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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
子連れ魔女誕生

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小さな騎士【外伝・義母イーディス視点】・2

少し残酷または性的な表現があります。ご注意ください。

「ルドガー、エリナさんのことについて、あなたに少し話があります」



私が声をかけると、ルドガーはこちらを振り向いた。



「なんですか、母上。あの女について俺に話とは?」


「確認しておきたいの。

あなたは本当に、エリナさんの手足をもいででも彼女に子どもを産ませたいと思っているの?」



先刻、ザジとの間で交わされたそんなやり取りが、エリナさんの不信を招くことになったのだ。

そのことをルドガー自身がどう感じているのか、私は息子の気持ちを確かめたかった。

ルドガーは、大きな表情の変化はなかったものの、やや眉根を寄せて低く返答した。



「母上、ザジのたわごとを本気にしておられるのですか。

俺がそんなことをするわけがないでしょう」


「ルドガー、私だって今まではそう思っていたわ。

私だけではなく、ベニートだってそうでしょう。

でも今夜あなたがエリナさんに突きつけた要求を聞いて、疑念が生まれたの。

あなたはネリーのためならエリナさんがどうなってもいいと思っている、そんな風に見えたから。

私がそう感じるくらいですもの、エリナさんは余計に、あなたを信じられなかったでしょうね」



ルドガーは沈黙して足元に視線を落とした。

私は息子に歩み寄り、剣だこのできた硬い手を取った。



「エリナさんについての話があると言ったわね。

でもその前に伝えておきたいの。

ルドガー、あなたは私たち夫婦の、たった一人の大事な息子よ。

あなたには幸せになってほしいと、母は心から願っています」



ルドガーの表情がわずかに揺らぐ。

私の後方にいたベニートは少しぎょっとした顔で私を見る。

私はちらりと夫を振り返ってから息子に視線を戻し、先を続けた。



「あなたにエリナさんを害するつもりはないとわかって安心したわ。

本題に入りましょう。

ルドガー、ネリーと一緒になることがあなたの幸せだというのなら、そうしなさい」


「イーディス!」



ベニートの抗議の声がしたが、聞き流した。

目の前のルドガーから視線をそらしたくなかった。



「母上……それができないから、あの女を迎えたのではないですか」



私に応じたルドガーの口調には困惑が含まれている。

私は傍らの夫を尻目に、息子に答えた。



「ザヴィールの盟約を受け継ぐフレイザー家の後継者は、セドリックよ。

それさえ揺るがなければいいことにしましょう。

ルドガー、あなたは自分の望むとおり、愛する女性と結婚していいわ。

ネリーのことを、子爵か男爵あたりの貴族の養女にすれば、あなたとも結婚できるようになる。

フレイザー家の傘下にある家門の中でいくつか心当たりがあるから、話を通してあげます。

これであなたの真実の愛は成就できるでしょう。

今まであなたたちの結婚に反対していて悪かったわね」


「待ちなさい、イーダ…!」



たまりかねて口を出してこようとするベニートを私は目で制す。

そんな私たちを前にして、ルドガーはいつもの強面(こわもて)とは違った表情を見せた。


「母上、それは…それではあの女はどうなるのですか」



エリナさんのことだ。

私は突き放した口調にならないよう気をつけながら息子に告げた。



「話というのはそのことよ、ルドガー。

ネリーを妻にするにはエリナさんと離縁しなければならない。

あなたの念願はかなうのだから、もうこれ以上、あなたとネリーとの仲を引き裂く邪魔者としてエリナさんを憎むのはおやめなさい」



私が握っているルドガーの手が、ピクリと痙攣した。

息子の狼狽が文字通り、手に取るようにわかる。



「身分が違うからといって、あなたとネリーの結婚に反対していたのは私とベニートだわ。

それにフレイザー家の家格に釣り合う花嫁を選んで、あなたとの婚姻をリズリー家に申し入れたのも私たち。

エリナさんはこちらの申し入れを承諾してくれただけで、何の落ち度もないのよ。

彼女は我が家に嫁いで、本当に命がけであなたの息子であるセドリックを産んでくれた。

夫のあなたに無視され続けているのに、文句も言わずに女手一つであの子を、愛情いっぱいに育ててくれているでしょう。

私たちはエリナさんに感謝しなければならないわ。

だからたとえあなたと離縁することになっても、エリナさんには社会的にも経済的にも何の不利益もないように取り計らわなければなりません。

それはわがフレイザー公爵家としての最低限の義務だと心得なさい、ルドガー。

エリナさんはセドリックと引き離されることを何より恐れているけれど、安心していいと保証してあげなさい。

離縁した後も、彼女が望むだけセドリックのそばにいさせてあげるのですよ。

母親が幼い子どものそばにいたいと思うのは当然のことですからね。

もしあなたがエリナさんのそんなささやかな願いさえかなえてあげないつもりなら、私がエリナさんを助けます。

いいわね、ルドガー」



ルドガーは目を見開き、私に向かって問いかけた。



「助けるとは、どのように? 

