取り替え子・4
少し残酷または性的な表現があります。ご注意ください。
「実を言うとね、エリナさん。ドロテアさまはね…」
義母は人払いをしているにもかかわらず声をひそめた。
「ドロテアさまは休戦協定の後、ゴダード陛下に、ルドガーを竜女王であるご自分の王配としてカルセミアに迎えたいと申し出ておられたらしいの。
それを陛下が、ルドガーはフィンバースの王国騎士団長になるからといってお断りになったのですって。
そして働き盛りのベニートを解任して、成人したばかりの16歳のルドガーを騎士団長に任命なさったわ。
私は陛下のなさりようがあまりにも一方的で、とうてい納得がいかなかった。
確かにルドガーは優れた騎士だわ。
でも入団して4年足らずでいきなり王国騎士団長に任命されるなんて、まわりから反感を買わないわけがない。
しかもゴダード陛下は、あの子の父親であるベニートを、息子の采配に影響を及ぼすからという理由で強引に騎士団から引退させたの。
騎士団内部で人望が厚かったベニートがついていてやれたら、ルドガーも周囲とむやみに衝突しないで済んだでしょうに。
どうして陛下は、そんな乱暴な人事をなさったのかしら。
王族に対して不敬であることは承知しているけれど、あなただから打ち明けるわ、エリナさん。
ベニートやルドガーは、王家に忠誠を尽くすことにまるで疑いを持たずにいるけれど、私は王家よりこのフレイザー家が大事なの。
ゴダード陛下のことを私はどうしても信用しきれない。
何かにつけてルドガーをお気に入りだとおっしゃるけれど、本当にそうかしら?
だったらまだ少年のあの子から父親を引き離すような真似はなさらなかったはずでしょう」
「お義母さま…」
義母の発言の危うさに私は息を呑んだ。
それでも、私も義母の疑念を頭から否定する気にはなれなかった。
「ルドガーに忠実なヨシュアを、王都から離れたウィロー砦の司令官として任命したのも唐突だった。
それに今回、ルドガーに単独でザヴィールウッドへの視察をお命じになったことも、思えばひどく不自然でしょう。
ゴダード陛下は花祭りにルドガーを派遣し、あの子に黙ってネリーをもここへ向かわせた。
あわよくばネリーを花の女王に仕立てて、公爵領の領民たちに、ネリーを領主の妻として認識させようとなさったのだわ」
「ゴダード陛下が、まさか…」
息を呑んだ私に首を振り、義母は続けた。
「いいえ、エリナさん。
これは私の被害妄想とばかりは言い切れないの。
先日ウィロー砦からザヴィールウッドへ入ったヨシュアにも、気になる情報を聞いたのよ。
ネリーはザヴィールウッドへ一人でやって来たわけじゃないそうよ。
ネリーが王都から乗ってきた馬車には、フレイザー公爵家のメイドではなく、王都の修道院のシスターが同乗していたのですって。
なんでもネリーは、ふだんからその修道院に出入りしていて、ラリサとかいうそのシスターともずいぶん親しくしているようね。
そしてそのシスターラリサは、花祭りの女王を思わせる衣装を持参して、それを騎士団に預けたというのよ。
まるで、ネリーがその衣装をまとうことが決定しているかのようにね。
それから、ネリーを王都から護衛してきた騎士たちはもともと近衛で、ゴダード陛下直属の部下だったんだそうよ。
そのせいか、騎士団長の正妻でもない愛人の護衛の分際で、ザヴィールウッドの騎士たちにひどく高圧的な態度を取っているらしいわ。
ネリー一行の王都からの旅費やここでの滞在費も、当たり前のように騎士団に支払うよう要求してきたのですって。
それも、道中ずいぶん豪遊してきたらしいわよ。
それから、騎士団の詰所でヨシュアがネリーを出迎えた時、『ネリー嬢』と呼びかけたら、護衛騎士たちに、このご婦人を庶民のような名で気安く呼ぶなと怒鳴りつけられたのですって。
騎士団長の真実の愛の相手であるネルラ夫人に敬意を払えとね。
仮にもウィロー砦の最高司令官であるヨシュアに向かって、ネリーの護衛騎士ごときがよくそんな口をきけたものだわ。
それをルドガーが許していると思われてはたまったものではないけれど、状況はそういう流れになっているのでしょう。
ルドガーはネリーがザヴィールウッドへ来ることを知らなかったと言っていたし、それは本当だと思うわ。
だけど、周囲からはそう見えないというのも本当なのよ。
あの子の家族である私たちさえそう誤解していたように、周囲の人間はみんな、騎士団長が愛人を花祭りに同伴したのだと思い込んでいるわ。
それにネリーの護衛騎士たちの無礼もとがめないと不満に思っている。
護衛騎士たちの態度が悪いせいで、ネリー本人もまた騎士団のまともな騎士たちからは反感を買うでしょうね。
その反感の矛先が向かうのは、他ならぬルドガーなのよ。
ゴダード陛下は、ルドガーに対して親切めかしたことをおっしゃっているけれど、本当はザヴィールウッドの領民や王国騎士団の騎士たちを、ルドガーから離反させようとなさっているのではないかしら。
陛下はフレイザー公爵家の権威を失墜させようとしているのではないかと、私は疑っているのよ。
けれどすべて状況証拠による推測にすぎないし、もちろん国王陛下を糾弾するわけにはいかないから、口には出しませんけれどね。
ただエリナさん、あなたには気をつけていてほしいのよ。
フレイザー家の当主が、正妻と愛人の序列すらはっきりさせられないようでは、セドリックの後継者としての地位も不安定になって、領内に紛争の種をまくことになるわ。
そこを王家に付け入られて、公爵家が外から牛耳られるようになってはならない。
真実の愛などというのも、うさん臭いと私は思っているの。
だって取り替え子にあったルドガーは、自分の心すらわからないのよ。
男女の仲は理屈の通らない部分もあるから何とも言えないけれど、ルドガーを間違った方向へわざと誘導するような人間が近くにいるのではないかしら。
それが誰かはわからないけれど、注意してちょうだい、エリナさん。
フレイザー家を守ることはセドリックを守ることでもあるのよ。
現当主のルドガーが失脚することは、セドリックの未来を奪うことだわ。
そうならないためにも、ルドガーが道を誤らないようあなたに支えてやってほしいの」
真剣な顔で訴える義母に、私は口をつぐんだ。
ルドガーを支える? 私が?
私が何を言っても彼は聞く耳を持たないだろうに。
そうは思うものの、今まで知らなかったいろいろな事情を義母の口から聞かされて、私の中でも気持ちに変化が生じているのは確かだった。




