大精霊との対面・8
私は肩の上の赤猫に感謝を伝えた。
「ありがとう、ザジ。あなたのおかげで、私は黒の森の魔女になれた。
これでもう、旦那さまにおびえないでセドリックを育てていくことができるわ」
「ま、よかったじゃん」
赤猫は大して興味もなさそうに言った。
「けどお前がおびえなきゃならない相手はルドガーじゃないぜ。
あいつはお前に危害を加えたりはしないさ。
警戒すべきなのはお前の力を狙ってくるやつらだ」
ザジの言葉に私は目を丸くした。
「私の力? 私の魔力は封印されていて、羽根のような弱い魔力しか表に出せないのに」
「微弱でも質がいいからな、お前の魔力は。
ノナばあさんも言ってたろ? レーナの魔力にそっくりなんだ。
レーナは自分で自分の身を守る力を持っていたけど、お前はまるで自分の力を使いこなせていないから、簡単にかどわかせる。
言っとくけどお前を狙うのは人間だけじゃないぜ。
精霊たちは美しいものや清らかなものが大好きだからな。
ルドガーが言ってたことはあながち間違っちゃいない。
取り替え子にあって精霊界に連れていかれたら、もう二度と坊主に会えなくなるぞ」
「えっ、困るわ、そんなこと。どうしたらいいの、ザジ」
突然怖ろしいことを言われて立ちすくんだ私の肩に、赤猫は四本の足で立ち上がって歯をむき、
「止まるなよ、歩け歩け」
とせき立てた。私が再び歩き始めると、ザジもまた再び身体の力を抜いてだらりとしながら言った。
「まあ微弱な魔力で敵に抵抗する護身術を身につけるしかないだろうな。
ノナばあさんにも言われたし、俺が面倒見てやるよ。護衛騎士としてな」
「本当? ありがとう、ザジ」
そう言って私は赤猫のあごの下を指で軽く掻いてやった。
ザジは気持ちよさそうに目を閉じてそれを受け入れてから、感心したように言った。
「しかし魔女名までもらうなんて、ずいぶんノナばあさんに気に入られたなあ、お前」
「そうかしら?」
私が首をかしげると「そうさ」とザジは力説した。
「最後にノナばあさんの魔女になったのはお前の母親のレーナだぞ。もう20年以上昔のことだぜ。
ノナばあさんが、ただ祝福を与えただけじゃなく、自分の眷属である黒の森の魔女として魔女名まで与えた人間は、この20年来お前だけなんだぞ、エリナ。こりゃあ、すごいことさ」
ザジの言うことは事実ではあるが、私にはどうもピンと来なかった。
黒の森の魔女としてノナ・ニムに認めてもらえたことはうれしいけれど、魔女名をもらったからといって、私に特別な魔力が備わったというわけでもないのだから。
そう言うとザジは肩の上から私をきろりと見つめた。
「魔力とは違うけど、ノナばあさんの魔女になったお前には特別な力が宿ったはずだぜ。
少なくとも、森の一族に備わっている“精霊の目”は開いてるはずだ。
お前、ニーヴの柳のチビたちの姿が見えてたろ?」
「え? ええ、そうね、そう言えば」
「ふつうの人間には精霊の姿は見えないだろうが。お前には、精霊が見える第三の目が開かれたんだ」
私は言葉を失った。
ノナ・ニムと対面したこともあり、精霊が見えることを当たり前のように受け止めていたが、たしかにふつうの人間には柳の精やその眷属たちは見えない存在である。
「といっても精霊の目を持ってる人間はそう珍しくもないけどな。坊主だって見えてるぜ」
「え、セドリックが? でもあの子は私に、精霊を見たなんて言ってきたことはないわよ」
「王都では精霊自体があんまりいないからさ。坊主が黒の森に来てからは、いろんな精霊を見てるはずだぜ。たぶんはっきり見えすぎて、精霊を人間だと思ってるんだろう。
森の館の庭で俺を見つけた時だって、俺は精霊の姿をしてたんだから見つかるはずはなかったんだよ。それをあの坊主は当たり前のように見つけて、当たり前のように精霊の道を通って俺についてきて、当たり前のように黒の森の民しか入れない森の奥の禁域にまで入ってこられたんだからな」
「まあ…あの子ったら」
私はその時のセドリックのことを思い返して思わず笑みをこぼした。
ザジは不服そうに私をにらんだ。
「笑いごとじゃないぜ、エリナ。
坊主はフレイザーの血筋だからザヴィールの盟約で守られてはいるけど、坊主が生まれたとき、母親のお前は花嫁の館でノナばあさんの祝福を受けていなかった。だから坊主には、ノナばあさんの加護は届いていないんだ。
ザヴィールの盟約とノナ・ニムの祝福、どちらか一つだけあればふつうの子どもなら何の問題もないけど、ノナばあさんの言ったとおり坊主は黒髪赤眼の竜の子そのものの見た目をしている。盟約と祝福がそろってどうにかこうにか、ひ弱な幼生の時期を乗り越えられるってところなんだ。
今までは身内の中だけで生活していられたからよかったけど、今後成長して人間社会で生きていくことになったら、あの坊主はいろいろと面倒ごとに巻き込まれるだろうぜ」
「そんな…!」
私は絶句した。私が花嫁の館とやらに招かれなかったことでセドリックが危険にさらされるなどとは思ってもみなかったのだ。
「どうしたらいいの、ザジ。どうしたらセドリックにノナ・ニムの加護を授かれるの? セドリックを連れてもう一度、ノナ・ニムにお会いできないかしら」
「やめとけ。坊主くらいのガキはまだ弱いし、常世の国に近い。ばあさんの所になんか連れて行ったら、たちまち向こうへ引っ張られちまうぜ」
「そ…それならルドガーさまにお願いして、私を花嫁の館に入れてもらうのは? そこへセドリックを連れて入れば…」
「お前、それでいいのかよ?」
ザジは意外そうに聞いてきた。
「花嫁の館へ入るってことは、子づくりするってことだぜ?」
「あ…」
私は思わず口に手を当てて赤面した。
「そ、それは…そうね…」
「だろ?」
それ見たことか、とでもいうように、赤猫は肩をそびやかし、そして付け加えた。
「まあでも、心配しなくていいぜ。今のルドガーは花嫁の館を開けないからな」
「え?」
ザジの言葉に私は意表を突かれた。
「どうして? ルドガーさまは当代のフレイザー公爵家当主でしょう」
私の質問に赤猫は渋い顔をした…ように見えた。




