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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
子連れ魔女誕生

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義母の哀訴・3

少し残酷または性的な表現があります。ご注意ください。

「4年ぶりに会ったあの子は、ひどく険のある顔つきになっていて、陰鬱な表情をしていたわ。

私には、あの子が幸せそうには見えなかった」


暗い表情でそう言う義母に、私は言葉を呑んだ。

義母は沈んだ声で語り続けた。


「私は、ネリーという娘に直接会ったことはないの。

高位貴族の私に謁見するには、ネリーは身分が低すぎますからね。

ルドガーは、王都の平民街に用意した一軒家にネリーを住まわせて、週に何度かそこへ通っていたわ。

あなたと結婚してからも、そういう生活スタイルでいくものと思っていた。

あの子は真面目で責任感の強い子ですもの、まさか正妻と嫡子を放置して愛人宅で暮らすようになるとは思いもしなかった。

でもあなたも知ってのとおり、あの子はあんな風になって…その結果がどうなったかわかる? 

公爵家としては社交の範囲が狭くなった程度で済んでいるけれど、騎士団でのあの子の評価は底辺まで落ちたわ。

正当な妻と子に対する責任を放棄し、貧民の元娼婦だった愛人に溺れる色狂いだと。

かつてのカリスマ性など見る影もない」


義母は深くため息をついた。


「10代のうちから英雄と呼ばれ、王国騎士団長にまで昇りつめたせいで、あの子は多くの妬みや反感を買っていた。

だから、それまで嫉妬されていた反動もあったのでしょうけれど、貴族の間でフレイザー公爵という名は嘲笑され、軽んじられるようになった。

生涯を誓った相手が貧民でしかも娼婦だなんて、あの子を軽蔑する騎士たちの心情は私にもわかるわ。

騎士団の中でも、平民の騎士たちからはまだ尊敬されているのかもしれないけれど、貴族の騎士たちは、もうルドガーの命令を忠実に守ろうとはしない。

でも今までは、ルドガーには副官として、ヨシュア・エイレルがついていた。

対人関係調整力に秀でたヨシュアを見込んで、ベニートがルドガーの従士に指名したの。

ヨシュアは期待通り、ルドガーの足りない部分をよく補佐してくれていたのよ。

二人ともまだ少年と言っていい年齢の時にカルセミアの戦地へ向かうことになって、それ以来、強い絆が結ばれたようね。

カルセミアで戦功を立てたときは、ルドガーはまだ騎士団長ではなかったけれど、フィンバースの黒竜と呼ばれたあの子の指揮の下で騎士団がまとまっていた。

戦後もヨシュアはルドガーを兄上と呼んで、忠実に尽くしてくれたわ。

おかげでネリーとの醜聞があった後でもルドガーは騎士団長としてなんとか体面を保っていられたの。

でもそのヨシュアが、ゴダード陛下の命令でウィロー砦の司令官として赴任することになって、王都のルドガーの補佐を外れた。

今の王国騎士団には、ルドガーを支えてくれる腹心の部下がいない。

ヨシュアの補佐をなくした今のルドガーにとって、まわりは敵ばかり。

そんな状況で内部の統率すら危ういし、外部に向けても当然、騎士団の任務は成果を上げられないでいる。

団長であるルドガーの責任を問う声が日ましに大きくなってきているわ」


「そう、なのですか…」



王都を離れて以来、初めて耳にする王国騎士団の内情だった。

もともと王都にいたころも、私は公爵領の領地経営で頭がいっぱいでもあったし、騎士団のことは騎士団長である夫の領分だと思って、あまり関心を持っていなかった。

ただ漠然と、夫ルドガーは王国一の剣士で英雄なのだから、王国騎士団長としても当然、団員たちの尊敬を一身に集めているものと思いこんでいて、華やかな騎士団にこんな裏事情があるとは夢にも思わなかった。

