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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
子連れ魔女誕生

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小さな騎士【外伝・義母イーディス視点】・4

少し残酷または性的な表現があります。ご注意ください。

寝室へ戻り夫婦二人になると、ベニートは大きくため息をついた。



「あいつは…ルドガーは、なぜあんな話の通じないやつになってしまったんだろうなあ…」



私はベッドで、隣にいる夫の腕にやさしく手をかけて励ました。



「ベニート、良い方に考えましょう。

ルドガーは今まで一度も私たちに会いに来ようともしなかったのに、初めてこの領主館へ顔を見せたのよ」


「だが、相変わらず常識をわきまえん自分勝手な主張ばかりだ。

貴族とは思えんようなことばかり言いおって。

あいつはいっそ、貴族籍を離れて平民になった方が生きやすいのかもしれんな」



私は夫のその言葉に、思わず強く反論した。



「やめて、ベニート。

あの子を平民にするなんて。

そもそもルドガーは当主なのだから、いくら父親とはいえあなたが除籍することなどできないのよ。

百歩譲ってあの子を除籍したとして、その後はどうなるの? 

ルドガーが平民になったら、エリナさんは平民の妻、セドリックは平民の息子よ。

エリナさんはまだいいわ、離縁すれば伯爵令嬢に戻れるもの。

でもセドリックは? 

平民になったルドガーの息子では、公爵家を継ぐことなどできないでしょう。

それに平民になったら、ルドガーは騎士団長ではいられないわ。

騎士団にもいづらくなっていずれ退団することになるでしょうね。

あなたは、長年剣術を磨いてきたあの子から剣を振るう機会を奪うことになるのよ、ベン。それでもいいの?


もっと恐ろしいこともあるわ。

ルドガーは英雄として名声を上げたけれど、だからこそあの子を妬む貴族はたくさんいる。

もしも除籍されて平民に堕とされたりしたら、あの子は何かしら理由をつけて、貴族の誰かになぶり殺されてしまうでしょう。

平民が貴族に殺されても、殺した貴族は多少非難される程度で、実質処罰されたりすることはない。

私たちはルドガーの仇を取ることさえできず、泣き寝入りするしかなくなるわ」



私の訴えを聞いてベニートは目を怒らせた。



「まさか、泣き寝入りなどするものか。

儂らの息子を手にかけた奴は、誰であろうと必ず報いを受けさせてやるさ。

それに復讐するのは儂らだけじゃないだろう。

もしルドガーが殺されたら、エイレルの笛が鳴り響かずにはいるまい」


「ヨシュアが? ええ、そうだわね」



ルドガーを兄と慕うヨシュア・エイレルは、フィンバースの二大音楽家門の1つであるエイレル家の出身だ。

弔い歌を真骨頂とするエイレル家には、代々伝わる秘伝の笛の曲があって、敵を葬り去るときにその笛の音が響き渡るという。

秘曲を継承できるのは、数多いエイレル家の一門の中でも選び抜かれた者だけだと言われている。



「ヨシュアはエイレル家門の秘曲を継承したのかしら?」



私がふと疑問を口にすると、夫は答えた。



「たぶんな。

家門内部の詳しい事情は部外者にはわからんが、今のエイレル家ではあいつが飛びぬけた実力者らしい。

エイレル本家長男のオリバーは、政治力はあるが音楽の才は今一つだと言われている。

エイレルの笛を継承できるとしたら、次男ではあるがヨシュアの方だろう」


「でもベニート、ヨシュアに復讐してもらったところで、殺されてしまったルドガーが生き返るわけではないでしょう。

騎士団長として名誉ある戦死を遂げるのならともかく、平民に堕とされたあげくなぶり殺しにされるなんて、私はとても耐えられないわ。

この数年、あの子と会えなかっただけでもつらいのに、あの子が殺されてもう2度と会えなくなるなんてどれほどつらいことか、想像してみてちょうだい。

ベン、お願いよ、私から2度も息子を奪わないで」



夫に切々と訴えるうちに、私はだんだんと感情がたかぶってきた。



「もっと早く、きちんとした家のご令嬢と結婚させてあげればよかった。

悔やんでも悔やみきれないわ。

あなたは息子に、愛は一人の女性に捧げるものだと教えてきたわよね、ベニート。

ネリーと出会った時、ルドガーはまだ清い体だったはずよ。

あの娘はそうではなかったのにね。

でもルドガーは父親の教えを忠実に守って、初めて知った女性であるネリーを唯一の女性と決めたのでしょう」


「そうだなあ…」



夫はならんですわったベッドの上でため息をついた。



「せめて相手がもう少しまともな娘だったらよかったんだがなあ。

平民以下の貧民で、しかも売春婦だとは。

公爵家の女主人だなどと、誰からも認められるわけがない。

ルドガーは黒の森で育ったせいか、人間社会の序列に囚われないところがある。

それがあいつの長所でもあるが、こんな形で裏目に出てしまうとはなあ…。

だがさいわい、エリナが嫁いできてくれて、セドリックを産んでくれた。

ネリーの子どもをフレイザー家の跡取りにせずにすんだのだ。

よかったじゃないか、イーダ」



なだめるように語りかけてくるベニートを、私は少し恨みがましく上目づかいで見た。



「私だってセドリックは可愛いわ。

でもセドリックがいるからって、ルドガーはもう用なしだとでも言うの? 

