取り替え子・3
少し残酷または性的な表現があります。ご注意ください。
義母は遠い目をして、ルドガーが騎士団に入団した当時を振り返った。
「あの頃はもう毎日、公爵家にご令嬢の釣書が届いて大変だったわ。
国内だけではなく、外国のご令嬢たちまでこぞってルドガーとの婚約を申し込んできたものよ。
貴族の結婚は大なり小なり政略的なものだから、私は早いうちからあの子に婚約者を決めてあげようと思っていたの。
私とベニートは5歳のころから婚約していたし、フレイザーの男は、これと決めた女性一筋に尽くすところがありますからね。
でもルドガーはあんなことになってしまって…。
あの子が魂を半分失っているのを知っている私たち夫婦からすれば、たとえ婚約者を決めたとしても、あの子がその婚約者とうまく関係を築いていけるとは思えなかった。
だからあの子がもう少し大人になって、自分の意志で婚約者を決められるようになるまで待つことにしたのよ。
でもあの時多少強引にでも、きちんとした貴族のご令嬢を婚約者にしておけばよかったと後悔する気持ちもあるのよ。
そうすれば、律儀なあの子は、婚約者を差し置いて貧民の娼婦と関わろうとなどしなかったでしょうからね。
それになにしろよりどりみどりだったのだから。
カルセミアの王女さまとも縁談があったほどですもの」
カルセミア竜聖国はドラゴン信仰の国だ。
外国の、しかも王族でもない公爵家の子息でも、ザヴィール黒竜王につながるといわれる黒髪赤眼の青年になら、王女を嫁がせようとするかもしれない。
そうなると、今のフィンバース国王ゴダード陛下の正妃はカルセミア出身のヤスミン王妃だから、フレイザー家は婚姻を通じて王家ともつながることになる。
「もっともその縁談は、珍しくルドガーがはっきりと拒否をしたので立ち消えになりましたけれどね。
その後カルセミアとの戦争が始まったから、それでよかったのよ」
「そのカルセミアの王女さまは、今はどちらに嫁いでおられるのですか?」
何気なくたずねたところ、義母から思わぬ返答が返ってきた。
「嫁ぐのではなく、婿を取られているわ。それも何人も」
「えっ?」
私が言葉の意味をはかりかねていると、義母は言った。
「王女さまは女王さまになられたの。
カルセミアの竜女王ドロテアさまには、たくさんの王配がいるでしょう?」
義母は、ルドガーと隣国カルセミアの竜女王との関係について話してくれた。
「ドロテアさまはそれはもう熱心にルドガーとの婚姻を望んでおられて、王位継承権を放棄してフレイザー家に嫁いでもいいとまでおっしゃっていたのよ。
でもルドガーは、ドロテアさまに嫌悪感を持っていたわ。
他人に対して無関心なあの子にしてはとても珍しいことよ」
「嫌悪感? なぜですか?」
私の問いに義母は少し眉をひそめながら答えた。
「あの子が騎士団に入団したばかりのとき、カルセミアからの来賓としてドロテアさまがいらして、その警護にあたっていたそうなの。
そこで何か思うところがあったのでしょう。
何より、ドロテアさまはルドガー自身を見ておられなかった。
あの子を種馬扱いしていらっしゃったのね。
あの方が欲しかったのはルドガー個人ではなく、黒竜王の血筋だったのよ」
どういうことだろう? と渦巻く疑問が私の顔に出ていたのだろう、義母は苦笑しながら説明してくれた。
「エリナさん、ルドガーはノナ・ニムのもとで、その愛し子として4年の月日を過ごした。
取り替え子の事情は伏せてあるけれど、ノナ・ニムに育てられたことは世間に隠しきれていないの。
あの子が精霊たちと密接な関係にあることは、一部の者たちにはよく知られている。
だから竜信仰のカルセミアの貴族たちの中には、ルドガーについての信仰とも迷信ともつかない噂が広まっていたの。
黒髪赤眼のノナ・ニムの愛し子の初精には呪術的な魔力が満ちていて、その精を清らかな処女に注げば、その処女の胎にはフィンバースとカルセミアを統一するべく、ザヴィール黒竜王の生まれ変わりである竜帝が宿るというのよ」
驚いて目を見ひらいた私を前にして、義母はさらに続けた。
「ルドガーはそんな噂に踊らされて自分の精を求める女性たちに心底うんざりしていたわ。
だってそうでしょう、まだ12かそこらの少年に、大人の女性が寄ってたかって色目を使ってくるのだもの。
もともと潔癖なあの子は、女性そのものに嫌気がさしていたのね。
そうこうするうちに、カルセミアと戦争が始まって、あの子は戦地へ赴いたわ。
戦争が終わって戻ってきたとき、私とベニートはあの子をねぎらう気持ちもあって、自由にさせていたけれど、それが仇になった」
義母は感情がたかぶったのか、ふいにベッドの端を拳でたたいた。
「ネリーと関係を持った時、ルドガーは18歳。
まだ清い身体だったはずよ。
ベニートの教えどおり、生涯ただ一人の女性を愛しぬくつもりでいたのだから。
でもその相手がよりによって貧民の娼婦だとは…。
ネリーは、高位貴族の誇りをもって生きてきた私やベニートとは、本来であれば決して交わらない、何の接点も持たないはずの卑しい娘だった」
義母の絶望は想像に難くなかった。
そこから先は私もよく知るところだ。
ルドガーはネリーを真実の愛の相手と公言し、私という名ばかりの妻との間に公爵家の後継者である息子セドリックをなしたが、妻や子とは一切関わろうとせず、ひたすらネリーを寵愛し続けた。
「フィンバースの黒竜であり、ノナ・ニムの愛し子でもあるルドガーの初精は、貧民の娼婦に注がれたのよ。
清純な乙女と黒竜の間に竜帝が誕生するという伝説は崩れ去った。
カルセミアの方では半狂乱になる者もいたらしいわ。
ドロテアさまも怒り狂っておられたとか。
かわいさ余って憎さ百倍、というところかしらね。
でもドロテアさまは、当時すでに女王になられて、お気に入りの殿方を何人も王配としてお召しになっておられたのだから、ご自身だって処女ではないのでしょうに」
義母はうんざりした口調でそんな風にぼやいた。
カルセミア竜聖国の国王は、ザヴィール黒竜王の末裔と言われ、竜王または竜女王と呼ばれる。
現女王であるドロテア竜女王は、フィンバースとの戦を起こした前王の妹で、ヤスミン王妃の姪にあたる。
ドロテアさまは実兄である前王を倒すクーデターを起こして王座につき、戦争を終わらせた。
カルセミアの国内で何があったのかはよくわからないが、大きな国境線の変更などもなく休戦協定が結ばれたことは、フィンバースにとって喜ばしいことだった。
カルセミアにはフィンバースにはない竜騎士団があって、少数精鋭で数は少ないとはいえ、その戦力と破壊力はあなどれない。戦が長引けばフィンバースが苦戦することは明らかだったのだ。
「実を言うとね、エリナさん。ドロテアさまはね…」
義母は人払いをしているにもかかわらず声をひそめた。