私は、セドリックが成長したら、フレイザー家当主の例にもれず騎士団に入り、いずれは騎士団長になるのだと思っていたが、そうすんなりとはいかないのだろうか。

義母は話を続けた。



「殿方にとって、社会的な名声はとても大切なことよ。

フレイザー家は代々王国騎士団長を務めてきた家柄ですもの、騎士団で功績を上げ名声を得ることは、ルドガーの人生に大きな実りをもたらしてくれるはずなの。

そのためには、あの子を支えてくれる存在が必要だわ。

ネリーがその存在になれるのならいいけれど、あの娘ではだめなのよ」


「お義母さま…」



ふだん冷静な義母の熱弁に私は気おされていた。

義母はベッドへ身を乗り出してさらに熱く私に語りかけた。


「エリナさん、ルドガーは家族が欲しいと言っていたでしょう。

あの子は心のよりどころを求めているのよ。

言うまでもなく私とベニートはあの子の家族よ。

今は疎遠になっていても実の親ですもの、いつだってあの子を受け入れる用意はあるわ。

だからエリナさん、お願いよ。

子どもを産めなんていうつもりはまったくないわ。

でもルドガーを拒絶しないで、あの子にこの家での居場所をつくってあげてくれないかしら」


義母の要求はそれほど非常識なものではない、と私は思った。

もともと私は、夫に愛人がいることを承知の上で嫁いできたのだ。

貴族社会では愛人を持つなどよくあることだし、それを理由に夫をフレイザー公爵家から閉めだすなんて、お飾りの妻でしかない私ができようはずもない。

ルドガーに公爵家での居場所をつくることが、彼の騎士団長としての功績を上げることにつながるのだとすればなおさらだ。

私は少し考えをめぐらせて沈黙した後、おもむろに義母に問うた。


「お義母さまは、母親として息子を苦境から救いたいとお思いなのですね。

ルドガーさまが、騎士団長として十分に実力を発揮するためには支えが必要だから、ルドガーさまとフレイザー家との間にできた溝を埋めて、家族の交流を再開したいと望んでいらっしゃるのですね?」


私の言葉に、義母は何度も大きくうなずいた。


「ええ、ええ、そうよ。

あなたに酷なことを言っているのはわかっているわ。

でもエリナさん、私にとってルドガーはたった一人の息子なの。

なのにここ数年は顔を見ることもできなかった。

もちろん、あの子がネリーと暮らす家にこもって私たちとの交流を拒否していたからだけど、結婚前のルドガーは、ネリーと関係を持ちながらもフレイザー家で暮らしていたし、公爵家の当主として、領地運営もあの子がしていたの。

もう今さらネリーと別れろとは言わないから、せめて少しは顔を見せてほしいし、あの子の力にもなってあげたい。

妻であるあなたに不快な思いをさせてしまうのはわかっているわ。

本当に申し訳ないとは思うけれど、やはり私はあの子の母親ですもの…大人になっても、あの子を思う気持ちに変わりはないの…」


義母のぎゅっと閉じられた目から涙があふれた。

震える手でハンカチを目に当てる義母を見て、私は胸を締めつけられた。

義母の親心は私にも理解できる。それでも…。



「お義母さまのお気持ちはよくわかりました」


「エリナさん……」


「ルドガーさまのお申し出について、考えてみることにします。

けれど、どんな形であれあの方のお申し出を受け入れるには、三つほど条件がございます」



どれほど義母に哀願されようと、私にも譲れない一線はある。

ひそかな決意を胸に抱いて、私は義母に交渉を持ちかけた。


「じ…条件というと…?」


ゴクリとつばを飲み込む義母に目を向け、背筋を伸ばして口を開く。


「まず一つ目に、私はルドガーさまと子づくりができるかどうかわかりません。

そのことは最初にご承知おきいただきたいと思います」


それを聞いた義母の肩から力が抜け、安堵の息が洩れたように見えた。


「ええ、もちろん承知していますよ、エリナさん」


「二つ目に、もし子どもが生まれたら、私は自分の手で育てます。

ネルラさまでもどなたでも、自分の子どもを他人の手にわたすつもりは、私には一切ありませんがよろしいですか」


「エリナさん、私も女性として、不信感の拭えない殿方に肌を許すことがどんなに苦痛かは容易に想像がつくわ。

そんなことをあなたに強いたりしないし、もしうれしいことに子どもが生まれたとしても、その子を母親から引き離させたりしない。

ルドガーが何を言おうと私があなたとその子を守るから安心して。

それにあなたはもう黒の森の魔女ですもの。

ノナ・ニムの庇護下にあるあなたのことは、たとえ夫といえども無理やり従わせたりはできないのよ。

ルドガーだって無体なことはできないわ。

ザヴィールの森はノナの森、ザヴィールの盟約とノナ・ニムの魔女の誓約は同等よ。

ということは、もし万が一ルドガーがあなたを傷つけるようなことがあったら、ノナの魔女であるあなたの護衛騎士として、ザジはザヴィールの盟約に縛られることなくルドガーを阻止することができるようになったのよ。

ノナ・ニムの神殿へ行って本当によかったわね、エリナさん」



私のために心から喜んでくれていることが伝わる笑顔をしている義母を見て、私はうれしいのと同時に、次の条件を突きつけなければならないことを心苦しく思った。


「それで、三つめの条件はなに? エリナさん」


明るい声でたずねてくる義母を前にして息を整え、私は硬い声を絞り出して最後の条件を口にした。





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