私の息子は、公爵家の跡取りをつくるための種馬じゃない。

あの子にだって、愛する女性と幸せになる権利はあるはずよ」


「それは、そうだな。

誰にだって、幸せになる権利はある」



ベニートは不満をぶつける私から目をそらし、宙を見つめて静かにこう言った。



「だがな、イーダ。

儂らのような高位貴族には、自分が幸せになる権利だけでなく、統治者として果たすべき責任もあるのだよ。

領民を苦しめる結果をもたらすような結婚を、領主はしてはならないのだ」



私は唇をかんだ。

その言葉が、何十年もフレイザー公爵家を守って来たベニートの、人生そのものであることを知っていたからだ。

だがそれでも私は、夫に食い下がらずにはいられなかった。



「それは、わかっているわ。

でも……でも、ベン、お願いだからあの子を、ルドガーを見捨てないで。

もっとあの子と話をしてあげて。

昔からルドガーは素直で、私たちの言うことをよく聞く子だったじゃないの」


「イーディス」



夫は私から少し身を離して向きなおった。



「ルドガーはもう一人前の大人なのだ。

親の言いなりになどならないさ。

現に儂があれほど、ネリーと別れるようにと説得しても、あいつは頑として聞き入れなかったじゃないか」


「それは、そうだけど…でもエリナさんが嫁いでくるまでは、ルドガーは公爵邸にいてくれたじゃない。

毎日でなくても、少しだけでも公爵邸にいてくれるようになったら、エリナさんやセドリックとの間に家族としての情愛もはぐくまれるのではないかしら」


「だけどな、イーディス。

そんなことをして仮にエリナとの間に二人目の子どもができたとしても、生まれたその子が幸せになれるとは儂には思えないよ。

あいつは子どもをネリーと育てるつもりなのだからな。

実の母から引き離されるだけでもその子は不憫だし、ネリーは貴族の子どもの育て方などわからないから、その子をどう扱っていいか持て余すだろう。

養い親が貴族教育を施せないからという理由で、実母や儂らと面会もままならない平民として育てるのか? 

セドリックにとっては、そんな兄弟がおっても何の力にもならんどころかかえってあの子の足かせになりかねんぞ。

親の教育方針が定まらないせいでしっかりとした教育が受けられないようでは、生まれた子だって苦労するだろう。


大体、ルドガーに子育てなどできるのか? 

魂を半分失っていて、自分の感情すら把握できないというのに。

あいつとネリーが公爵家の子どもを育てるなんて、実母のエリナだけでなく、まわり中に迷惑をまき散らす結果になることは目に見えているじゃないか。

そんなことになるくらいなら、ルドガーにはネリーと二人の家にこもっておとなしくしていてもらう方がよほどいい。

それが、周囲のすべての者にとって最良の方法だと思わないか」



ベニートの言うことはまさに正論だった。

だがその正しさがかえって気に障り、私は夫に反論した。



「ベニート、あの子を厄介者みたいに言わないでちょうだい。

ルドガーは、自分の手で自分の子どもを育てたいと言っているだけだわ。

何も悪いことじゃないでしょう」


「悪くはないが、だったらまずはセドリックを育ててやるべきだろう。

可哀想に、あの子は父親の記憶をまるで持たないでいるんだぞ」


「ええ、そうね……でも……どうしたらいいのかしら…」



思考が袋小路に入り、深く考え込んでしまった私を、夫は抱き寄せた。



「イーダ、今ここで儂らが決められることは何もないよ。

すべてはエリナがノナ・ニムの所から無事に帰ってきてからだ。

どんな成果を得られるかも今はまだまったくわからんじゃないか。

だがエリナが帰ってきたら、いろいろな状況が変わっているだろう。

それを踏まえた上で、ルドガーと離縁するか、ネリーのことを承知であいつを受け入れ夫婦としてやっていくか、決定権はエリナにあるのだよ」



その言葉に私はハッと我に返った。確かに夫の言うとおりだ。



「さあ、明日は花祭りだ、もう寝よう。おやすみ、イーダ」


「ええ、おやすみなさい、ベン」



私はベッド脇の燭台の火を消すと、夫の隣に体を横たえて、そっと目を閉じた。








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