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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
背負うべきもの

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花祭りの女王・2

私を訪ねてきた義母イーディスは、先日洋装店で新調した真新しいドレスに身を包み、カイサを伴って衣裳部屋へ入ってきた。

義母の腹心の侍女は、何やらジュエリーを保管していると思われる、精緻な細工の施された箱を手にしている。

私は椅子から立ち上がって義母を迎えようとしたが、

「ああ、いいのよ、そのままで」と押しとどめられた。



「とても素敵な女王さまね、エリナさん」



鏡越しに私に笑顔を見せてそういう義母に、

私は少し赤くなりつつ「ありがとうございます」と返した。

義母は満足そうにひとつうなずくと、カイサに目配せをした。

それを受けて、カイサは椅子に座っている私の横に膝をつき、手に持っていた宝石箱のふたを開けた。



「まあ、これは…?」



そこには古い金細工の、輪になって頭全体を囲むようにデザインされた髪飾りが、大切に収められていた。

頭のまわりをめぐる金鎖は二重になっており、薄い金の板で精巧につくられた小花のモチーフが随所に取りつけられている。

そして額の中心にあたる飾りの部分には、エレガントな金の台座に縁どられた大きな真紅の宝石がついていた。

義母はその髪飾りを丁重に箱から取り出して、私の眼前にかざしてみせた。



「エリナさん、これは代々の花の女王に受け継がれてきた髪飾りなの。

ほら、この額あての部分を見て。

ここについている赤い宝石は、ザヴィールアイと呼ばれているわ。

この鮮やかな赤い色が、黒竜王ザヴィールがその赤眼でこの地を見守ってくださっている(あかし)と言われているのよ。

ザヴィールウッドの花の女王のシンボルであり、花嫁の館に入ってノナ・ニムから祝福を受けた、フレイザー家の女主人だけがつけられるものよ」


「え? でも、お義母さま、私は花嫁の館には…」



義母の言葉を聞いてためらう私を、義母は間近でじっと見つめた。



「いいこと、エリナさん。

花嫁の館に入らなくても、あなたはノナ・ニムの祝福を受けて黒の森の魔女になったのだし、セドリックの母親でもあるわ。

自信をお持ちなさい。

さあ、私がつけてあげましょう。

頭を出して、エリナさん」



少し強引な義母の勢いに飲まれて、私はおそるおそる義母の前に頭を垂れた。

義母はベールの上から私の頭にそっとその飾りをつけてくれた。


周囲の侍女たちから歓声が上がる。

目の前の大きな鏡を見ると、金の額飾りをつけ、花の女王の衣装をまとった自分の姿が映っていた。

複雑にカットされた真紅の宝石が、光を反射してまばゆくきらめいた。



「びっくりするくらい、とてもよく似合っているわ、エリナさん」



まわりの侍女たちがいっせいにうなずく。

義母はその様子を横目で満足げに見やった。



「これでザヴィールアイの髪飾りはもうあなたのものよ。

これからは名実ともに、ザヴィールウッドを治めるフレイザー家の女主人はあなたですよ、エリナさん」



義母は私の後ろに立ち、座っている私の両肩に手を置いて、鏡越しの私にうれしそうに笑いかけた。



「おめでとうございます」



カイサやナタリーや他の侍女たちもみな、義母の宣言を聞いて頭を垂れ、声を合わせて祝福してくれた。



「さあ、これで支度は整ったわね。そろそろ行きましょう」



義母の号令を受けてナタリーが私の手を取り、椅子から立たせてくれた。

義母は私の先に立って衣装室を出ると、入口の扉の前で立ち止まり、私を振り返った。



「エリナさん、私とベニートは来賓のみなさまに応対しなければならないから一緒には行けないけれど、この領主館であなたとセドリックの到着を待っているわ。

領民たちはみな、あなたたちを見て歓喜するに違いないから、緊張せず楽しんでいらっしゃい」


「はい、お義母さま」



あたたかい義母の励ましに、私は淑女の礼をして答えた。

義母はそんな私に微笑むと、カイサとともに立ち去って行った。

その後姿を見送って、私は傍らのナタリーに声をかけた。



「セドリックはどうしたかしら?」


「はい、もうお支度はお済みになったようです。

パレードの一団が待機しているエントランス前まで先にいらしているという報告がありました。

エイレル家のヨシュアさまがご一緒されているそうです」


「まあ、ヨシュアがここに?」



