不信と恐れ・5
少し残酷な表現があるのでご注意ください。
もし私が子づくりを拒否したら、ルドガーはザジの言うように両手両足を切断してでも、私に子どもを産ませようとするのだろうか。
私はぞっとして夫を見た。
「何だその目は」
ルドガーは私の視線を受けて不機嫌そうに言った。
常識的に考えれば、仮にも王国騎士団長であるルドガーが、そんなことをするはずはない。
だが本当にそうだろうか。
もし秘密裏に私の両手足を切り落として監禁しようと思えば、ルドガーには容易にそれができるだろう。
そうしてしまえば、私にいくらでも子どもを産ませることができる。
ネルラと育てる子どもを。
「ふ…ふふっ……」
腹の底から冷たい笑いが込み上げてくる。
私は口に手を当て、上を向いて笑い声を上げた。
「ふふ、あははっ……ああ、おかしい。
どうして今まで気がつかなかったのかしら。
ネルラさまに子どもを産ませないなんて、なぜだろうと不思議に思っていたけれど……旦那さまはそれほど、ネルラさまを大切に思っていらっしゃるのね」
「エ…エリナさん…?」
正面のソファに腰かけていた義母が席を立ち、立っている私の方へやってきた。
義父は座ったままだが、困惑したようにこちらを見ている。
どうしたのかしら、お二人とも。
ルドガーがいくらか狼狽したような顔で私を凝視している。
私はそれがおかしくてさらに笑った。
「エリナさん、大丈夫?」
義母が心配そうに私の顔をのぞき込んでくる。
何のことかわからず私は首をかしげたが、明るく「はい」と答えた。
「大丈夫ですわ、もちろん。
ようやく得心がいったのです。
もやもやしていた霧が晴れたようですわ。
旦那さまが私に子どもを産めとおっしゃる理由がわかりました。
旦那さまは、ネルラさまは失いたくないけれど私は死んでもいいと、そう思っていらっしゃるのですね」
晴ればれとそう言ったとたん、部屋の空気が凍りついたようになった。
なぜだろう。
少し奇妙に思ったがそれには構わず、私は謎解きができた喜びを無邪気に義母に伝えた。
「お義母さまはもうわかっていらっしゃったの?
そうですわよね、私はセドリックを産んだ時、三日三晩も生死の境をさまよったのですもの。
旦那さまは愛するネルラさまには、あんなお産の苦しみを味あわせたくないし、お産で命を落とす危険もおかさせたくないとお考えなのですね。
だから私に、ネルラさまの代わりに痛みや危険を引き受けて、子どもを産めとおっしゃるのね」
熱に浮かされたように話し続ける私を誰も止めようとはしなかった。
「ああ、むしろ旦那さまは、私にお産で死んでほしいと思っていらっしゃるのかしら。
そうすれば、誰からも後ろ指を指されずに、生まれた子どもをネルラさまとお育てになれますものね。
私は使いつぶされて、役に立たなくなったら廃棄されるのですね。
子どもを産む道具になるというのはこういうことでしたのね。
私、ようやく気がつきましたわ」
「エリナさん、あなた…」
義母は泣き出しそうな表情をして私を抱きしめてきた。
私は笑いながら問いかける。
「お義母さま? どうなさったの?」
なだめるように私の背をさすってくれる義母に戸惑ってソファの義父を見やると、義父は義母と同様、痛みをこらえるような表情で私を見つめている。
肘掛椅子の前で、ルドガーは私を見つめ立ち尽くしていた。
義父母と違って相変わらずの鉄面皮だが、赤い瞳は暗くよどんでいる。
夫は低く、少し沈んだような声で私に言った。
「言いがかりはよせ。
被害妄想もいいところだ。
俺はお前の死を願ってなどいない」
私は笑いを止め、静かに夫を見つめ返した。
被害妄想などではない。
ルドガーは実際、前世で私を殺したのだから。
夫は、自分の愛するネルラのためになら、邪魔な私の手足を切り落とすかもしれない。
そんな私の疑念と恐怖は、そう簡単に拭い去れるものではなかった。
その一方で、そんな扱いをされても結局、私には夫に対して何の対抗手段もないという現実が、今あらためて目の前に突きつけられていた。
フレイザー公爵家当主には、何をしても許されるほどの絶対的な権力がある。
セドリックと二人で生きていきたいとどんなに私が思っても、夫がそれを許可するか少なくとも黙認してくれるのでなければ、かなわぬ夢でしかない。
しょせん私は、夫であるルドガーには逆らえないのだ。
どうにもならない無力感に打ちのめされてうつむくと、ふと左手首に巻いた包帯が目に入った。
それは、今夜ベッドでこの包帯をこわごわ撫でてくれたセドリックの顔を思い起こさせた。
心配そうに私を見ていた息子を思ったとき、私の中で何かがはじけた。
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