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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
子連れ魔女誕生

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取り替え子・1

少し残酷な表現があります。ご注意ください。

義母は長い沈黙を経て話しはじめた。



「ルドガーがフレイザー公爵家の嫡男として、王都のタウンハウスで生まれ育ったというのは、嘘ではないわ。

でもそれだけではおさまらない秘密があの子にはあるの。

毎年春の花祭りの時期に、私とベニートはルドガーを連れてザヴィールウッドへ来ていたわ。

ルドガーはザヴィールウッドではいつでも心からの温かい歓迎を受けていた。

領民たちはザヴィール黒竜王を誇りに思っているから、ザヴィールの生まれ変わりと言われたあの子のことを熱狂的に支持してくれていたの。

花祭りの前にはいつも、私たち家族は領地の視察に出ていたのだけれど、どこへ行ってもルドガーは人気者だった。

そのせいかルドガーも、まだ小さいのにザヴィールウッドが大好きだったわ。

大きくなったらこの地の立派な領主になることを、誰ひとり疑いもしなかった。

でもルドガーが3歳の時、花祭りが終わった次の日の朝、ザヴィールウッドの領主館からあの子の姿は消えていたの。

ルドガーのベッドにはあの子の代わりに、あの子と同じ年頃の痩せた赤毛の男の子が眠っていたわ」


「ええっ?」



私は、あまりに突拍子もない話を聞いて思わず声を上げた。



「まさか、そんな…!?」


「そのまさかが本当に起こったの。

ルドガーは、取り替え子(チェンジリング)にあったのよ」



私は絶句した。

取り替え子(チェンジリング)について詳しくは知らないが、たしかニーヴの柳の小さな精霊たちに、ザジが私を取り替え子(チェンジリング)なんかしないでくれと牽制していた記憶がある。

その時ザジは、精霊にかどわかされて精霊界に連れて行かれたら、私はもう二度とセドリックに会えなくなると言っていた。



「お、お義母さま…それで、ルドガーさまは…?」



ふるえながら問うと、義母はベッドのシーツをきつく握りしめ、ふりしぼるような声で言った。



「ベニートはその子を捕まえて締め上げたわ、息子をどこへやったのかと…でもその男の子に苦痛を与えると、不思議なことに同じ苦痛がベニートに返ってくるのよ。

だからそう無体なことはできなかったのだけれど、何度も大声で怒鳴りつけ、脅しをかけて問いただしていると、そのうちその子は泣きじゃくりはじめたわ。

ベニートは屈強な騎士団長ですもの、よほど怖かったのでしょうね。

そんな様子を見ていた私は、その子が可哀想になったの。

だってまだ小さな子どもよ? 

ルドガーと同じくらいの…。

それに、その子本人がルドガーをさらったわけではなくて、言ってみればその子も被害者なのだもの。

ルドガーの身代わりとして、知らない場所に誰かから置き去りにされたわけですからね。

それで私はベニートをなだめて、その赤毛の男の子になるべく優しく事情を聞いてみたの。

そうしたらその子は少しずつ私の質問に答えてくれるようになって、自分はザジだと名乗ったわ。

そして黒髪赤眼の子どもは、自分の代わりに自分の兄のところに行ったのだと教えてくれた。

ザジは、淡々と私たちに告げたわ。

ルドガーは取り替え子(チェンジリング)にあって精霊の国へ連れて行かれたのだから、もう人間界には戻ってはこないだろうと。

それがどんなに非情な宣告なのか、あの子にはわからなかったのでしょう。

でも私たち夫婦がそんな一言で納得できるはずはないでしょう? 

