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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
強くなりたい

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47/65

ただ愛ゆえに・2

少し残酷な表現があるのでご注意ください。

隔てられた壁の向こうで、ルドガーが私を見て底冷えする声を出した。



「貴様、自分が何をしているかわからんのか? 

愚かな女だ。

赤猫なんぞの言うことを真に受けてどうする。

精霊と人間ではすべて、感覚も流儀も違うんだぞ。

狭間(はざま)の国へ連れていかれて、二度と息子に会うことができなくなってもいいのか? 

さっさとこちらへ戻ってこい」



居丈高に命令して夫は私に手を差しのべる。

けれど私はその手を取る気にはなれなかった。

ザジの背中の陰で逡巡している私に、灰緑色の瞳が向けられた。



「俺はどっちでも構わねえよ、エリナ。

けどお前、強くなりたいんじゃないのか?」



ザジの言葉に、私は自分の願いをもう一度思い出した。


セドリックを幸せにすること。

あの子を守ること。

それが私の、二度目の人生をかけた決意だったはずだ。

けれど夫に従属し支配されている私にはそれはできない。

あの子を守るどころか、今の私には自分自身を守る力すらないのだから。

だからこそ私は強くなりたいと願ったのではなかったか。

人間と精霊との間には大きな隔たりがある。

まして私は魔力を持たずに生まれたのだから、魔力を持つ貴族の令嬢よりずっと、精霊と交流することは難しいし危険を伴う。

そんな私が、フィンバースの精霊すべての上に君臨している大精霊と対面するのは、言うまでもなく危険なことではあるのだ。

だがその危険を考慮しても、もしノナ・ニムと対面してその加護を受けることができれば、私は間違いなく、なにがしかセドリックを守る力を得ることができるはずだ。

ノナ・ニムが私を受け入れてくれるかどうかわからないし、代償が何になるかもまったく予想がつかない。

けれどそのチャンスは、ノナ・ニムの代理人を務める黒の森の若長・赤猫のザジが、ひょんなことから私の護衛騎士になっている今を逃せば二度とないだろう。


とはいえルドガーの言う通り、精霊の国は私たち人間の住む世界とは違う。

もし戻ってこられなかったら? 二度とセドリックに会えなくなるのだとしたら……。

迷い悩む私に、凛とした声がかけられた。



「お行きなさい、エリナさん」



思わず声のした方を振り向くと、空気の壁の向こうで義母イーディスが、微笑んで私を見ていた。



「ザジと一緒に、ノナ・ニムに会いに行きなさい。

セドリックのことは心配しなくていい。

私が責任をもって預かります」


「お義母さま…」



私は驚いて義母を見つめた。

ルドガーが母をにらんで声を荒げる。



「母上、何をおっしゃるのです!」


「イーダ…」



義父ベニートは気づかわしげに、隣に立つ妻の顔をのぞき込んだ。

義母はそれにうなずき、私に視線を向けて言った。



「このままここにいても、あなたは夫であるルドガーの顔色をうかがいながら怯えて暮らしていくしかない。

それくらいなら、この千載一遇のチャンスに賭けてごらんなさい。

ノナ・ニムに会うことのできる人間はそうはいない。

無事に帰ってこられたら、あなたは誰にも脅かされない唯一無二の存在になれるでしょう。

ねえ、ベン、あなたもそう思わなくて?」



義母は隣に立つ夫を見上げて問いかけた。

義父は妻の顔をまじまじと見ていたが、やがて柔和な笑顔でうなずいた。



「そうだな。イーダの言う通りだ」



たがいに寄り添いあって、老夫婦は微笑みを交わした。

義母は昔を懐かしむように話しはじめた。



「ノナ・ニムに会うことができるのは特別に選ばれた人間だけだけれど、フレイザー家に嫁ぐ花嫁は、花嫁のために用意された館でノナ・ニムの祝福を受けることができるのよ。

私もベニートと結婚した時、花嫁の館へ入ったわ。

そのときにノナ・ニムが館を訪れて、私たちを祝福してくださったの。

ノナ・ニムは私の風魔法を褒めてくださって、ベニートを支えてやってほしいと言われたわ。

ノナ・ニムに私がお会いしたのはその時と、それから……」



義母はその先を言いよどんで口をつぐんだ。

義父はなだめるように義母の肩を抱き寄せ、妻の後を引き取って私に向かい話しはじめた。



「儂とイーディスは幼いころからの許嫁でな。

一緒に育ってきたようなものだ。

儂は、特に秀でた才能のない平凡な男だが、賢くて優しいイーディスがいつも傍で支えてくれたおかげでなんとかここまでやってこられた。

ルドガーと違って儂は、ノナ・ニムにお会いしたのも、イーディスと同じく今まで2回だけしかないのだよ。

だがお会いした印象では、ノナ・ニムは公正なお方だという風にお見受けした。

エリナのこともきっと、悪いようにはなさらないだろう」



ザジの結界の向こうで義父はそんな風に言い、それに義母も同調した。



「そうよね、ベン。

ノナ・ニムは公正なお方だと私も思うわ。

それにルドガーは、ノナ・ニムの祝福を受けて生まれた子だもの。

ルドガーの子どもの母親であるエリナさんを、ノナ・ニムは無下にはなさらないはずよ。

本来なら、エリナさんも花嫁の館に入ってノナ・ニムの祝福を受けられるはずだったのに。

そうすれば、セドリックも生まれながらにノナ・ニムのご加護を受けることができていたでしょうに……」



しゅんとうなだれた義母に、義父が励ますような声をかけた。



「イーダ、それはもう、言ってもせんないことだ。

セドリックのことは儂らで守ってやればいい」



義父の言葉に義母は気を取り直したのか、再び顔を上げた。



「そうね。

それに今から、エリナさんはノナ・ニムにお会いしにいくのですもの。

ノナ・ニムはきっとエリナさんに、祝福を授けてくださるでしょう。

ザジがついていれば大丈夫、必ず無事に戻ってこられるわ。

なんだかんだ言っても、この子は人情家ですからね。

精霊に人情家というのもおかしいけれど。

ザジ、エリナさんのことを頼むわよ」


「へーへー、わかったよ、おふくろさん」



面倒くさそうに了承したザジに、ルドガーが殺気立った視線を向けてきた。



「俺が黙って行かせると思うのか。

お前の好きにはさせん。

その女を渡せ。

猫ふぜいが俺に逆らうな」



ピリリ、と部屋中に緊張が走った。











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