私は軽く目をみはった。

ターラと同様、ナタリーは私や兄と幼なじみであるヨシュアのことをよく知っているので、さらりとその名を口に出す。



「はい、エリナさま。

ヨシュアさまは王国騎士団に入団なさって、今はウィロー砦の司令官になられているのですよね。

それで花祭りの間は、ザヴィールウッドに警備のために逗留されているのだとか。

今日は花の女王のパレードの護衛についてくださるのだそうですよ」


「そうなの。それは心強いわね」



私とナタリーはそんな会話をしながら、正面玄関に続く大階段を下りていった。

私に付き添って手を引いてくれているナタリーの他に、後ろに数人の侍女がついていて、階段の降り口の両脇にも侍女たちが控えていた。


みな段取りはすっかり頭に入っているようで、連携する動きにまるで迷いがない。

大階段を下りて玄関ホールを出ると、パレードに参加する大勢の人間がそこに集まっていた。

彼らは私の姿を見るとただちに道を開け、頭を下げたが、その中から遠慮のないすばしこい人影が飛び出してきた。



「母さま!」


「まあ、セディ」



飛びついてきた息子は、私を見上げて満面の笑みを見せた。

公爵家の後継者・小公爵としての礼装をしているし、その高貴な装いはとても似あっていたが、中身はそういう取り澄ましたところのない、いつもの天真爛漫なセドリックだった。

けれど私の顔を見た直後、セドリックは一瞬固まって驚いた顔になり、大きく目を見開いて感嘆したようにため息をついた。



「母さま…なんだかいつもと違って見える。

女神さまみたいだねえ…」



なんのてらいもなくそんな口説き文句のような台詞を口にする息子に、私は思わず笑ってしまった。

するとセドリックの後ろから、落ち着いたやわらかい男性の声がした。



「本当に女神さまのようだよ、エリー」



見ると栗色の長髪をゆるく束ねた青年将校が、微笑みながらこちらへ歩いてきていた。



「ヨシュア!」



思いがけない声が出た。

先日5年ぶりにウィロー砦で再会し、砦の音楽会の後でこの領主館まで私を送り届けてくれたヨシュアがそこにいた。



「おっと、失礼。

フレイザー公爵夫人とお呼びしなくてはいけないかな」



紫色の瞳におどけた色をにじませて、ヨシュアは私に向け騎士団員らしく敬礼をした。

そういえば彼は、今日のパレードで私の護衛についてくれるのだ。

私を見上げてセドリックが聞いた。



「アルマン伯父さまみたいに、エリーって呼んでいいんだよね、母さま。

だってヨシュアおじさまは、伯父さまとも母さまともずっと前からお友だちなんでしょう?」


「え? あなた、ヨシュアを知っているの、セディ?」



驚いて聞き返す私に、ヨシュアが答えた。



「いや、ついさっき会ったばかりだ。

今日のパレードでは僕が君の護衛につくと挨拶したんだよ。

でもそれから、なんだか話がはずんでね。

アル兄やエリーのことをいろいろ話していたんだ」


「うん! 楽しかったよ。もっともっと聞きたいくらい。

それに、ベニートおじいさまやイーディスおばあさまのことも、本当のお父さまお母さまみたいに思ってそう呼んでいるんでしょう? 

それなら僕のことだって小公爵じゃなくセドリックって呼んでって言ったんだ。

僕はあなたを、ヨシュアおじさまって呼んでもいい? って聞いたら、いいって言ってくれたよ」


「ああ」



ヨシュアは私の前に立っているセドリックを見下ろして微笑み、セドリックも笑顔を返している。



「まあ、母さまを待っていた短い時間で、ずいぶん仲良くなったのねえ」



意外な展開に驚いている私にヨシュアが言った。



「時間は関係ないさ。僕はこの子が好きになった」



まっすぐに私の目を見てそう告げたヨシュアの言葉に少しドキッとする。

そんな私をヨシュアは、紫色の目を少し細めてじっと見つめ、静かに言葉を重ねた。



「こんな息子がいたらいいと思うよ」



そうしてセドリックに視線を下ろし、ヨシュアは子どもの黒髪の頭を愛しげになでた。

セドリックは大人の男性の大きな手のひらの下で、どこか寄る辺のないような表情をしていた。



「さあ、僕は護衛騎士たちの所へ行かないと。

二人とも、パレードの時にまたな」



ヨシュアは私とセドリックに笑いかけて身をひるがえし、騎士団員の集合している方へ去っていった。



「…僕も、あんな人が父さまだったらいいのにな」



ヨシュアがなでてくれた頭に手を触れて、セドリックが小さくつぶやいた。









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