いきり立つベニートを抑えて、私はザジに、それでもどうしてもルドガーを取り戻したい、何か方法はないかと食い下がったの。

ザジは、それならノナばあちゃんに頼んでみろと言ったのよ。

それで私たち夫婦は、大切な息子をどうか返してほしいと、礼拝堂でノナ・ニムに祈りをささげたわ。

するとその晩、あの黒の森の大聖女ノナ・ニムが、ルドガーを連れて私たちの寝室においでになったの」


「それでルドガーさまは、フレイザー家に戻ってこられたのですね」



私がそう言うと、義母は顔をゆがめた。



「戻っては来たわ……でもあの子は、戻ってきた時にはもう、それまでの快活なあの子ではなくなっていた。

それどころか、話しかけても何も反応しない。

私たちがあの子を抱きしめて涙を流して喜んでいるのに、あの子は棒のようにただ突っ立っているだけだった。

ノナ・ニムは、あの子の様子がおかしいことに戸惑っている私たち夫婦に、重苦しい口調でお告げになったの。

ルドガーは感情を失ってしまっていて、周囲の人間の感情にも反応できなくなっている。

ノナ・ニム配下の精霊王の一人が、あの子の魂を半分もぎ取ったからだと」


「魂をもぎ取る!?」



私は驚愕して、かけ布団をはね上げて義母に向きなおった。



「そんなことができるのですか!?」



義母は沈痛な面持ちで答えた。



「ふつうならできないけれど、その精霊王は特別な力を持っていたのですって。

それでも本来なら、精霊から人間に対するそんな蛮行は許されないわ。

でもあの夜、ルドガーは人の子が立ち入ってはならない場所にいたそうなの。

掟破りはルドガーの方だから、人ならざる者たちに何をされても文句は言えない。

あの夜は、魔女月夜だった。

そんなときにあの子は、ニーヴの丘にいたのですって」


「ニーヴの丘…!」



思わず小さく声が洩れた。

頭の中で、注意を促すシグナルが点灯しているようだ。

何か大事なことを見落としているような…。

だがそれを思いだす前に、私の思考は義母の悲痛な声で中断された。



「どうしてそんなところにいたのかしら…あの晩ベッドに入った時まで、あの子は確かにザヴィールウッドにいた。

ニーヴの丘までは、とても子どもの足で一夜のうちに行ける距離ではないのに…!」



二十年も昔のことなのに、義母は生々しい苦悶の表情を浮かべていた。



「ルドガーがどうやってニーヴの丘まで行けたのか、あの子に聞いても何も言わないからわからないけれど、とにかくニーヴの丘であの子はその精霊王につかまってしまったの。

精霊の住む狭間(はざま)の国へ連れていかれて、そこでどんな目にあったのか…詳しいことは教えていただけなかった。

でもルドガーが魂の大きなかけらを失っていることは、人間の目には見えなくても、精霊たちにはわかるのですって。

ノナ・ニムは私たち夫婦におっしゃったわ。

ふつうの人間なら、取り替え子(チェンジリング)にあったからといって自分がそのこと自体に干渉はしないけれども、ルドガーはザヴィールの盟約を受け継ぐフレイザー家の後継者であって、ノナ・ニムの加護も受けている。

そういう子どもに、自分の眷属が害をなしたことは見過ごせないと。

だからルドガーを、こうして自分の手で親元へ返しに来たのだと。

それからノナ・ニムは、あの子の魂をもぎ取った精霊王には百年の追放刑を与え、黒の森から追い出したと教えてくださったわ。

実をいうと、私とベニートは、ノナ・ニムがルドガーを私たちの元へ返してくださるだけでもありがたいと思っていたのよ。

だって大精霊のノナ・ニムや、黒の森の精霊たちからすれば、人間の子ども一人、どうなろうとどうでもいいことでしょうからね。

でもノナ・ニムは、ルドガーを害したご自分の眷属に対して、適正な処罰をしてくださった。

私たち夫婦は、ノナ・ニムの公正さにむしろ驚いたものよ。

ルドガーをこちらへ引き渡し、それと引き換えに、子猫に変身したザジを連れて黒の森へ戻られるノナ・ニムを、私たちは心からの感謝を持ってお見送りしたわ」



そういえば確かに義父母は、ノナ・ニムを公正なお方だと言っていた。

このことが義父母の確信の根拠だったのかと私は心の中で納得した。

そして、ルドガーの取り替え子(チェンジリング)の片割れが赤猫のザジだったという意外な事実を知って、二人の間にある強い絆についてもよくわかった。

またさらに私は、義母は知らないようだったが、ルドガーの魂をもぎ取って黒の森から追放された精霊王が、森の民の間では名の知れているらしい、ザジの兄であるあの“知りたがり”のジグだということに気がついた。

好奇心旺盛で、追放されて放浪することすらお楽しみでしかないかもしれないとターラが言っていたジグ。

彼がルドガーの魂をもぎ取ったというのも、ただ好奇心のゆえだったのだろうか? 

その疑問を義母の前で口にはできず、私は黙り込んだ。

そんな私の胸中を知るよしもない義母は、うかない表情で話を続けた。









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