花祭りの女王・1
「母さま、ただいま!」
セドリックが元気よく私の部屋へ飛び込んできた。
「あのね、あのねっ! いろんなお店が出ていたよ、ね、ナタリー!」
はじけるように振り返ったセドリックの視線の先で、ナタリーは苦笑いした。
「坊ちゃまがあんまりはしゃいであちこち走っていかれるので、護衛のみなさんも私も大変でしたよ」
「だってだって、母さまに見せてあげたいものがたくさんあったんだもん!
お土産もいっぱい買ってきたんだよ、母さま!」
「まあ、そうなの。ありがとう、セディ」
私は興奮してしゃべり続ける息子を抱きしめ、微笑みかけた。
「お土産はパレードの後で見せてもらうわね。
母さまはこれから、花祭りのお支度をしなければならないから。
セディ、あなたも正装するのよ。
パレードの間お腹が空かないように、しっかり食べておいてね」
「大丈夫!
お祭りでいろんな美味しいもの食べてきたんだもん!
お腹いっぱいだよ!」
私に身をすり寄せてそう言い、セドリックは無邪気に笑った。
ザヴィールウッドの花祭りは三日間開催され、最終日の午後には花の女王のパレードが行われる。
初日にノナ・ニムの祝福を授かって丸一日眠りについていた私も、しっかりとした看護を受けたおかげで二日目の夜には完全に体調も回復していたので、今日のパレードには万全の態勢で臨めるようになっていた。
ただ一応大事をとって、私自身はフレイザー家の領主館からは出ないで安静にしていたのだが、セドリックは母である私の体調が戻ったのを見て安心したのか、最終日の花祭りに行きたがった。
そこで、ナタリーの他にもしっかりとした公爵家の護衛騎士たちがついて、セドリックは祭りでにぎわう領都の街中を見て回り、たった今帰って来たところなのだった。
この後、午後にセドリックと私は花祭りの女王と公子に扮して山車に乗り、ザヴィールウッドの大通りをパレードする予定になっている。
パレードを行うのは本来領主夫人の扮する花の女王だけなのだが、今年は慣例を破ってフレイザー公爵家の後継者となるセドリックも私とともに山車に乗る。
領主であるルドガーは不在だが、未来の領主である小公爵をこの機会に領民たちにお披露目するのだ。
異例の参加なので、セドリックには私の着る花の女王の衣装のような決まった衣装はないのだが、街歩きをしてきた軽装ではさすがに領民たちの前に出すわけにもいかない。
そのため、セドリックは私とは別室の領主館の衣裳部屋で、公爵家令息にふさわしい品位のある服装を整えてもらうことになっていた。
領主館の侍女たちに連れられていくセドリックを見送って、私は部屋に残ってくれているナタリーに声をかけた。
「ナタリー、朝からあの子について歩いて疲れているでしょうけれど、私の支度もよろしくお願いするわね」
「もちろんです、エリナさま。ターラさんからもしっかり頼まれていますから」
音楽会を催している兄アルマンについていっているターラは、私の支度を手伝えないことを残念がっていた。
だがもともと彼女の主人は兄なのだし、音楽卿による花祭りの音楽会はここ二日間とも大盛況で評価も高かったのだから、今日の千秋楽も何としても成功させてほしかった。
それで私はターラに、兄アルマンの楽団の裏方でのサポートを優先させてほしいと頼んだのだった。
音楽会が終わると同時に、黒の森の大精霊ノナ・ニムへの感謝をささげるパレードが始まる。
兄やターラとは、花祭りの掉尾を飾るその花の女王のパレードが終わった後、フレイザー家の領主館で顔を合わせることになる。
義父ベニートと義母イーディスは、花祭りの領都を訪れている来賓への対応に忙しいようで、今日は私と顔を合わせていなかった。
だがお二人からは前もって、何も心配はいらないと言われていた。
私はザヴィールウッドの花祭りに参加するのは初めてだが、領主館の使用人たちは花祭り恒例のパレードについては慣れており、段取りや手順などはすべて把握しているのだそうだ。
私はそんな頼もしい領主館の侍女たちと一緒に、パレード向けの身支度をするべく、私のために用意されている衣装室に赴いた。
先日義母が購入してくれた私のための数着のドレスがかけてある大きなクローゼットを通り過ぎて、花祭りで花の女王が着用する伝統的な衣装一式がそろえてあるドレッサーの前に立つ。
代々の領主夫人が身にまとってきた由緒ある衣装には少し気後れするが、ドレス自体は、義母イーディスが洋装店のオーナーとあれほど真剣に協議してくれていただけあって、私の容姿をそこはかとなく引き立ててくれるよう手をくわえられている。
シンプルながら広く開いた丸首の襟もとは精緻なレースでおおわれており、肌を人目にさらさない慎み深いデザインになっていた。
長い袖口はゆったりと円錐状に広がって、内側に縫い付けられた襟元と同じ模様のレースが手元を覆い隠してくれている。
ドレスの随所に施された花モチーフの装飾も、ベールのところどころできらめく真珠の輝きも、過不足なく全体的に調和していた。
そんな完璧な女王の衣装をまとった私のところに、髪結い専門の侍女がやってきてお伺いをたてた。
「若奥さま、御髪はどうしましょう?
風で乱れないようにまとめますか、それとも下ろしたままで?」
「そうね…髪が乱れたら山車の上では直せないし、セドリックのことも見ていてやらなければならないから、まとめておいてちょうだい」
「かしこまりました」
私のくせのないまっすぐな髪は、香りのよい香油を塗られてから、髪結いの侍女たちによって白い小花とともにきれいに編み込まれた。
その編み込みの上から薄い紗のベールがつけられると、部屋中にため息が洩れた。
「ああ…なんてお美しい女王さまなんでしょう」
「ルドガーさまは本当に良い奥方を娶られましたわねえ」
「奥方さまが領民の前にお姿をお見せになるのは今日が初めてですから、みんなとっても楽しみにしているのですよ」
ナタリー以外の侍女たちは、老いも若きもみな、ここザヴィールウッドの出身らしかった。
彼女たちの言葉やしぐさの端々には、故郷とその領主一族への誇りと愛着がにじみ出ていた。
私はずっと王都で暮らしていて、王都を出て領地へ移ってきてからも、冬の間雪が深かったせいもあって、今まで黒の森の館にずっとこもっていた。
あの館で暮らす使用人たちは森の民がほとんどなので、ザヴィールウッドという人間の都市にそこまで愛着を持つ者はいない。
それだけに、ふつうの人間である領主館の侍女たちの反応は私にとって新鮮だった。
そんなところへ、
「若奥さま、大奥さまがおいでになりました」
戸口に控えた侍女がそう告げてきた。
私はすぐに「お通ししてちょうだい」と答えた。




