義母の哀訴・5
「な…何をおっしゃるのです、お義母さま…」
義母の発言に、私は驚愕のあまり言葉をつまらせた。
「い、いったい…どこをどう押せばそんなお考えになるのか…。
ルドガーさまが愛しておられるのはネリー嬢ではありませんか。
それにルドガーさまが今まで私をどのように扱ってこられたか、お義母さまもご存じないはずはありませんよね?
そこにいる私の侍女たちもよく知っております。
ねえターラ、ナタリー?」
ベッドの足元に呼びかけると、二人は身じろぎしたが、義母の前で許可なく発言することはできず沈黙した。
義母は二人にちらりと目をやり、声をかけた。
「かまいませんよ、二人とも。
何を言っても私はとがめたりしないから、何でも遠慮なく言ってごらんなさい。
ターラ、ウィロー砦の一件はヨシュアから聞いています。
音楽卿もひどく憤慨しておられたわ。
ルドガーはエリナさんにずいぶんひどい態度を取ったようね。
本当に申し訳ないわ。
けれどそんなときでも、忠実な侍女のあなたがそばについていてくれて、エリナさんは心丈夫だったことでしょう。
ありがとう、ターラ」
「そんな、大奥さま。もったいないお言葉でございます」
前公爵夫人という身分の高い女性から直接感謝の言葉をかけられたターラは、恐縮した面持ちで深くお辞儀をした。
義母はそんな彼女にたずねた。
「ターラ、あなたはどう思うの?
ルドガーの態度について思ったことを、遠慮なく聞かせてちょうだい」
ターラは頭を上げ、重い口を開いた。
「申し上げにくいことではありますが、ウィロー砦のルドガーさまは、音楽会場でもお部屋でもエリナさまを非難する激しい言葉ばかりを口にされるので、ターラは聞いているのもつろうございました。
ターラは存じ上げませんでしたが、ルドガーさまはずいぶん激情家でいらっしゃるのですね」
「まさか」
ターラの言葉に義母とカイサは顔を見合わせた。
カイサがターラの方を向いて口を開いた。
「ルドガーさまはどんな時でも冷静沈着なお方です。
ご幼少のころから、感情を乱されることはほとんどありませんでした」
「そうね。
あの子は感情の起伏がない…というより、感情自体が希薄なのだもの。
激情なんて、あの子にいちばん遠い言葉だわ」
義母はカイサに相槌を打って付け加えた。
「砦の音楽会の時のことはヨシュアから詳しく聞かされたのだけれど、とても信じられなかったわ。
ヨシュアも驚いていた。
あんなに感情をあらわにする兄上を見たのは初めてだと言っていたわ。
戦場で一緒に戦ったこともあるヨシュアがそう言うくらいですもの、やはりウィロー砦でのルドガーは、ふだんのあの子とは違っていたのよ。
ウィロー砦でエリナさんに出会うことは、ルドガーにとってまったく想定外の事態だったはずだから、予期せぬハプニングにとっさに対応するのが得意ではないあの子は、さぞかし混乱したでしょうね。
妻の行動を把握できなかった、その苛立ちが爆発したのでしょう。
まるで小さな子どもがかんしゃくを起こしたようね。
ただ、ルドガーがかんしゃくを起こしたことなど、まだ赤ちゃんだったころを含めても、一度もなかったのよ。
それだけに、ウィロー砦であの子は、よほど大きく感情を揺さぶられたということなのでしょう。
でもだからといって、衆人環視の中で罵倒されたのでは、エリナさんにあの子の気持ちが伝わるはずもないわ。
いちばん悪い愛情表現だわね。
そうでしょう、ターラ」
「はい、大奥さま。さようでございますね」
ターラはどういうわけか、義母の言うことを鵜吞みにしてうなずいている。
あれが愛情表現などであるはずがないのに。
私は少なからず苛立って、ターラの隣にいるナタリーに声をかけた。
「ナタリー、あなたは結婚前からずっと私のそばにいてくれたからわかっているわよね。
ルドガーさまが私にどういう扱いをしてこられたか、あなたはすべて知っているはずよ。
あなたの思うことをお義母さまに教えてさしあげてちょうだい」
