兄の来訪・5
夕食の時にはセドリックの機嫌も直り、食後には音楽室で兄がピアノを弾いてくれた。
ピアノのそばには、ひょろりとした小柄な若者が控えていて、兄の演奏する鍵盤をじっと見つめている。
「アルマンさま、いかがですか」
「うん、いいね。ご苦労だった」
ねぎらいの言葉にホッとした様子の若者を、兄が私に紹介してくれた。
「エリー、こちらはマロウ。優秀な調律師で、昼のうちにこのピアノを調律しておいてくれた」
「まあ、そうだったの。ありがとう、マロウ。報酬をお支払いしなくてはね」
「いえいえ、奥さま」
マロウはあわてたように、横にぶんぶん手を振った。
「ロード・ムジカの楽団にいられるだけで十分ですから、報酬なんて」
「もらっておきなよ、マロウ」
兄が遠慮のない声をかけた。
「娘さんが生まれたんだろ? いろいろ物入りじゃないか」
「まあ、それならお祝いもあげないとね」
私はボルトンを呼んで、マロウに相応の謝礼と、子どもが生まれたご祝儀を渡すよう命じた。
マロウは何度も頭を下げながら、ボルトンの後について音楽室を出て行った。
「さあセディ、おいで。何か弾いてみておくれ」
誘われてセドリックは兄アルマンの隣に立ち、ポロン、と鍵盤を鳴らした。
私が兄の椅子の隣に、座面の高いセドリック用の椅子を置くと、伯父と甥の連弾が始まった。
つたないセドリックの演奏を兄がカバーすると、音の豊かさが何倍にもなって響き渡る。
兄の明るい青の魔力が旋律に乗って、幸福の青い鳥が飛びまわっているようだ。
「伯父さま、楽しいね!」
「ああ、楽しいな!」
甥っ子が大口を開けて笑いながら言うと、満面の笑みで伯父がうなずく。
愛情にあふれた二人の絆が、響きあうメロディーを通して伝わってきて、そばにいる私まで心が弾んだ。
音楽が身の内にあふれ、身体も心も軽くなり、部屋中が幸福に満ちていくようなこの感覚。
子どものころ、王都にあるリズリー家の音楽堂で、私はしばしば父や兄とこうして過ごした。
そんな昔の楽しい思い出が、今、大人になった私の胸にふたたびよみがえってくる。
セドリックもいつか、今夜のことをそんな思い出にして振り返ってくれるといい。
屈託なく笑っている幼い息子を見つめ、私は心からそう願った。