まえると、手に乗せてうれしそうにはしゃいでいた。
「まだ小さいのに、セドリックにはあのねずみが見えるんだな。
あの子は大きな魔力を持っているようだね」
ヨシュアは感心したように言い、セドリックに目を細めた。
そして微笑みのまま私に目を向けて言った。
「エリー、それじゃ僕らはもう行くよ。
パレードの間はまわりの状況が見えなくて不安だろうけど、ティムの白ねずみを通じて僕らは音で君たちとつながっている。
何かあったら声に出して言うといい。
パレードの一団は、僕を含めた騎士団の騎士たちが厳重に警護しているから」
「わかったわ。よろしくね、ヨシュア」
「ああ、まかせてくれ。
セドリック、はしゃぎすぎて手すりから落ちないように気をつけるんだよ」
「はーい」
ヨシュアの注意を受けて、セドリックは白ねずみを持った手を掲げて元気よく返事をした。
ヨシュアとティムが去り、私とセドリックが台座に据えられた玉座に座ると、山車はゆっくりとした速度で動き出した。
領主館の庭園を横切り正門を出ると、正門前の大通りには沿道を埋め尽くすほどの観衆が集まっていて、パレードの始まりとともに大きな歓声が湧きおこった。
両脇を騎士たちに護衛されながら、花の女王のパレードの一団は領都の市中をゆっくりと練り歩き始めた。




