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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
強くなりたい

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42/52

不信と恐れ・2

少し残酷な表現があるのでご注意ください。

義父の声に驚いてそちらに目を向けると、ソファに座っている義父は、窓辺にいる息子をにらんでいた。



「セドリックが広場で女性にぶつかったと言う。

事情を聞いて儂はその女性がネリーだとわかったから、少々厳しく注意した。

エリナやセドリックがお前の愛人より格下の扱いを受けるなど、我慢ならなかったのでな」



義父の隣で、義母は飲んでいた紅茶のカップを静かに置いて息子に目をやった。



「ルドガー、ネリーが昨日ザヴィールウッドに入って、騎士団の詰所にある騎士団長の部屋に宿泊していたということは、私たちの耳にも入っているのよ。

正式な妻でもない愛人に、公の職務で与えられている騎士団長の部屋を使わせるべきではないわ。

下の者に示しがつかないでしょう。

王国騎士団全体の恥になるのよ」



長年騎士団長の夫人を務めてきた義母の言葉には説得力があった。

義父はずっと義母一筋で、浮いた噂もまったくなかったらしいが、配下の中には愛人を囲う者もいたはずだ。

正妻を差し置いて愛人が騎士団の特権を享受するようなことを許していては、王国騎士団の規律は緩み、組織として機能しなくなるだろう。



「そもそもネリーをザヴィールウッドへ連れてきたのが間違いだ」



義父は重々しく言った。



「一体どういうつもりなのだ、ルドガー。

お前は王都で、真実の愛の相手であるネリーと添い遂げるのだろう。

お前の気持ちを尊重して身を引いたエリナや、孫息子を健やかに育てたいと思う儂ら夫婦が暮らしているザヴィールウッドには、お前たち二人はもう用があるまい。

まさか花祭りを観光しに来たとでもいうつもりか?」


「私用で来たわけではありません。王命です」



ルドガーは父に向きなおり、窓辺からこちらへ足を踏み出した。



「ゴダード陛下が俺にお命じになったのです。

花祭りの期間、ザヴィールウッドの周辺に変わったことがないか視察して確かめて来いと」



ルドガーは私たちのいる方へ歩いてくると、両親の座るソファの右手にある一人掛けの肘掛椅子にどっかりと尊大に腰かけた。

それを受けて、それまで立っていた私も、義両親の向かいにある二人掛けのソファの、ルドガーから遠い方の端に腰を下ろした。

自分のそばに来た息子に、義父は白い目を向けた。



「お前はネリーから、ルディなどと呼ばれているようだな。

情婦に子どものような愛称で呼ばれてやに下がりおって。

セドリックは、ネリーの探しているルディとやらが幼い子どもだと思い込んでいたぞ。

まさか自分の父親のことだとは思わなかったらしい。

王命の視察に愛人を同伴するなどという父親のだらしなさに、あの子が気づかないでいてくれて本当によかったわい」


「父上、俺がネリーを同伴したわけではありません。

陛下が日陰の身のネリーを憐れんで、ちょうど俺が視察に行っているからと、有名な花祭りを見せてやるように取り計らってくださったのです。

俺は今日、騎士団の詰所に行って初めてネリーが来ていることを知りました」


「ゴダード陛下の恩情か。お前は陛下のお気に入りだからな」



義父は眉間にしわを寄せて渋い表情をした。



「しかし陛下も余計なことをなさる。

花祭りの時期には花の女王が必要だ。

領主夫人が務めるものだが、まさかネリーを花の女王に据えようと思ったわけではあるまいな、ルドガー。

お前は確かに当代のフレイザー家当主だが、儂の目の黒いうちは、日陰者を花の女王になどさせんぞ。

お前の母のイーディスが長年つとめてきた、領主夫人の大事なお役目だ。

開祖以来の伝統行事に泥を塗るわけにはいかん」


「父上、さっきも言いましたが、俺はネリーがここに来ることはまるで知らなかったのです。

それにネリーはすでにザヴィールウッドを離れました。

ここにはいられない、王都に帰ると言って」



ルドガーは表情のない顔をこちらへ向けて問いかけてきた。



「ネリーの護衛の騎士たちからは、音楽会の会場になる広場で、子どもがネリーにものすごい勢いで体当たりしてきたと聞いている。

どういうことだ? 

