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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
強くなりたい

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44/52

不信と恐れ・4

少し残酷な表現があるのでご注意ください。

私が思わず叫んだとたん、目の前を何かがサッと横切った。



「…!」



見ると義父と夫の間に木の棒が渡され、二人が強制的に引き離されている。

義父はみぞおちに棒の片端を当てられて苦しげにうめいているが、ルドガーは棒の端を手に取り、自分と父の間に棒を渡している男をにらんでいた。

その猛禽めいた視線をものともせず、いつのまにか義父と夫の間に割って入っていた男は、手にした棒をくるりと回して自分の身体の前に立てた。



「ザジ!」



私は驚いて目を見張った。

そこにいたのは、黒の森の館にいるはずの森の若長、赤猫のザジだったのだ。



「あ~あ、坊主と一緒に気持ちよく寝てたのによ~。

一体なんだこりゃ?」



ザジはあくびをしながら、自分の赤毛の頭をガシガシとかき回した。

それを冷ややかに見つめて、ルドガーが乾いた声を出した。



「なんだはこっちの台詞だ。

どうしてお前がここにいる」



問われてザジは、ルドガーを見てニッと笑った。



「よう兄弟、久しぶり。なんだかお前、人相悪くなったなあ」


「余計な世話だ」


「へへ、まあそうか。

俺さあ、お前の嫁の護衛騎士になったんだよ」


「護衛騎士だと?」



ルドガーはザジを見て、それから事情を問うかのように私を見た。

私も驚いて言葉が出ないでいると、ザジが事情を説明してくれた。



「黒の森の館で、男の客があったんで、奥方サマの操を守るために? 

一晩だけのつもりで精霊契約を結んだんだけど、そいつを解除するのうっかり忘れててさあ。

明日の花祭りにそなえて、お前んとこの坊主の部屋で寝てたら、いきなり召喚されたわけ。

こんな夜中に人使い荒いぜ、エリナ。

いや猫使いだけどよ」



ククッと笑って、立てた棒の端に置いた両手にあごを乗せ、ザジはルドガーを見た。


「んで、お前は何してんの。

その顔、また親父に殴られたのか」


「……」



ルドガーの無言の肯定を受けて、ザジはやれやれと言った風に首を振った。


「相変わらずだなあ。

なんで素直に殴られてんだよ。

よけろよけろ。

ガキの頃ならともかく、今のお前なら親父の拳なんざ簡単に避けられるだろうが。

なんなら殴り返してやれよ、あの暴力親父」


「……そんなことはできない」



ルドガーは硬い表情で答えた。

義父は、みぞおちをさすりながらソファに腰を下ろし、隣に座る義母にいたわられていたが、強い声でザジに釘を刺した。



「ルドガーは殴られるだけのことをしたのだ。

余計な手を出すなよ、ザジ」


「へ~。何したんだよ、お前」



沈黙して立っているルドガーに代わって義父が答えた。



「このバカ息子は、愛人と育てる子どもをエリナに産めと抜かしたのだ」


「そりゃまた、斬新な発想だなあ」



ザジはけらけらと笑い、ルドガーを見て言った。



「子どもならその愛人に産ませりゃいいじゃん。

あれだろ、あのネリーとかいう女」


「ネリーに子どもを産ませるつもりはない」


「なんでだよ。花嫁の館が使えないからか?」



そう言ったザジを鋭く一瞥して、ルドガーは冷たく言い放った。



「それとは関係ない。

子どもを産むのがそこにいる女の役目だからだ。

その女は俺の子どもを産む道具としてフレイザー家へ嫁いできたんだ」



ザジは驚いた顔で「ほえ~」と変な声を出した。



「マジかよ、エリナ」



ふだんは眠たそうにしている目を大きく見開いているザジから、私は顔をそむけて小さくうなずいた。

ザジは信じられないと言った口調で、大きなため息とともに言った。



「そんなことってあるのかよ。

人間ってのはわかんねえなあ。

でもさ、だったらしょうがないよな、エリナ。

お前も合意の上で契約したんならさ。

黙って子づくりするしかねえよな」



緑がかった灰色の目をきろりと光らせて、ザジは私にそう言った。

それからルドガーの方を見る。



「ルドガーお前も、そういうことなら遠慮はいらねえじゃんか。

エリナが言うこと聞かないんだったら、殴ればいいんじゃねえ? 

お前の親父みたいにさ」


「何を言う、ザジ!」



何でもないことのように軽く言ったザジに、義父が抗議の声を上げた。

ルドガーも眉間にしわを寄せているが、ザジはどこ吹く風といった様子でへらへらしている。



「ま、でも手加減しろよ。

エリナはお前ほど頑丈じゃねえからな。

拳骨はやめて、軽く平手でたたくくらいにしとけ」



手にした棒をくるくるとまわして肩に担ぎ、ザジは歯を見せて笑った。



「それでもごねるんだったらさ、面倒だから両手両足もいじまえ。

胎さえ無事なら子どもは産めるぜ」



屈託のない表情から飛び出した発言のあまりの残酷さに、衝撃で色を失くした私を、ザジは冷笑した。



「なんだよエリナ、お前も納得して結婚したんじゃねえのか。

ルドガーの子どもを産む道具になったんだろ? 

自分の道具を自分の使いやすいように調整するのは当たり前のことじゃんか」



そう言われて唐突に、私の脳裏にはあの産褥の床で見た白髪の老人の後ろ姿が浮かんだ。

誰なのかわからず、もしかしたら自分自身なのかもしれないと感じた、立ち枯れた木のような背中が。


あの老人には、両手と両足がそろっていただろうか?


ぞっとして目の前の夫を見る。

私が子づくりを受け入れなかったら、ルドガーはザジの言ったように私の両手両足を切断するのだろうか? 

その可能性がないとは言い切れなかった。









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