あの最悪の初夜の時も、子づくりをする一方的な通告の手紙が来た時も、王都を去ることになった話し合いの日も、常に私のそばにいてくれたナタリーだ。
私と思いを同じくしてくれているはずなのだが、なぜか隣のターラの表情をうかがいながら言いよどんでいる。
私がじっと見つめていると、ナタリーはおずおずと口を開いて語り始めた。
「正直に申し上げますと、私は今まで、ルドガーさまが正妻であるエリナさまをないがしろにしていらっしゃると思い、憤りを感じておりました。
ですが昨日のルドガーさまのお姿を拝見して、少し迷うような気持ちにもなりました…」
困ったように眉尻を下げるナタリーに私はとまどっていた。
「迷うというのは、なんのこと?」
私がたずねるとナタリーは、自信なさげに私を見た。
「…ルドガーさまは、エリナさまをずっと突き放してこられたのに、もしかしたら大切に思っておられるのかもしれないと、迷う気持ちが出てきたのです。
だってエリナさまがノナ・ニムの所から帰っていらしたとき、真っ先にエリナさまの元へ駆けつけたのはルドガーさまだったのですよ」
「!?」
思いもよらないナタリーの告白に私は頭が真っ白になった。
硬直している私の横で、義母がカイサに命じた。
「カイサ、人払いを」
「かしこまりました」
すっと頭を下げて、カイサは義母のそばを離れ、ターラとナタリーもうながして、三人で部屋を出て行った。
侍女たちが退室して二人きりになったとたん、義母は私に向きなおり、真剣な顔つきで言った。
「エリナさん、あなたに大切な話があるの。
これから話すことは、フレイザー公爵家の根幹にかかわることだから、誰にも口外しないと約束してちょうだい」
私は義母が何を話そうとしているのかまったくわからなかったが、とにかくうなずいて了承を示す。
義母は思いつめた口調で話しはじめた。
「このことは私とベニートしか知らない。
私がこの家に嫁いできて以来ずっと仕えてくれているカイサですら知らないこと。
フレイザー公爵家の家族にしか話せない秘密なの。
ルドガーのことよ」
「ルドガーさまの?」
「ええ。あの子の生い立ちについて、あなたはどこまでご存じかしら、エリナさん?」
「ルドガーさまの生い立ちですか?
私は、世間に公表されている以上のことは何も知りません。
フレイザー公爵家の嫡男として王都で生まれ、お育ちになったということくらいしか…」
戸惑いつつもそう答えると、義母は軽くうなずいた。
「そう、あの子は王都のタウンハウスで生まれた。
待望の嫡男だったから、私たちは心からうれしかったわ。
それにあの子は生まれつき、黒い髪と赤い瞳を持っていた。
これは特別なことなのよ。
フレイザー公爵家の領地であるザヴィール地方には、この地を開いた赤眼の黒い竜、黒竜王ザヴィールの伝説が語り伝えられているのは、あなたも知っているでしょう。
ここでは黒髪赤眼の赤ん坊は、黒竜王の生まれ変わりと言われているの」
「黒竜王の…」
黒髪の人間はままいるが、赤い瞳はまずいない。
私は王都出身なのであまりピンとこないが、黒竜王の伝説が根強い地方では、黒髪赤眼という珍しい外見の赤ん坊を神聖視する人々がいるだろうことは想像に難くない。
「領主の後継者として黒髪赤眼の男の子が生まれたのだから、ルドガーはそれはもうたくさんの領民たちから祝福されたわ。
花祭りにはまだ赤ちゃんのあの子を連れて、私たち夫婦はザヴィールウッドを訪れたものよ。
私が花祭りの女王になって、山車に乗って街中をまわるのを、あの子はベニートと一緒に馬に乗りながらうれしそうに見ていたわ。
ザヴィールウッドにいる時のあの子は、王都にいる時よりずっと生き生きして見えた。
ルドガーは、このザヴィールウッドの申し子のような子だったわ。
でも、あの子が3歳のとき、花祭りが終わったその日の夜に……」
そこまで言って義母は、つらそうな表情になりいったん言葉を切った。
私は息を殺して、義母が続きを話し出すのを待った。
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