母親のお前がそうしろとそそのかしたのではないか」



ルドガーの言葉を聞いた私は、怒りのあまり身体中からざっと血の気が引いた。


セドリックがわざとネリー嬢に体当たりをしたと?

私があの子にそうするようそそのかしたと?


私は夫に向きなおり、激情のままにその顔をにらみつけた。

赤い瞳はこちらをにらみ返してきたが、私はもう怯えたりなどしなかった。


セドリックは私の息子。

大切な宝物。

そんなあの子を、私がそそのかして利用するだなんて。



「今の言葉を取り消してください。

私はあの子をそそのかしたりしません。絶対に!」



言葉にするといっそう感情がたかぶってきて、自分でも口調が激しくなっていることを自覚していた。

節度を保つべき貴族の態度とはかけ離れていくのはわかっていたが、セドリックのためにも、私がここで口をつぐむわけにはいかないと思った。



「よろしいですか、旦那さま。

もう一度、いえ何度でも、事実を申し上げます。

私もセドリックも、ネルラさまと今まで面識はありませんでした。

今日、広場でセドリックがあの方とぶつかってしまったのは本当に偶然でした。

私が見つけた時、あの子はしりもちをついて大人たちを見上げていました。

その時にすぐにその場を離れればよかったのでしょうけれど、セドリックはその場にとどまりました。

あの子が言うには、ネルラさまがあの子の肩をつかんで振り向かせ、声をかけたそうです」



ルドガーの顔がすっと青ざめた。

肘掛に置いた両手の指先に力が入り白くなっている。

だが異変は一瞬でおさまり、夫はすぐに元通りの無表情に戻ってこちらを見たので、私は説明をつづけた。



「ネルラさまがあの子をルディと呼んだので、ルディとは誰かと聞いたところ、それはネルラさまが捜している人で、セドリックがその人にあまりにも似ているので思わず呼びかけてしまったのだと言われたそうです。

ルディというのは幼い子を呼ぶ愛称ですし、自分に似ているというので、セドリックはネルラさまが捜しているのは小さい子どもだと思ったようです。

それからすぐ護衛の騎士たちが来て、セドリックをネルラさまから引き離し、叱りつけました。

高貴な女性にぶつかった無礼な子どもという扱いです。

私はその時ようやく、セドリックのところへ駆けつけてあの子をかばいました。

私たち母子はその時、街歩きをするために平民の服装をしていて、護衛もつけていませんでしたので、ネルラさま一行は私たちを平民と思っておられたようです。

ネルラさまの護衛騎士は私に、母親なら子どもをしっかり監督しろ、ネルラ夫人に狼藉をはたらくと子どもでも許さないと怒鳴りつけました。

私たちは…王国騎士団の制服を着ている騎士たちに、公衆の面前でずっと叱責されていたのです。

ネルラさまが私たちにもう行っていいとおっしゃるまで」



一通り状況を説明し終えて、私の頭にはふと、立ち去り際の光景が思い浮かんだ。

ネルラが私たちを解放してくれた時、セドリックはたしか、彼女を振り返ったのだ。



「そう言えば……セドリックはあの場を離れる時、ネルラさまににっこり笑って言いました。

ルディが早く見つかるといいね、と」



セドリックはルディという幼い子に向ける愛称を聞いて、それがネルラの子だと思い込んでいたのだ。

だから少しでも早く子どもが母の元へ戻るように願った。

実際は、それは小さな子どもではなく、自分と母親を放置してネルラと暮らしている実父のことなのだとは思いもせずに。


そんなセドリックの心情を思って、私はひどくやるせなかった。















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