あの女の言うとおりに、あれを息子の家庭教師にするおつもりなのですか」


「それも一つの手ではあるけれど、少し不安だわ。

家庭教師は主人や女主人の裁量一つで簡単に首にできますからね。

あなたとネリーがエリナさんを大切にしてくれるかどうかわからないもの。

私はいっそのこと、エリナさんをベニートと私の養女にしたらいいと思うの。

それならエリナさんは、あなたの妹であり、セドリックの叔母という立場になる。

まぎれもないフレイザー家の一員として、これからもセドリックのそばにいられるでしょう」



突然の私の提案を耳にして、傍にいたルドガーもベニートも驚愕したようだった。

私自身もほんの思いつきで口に出したことだったが、なんだかとても素晴らしい解決策を見つけたような気がして、先を続けた。



「エリナさんの意向もきいてみないといけませんけれどね。

セドリックが成長して母親の手を離れたら、頃合いを見てエリナさんにも伴侶を見つけて、我が家から送り出してあげましょう。

音楽卿(ロード・ムジカ)の妹であり、リズリー伯爵家の出身で、さらには我がフレイザー公爵家の令嬢になるわけだし、あれだけ美しいとびきりの淑女ですもの、それはもう引く手あまたのはずよ。

すでに跡継ぎのいる貴族の家に後妻として入るなら、再婚だろうと魔力がなかろうと問題ありませんからね。

今までつらい思いをさせてきた罪滅ぼしに、誰もが認める素晴らしいお相手を見つけてあげるわ。

セドリックは次期フレイザー公爵としてこの家に残らなければならないから、エリナさんが再婚したら別れて暮らすことになるけれど、その頃はあの子も大きくなって、聞き分けもよくなっているだろうし。

ねえ、どうかしら、ベン?」



私は息子から夫ベニートに視線を移して首をかしげてみせた。

ベニートはあごに手を当てて、



「ふむ…悪くない考えだと思うよ、イーダ」



とつぶやいたが、ルドガーは激しく反発した。



「お二人とも、気でも触れたのですか!? 

あの女が俺の妹になるなどと! 

そんなバカげたことを俺が承認するとでも!?」



私は息子のその剣幕に驚いた。

あのルドガーがこれほど動揺するなんて。

まだほんの小さな子どもの頃から、まわりの大人がびっくりするほどに、どんな危機的状況でも冷静に対処する子だった。

感情を失ったことが、時には功を奏すこともあったのだ。

だからこそ10代で英雄とうたわれるほどの功績をあげてこられたのだろう。

そういうルドガーがこんな風に取り乱す姿は、やはりふつうではなかった。



「ルドガー、落ち着きなさい」


「俺は落ち着いています、母上こそ」


「黙らんか、ルドガー!」



ベニートが大声でたしなめると、ルドガーは父へ視線を移し何か反論しかけたが、そのまま言葉を呑んで押し黙った。

ベニートはそんな息子に厳しく問うた。



「ルドガー、母の提案を受け入れないのなら、お前はエリナの処遇をどうするつもりなのだ?

ネリーを正妻とするわけでもなく、エリナに子どもを産ませてその子を取り上げ、お前は愛人と二人でその子どもを育てるという。

お前はエリナのことを、正真正銘子どもを産む道具としか思っておらんのか? 

お前のしようとしていることは、まるで鬼畜の所業だぞ。

ネリーもそれを認めているのか?」



吐き捨てるような夫の口調に、私はつい抗議せずにいられなくて口をはさんだ。



「ベニート、言葉が過ぎます。

貴族の夫人が、産んだ子どもを自分で育てず他人に預けるなんて、よくあることじゃありませんか。

エリナさんが乳母も雇わず、セドリックを自分の手で育ててきたことの方が、貴族社会では珍しいことだわ」


「イーディス、賢明な君の言葉とも思えんな」



ベニートは珍しく、きついまなざしで妻の私を見据えた。



「愛人が産んだ子を正妻に預けるというならまだ話はわかる。

だが正妻が産んだ子を、なぜ愛人に預けなければならんのだ? 

しかも伯爵令嬢のエリナが産んだ子を、貧民のネリーにだぞ?」


「それは……」



これ以上ない正論を突きつけられて、私は夫に返す言葉もなく、黙るしかなかった。

ベニートはうつむいた私から視線を外し、息子に向きなおった。



「ルドガー、妻をそんな風に扱うくらいなら、どうして結婚などしたんだ。

確かに儂らはお前に貴族令嬢を娶れと言った。

貧民の娼婦を公爵夫人に迎え入れることはできんとな。

だがネリー以外と結婚するのがそれほどいやなら、あくまで拒否すればよかったじゃないか。

お前が結婚したのは19歳のときだった。

まだまだ結婚などする気はないと言っていれば十分通る年齢だっただろう。

それなのにお前は、儂らがお膳立てしたエリナとの結婚に、何の異議も唱えなかった。

だから儂らは、子どもを産む道具として嫁いでこいなどという暴言は、若気の至りに過ぎないと思っていたのだよ。

夫婦として暮らしていくうちに、それもいつか笑い話になるだろうとたかをくくっていたのだ。

だがお前はエリナに、妻として正当な扱いを何一つしてこなかった。

生まれた息子に会おうともしなかった。

だったらなぜエリナと結婚したんだ? 

お前は結婚して、妻とどう関わっていくつもりだったんだ?」



夫の苦渋に満ちた顔を目にして、私はふと、以前エリナさんと交わした会話を思い出した。



「そういえば…」



口を開いた私を夫と息子が凝視した。









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