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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
強くなりたい

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41/52

不信と恐れ・1

少し残酷な表現があるのでご注意ください。

1階の奥にある応接室へ入っていくと、そこにはすでに義父母がいた。

おそらく、もう寝支度を済ませていたのに、私のために押っ取り刀で駆けつけてくれたのだろう。

二人とも簡素な服装で、応接室の入口近くのソファに腰を下ろしていた。

私は応接室に入るとすぐ義父母に声をかけた。


「お義父さま、お義母さま、お待たせしてしまって申し訳ありません」


「いや、儂らの方こそ夫婦の話し合いに割り込んでしまって申し訳ない。

しかし息子には少し言いたいこともあるのでな」


険しい表情をしてそう言う義父に、私は少し不安も覚えたが、


「ルドガーさまがご承知なのでしたら、私に不服はございません。

お二人がいらしてくれたらむしろ心強いですわ」


と答えた。

部屋の奥の、庭へ通じる大きな窓のそばに、ルドガーが腕組みをして立っている。

両親とも私とも距離を置き、外へそむけた顔は不機嫌な表情だったが、私たちのやり取りを耳にしても何も言わなかった。

テーブルにお茶を用意して、カイサもナタリーも退室し、応接室には家族だけが残った。


私はつとめて冷静に、夫に話しかけた。



「ごきげんよう、旦那さま。

こんな夜更けに、私に一体どんなご用でしょうか」



ルドガーは窓から差し込む月光を浴びて、青白く見える顔をこちらに向けた。



「貴様、昼間ネリーに会ったそうだな。何をした」


「え?」



私は眉をひそめた。



「ネリーとは……旦那さまのお相手のネリー嬢のことですか? 

私は今まで一度も、お会いしたことはございませんけれど」


「とぼけるな!」



ルドガーは腕組みを解き、苛立った声を出した。



「今日、音楽会場になる広場の入口で、ネリーに会っただろう。彼女に何をした?」


「広場…?」



あっ、と思い当たった。

セドリックとぶつかった、ネルラ夫人という女性のことに。



「ネルラ夫人というのは……あれは、ネリー嬢だったのですか?」



ルドガーは渋面で答えた。



「…ネルラはネリーの貴族名だ。

公爵家へ出入りするにあたり、ふさわしい呼び名を使わせている」


「そうでしたか」



どうりでちぐはぐな印象がしたわけだ。

ネルラ夫人ことネリー嬢は貧民街の出身だ。

貴族のマナーがまだ身についていないのだろう。

だが彼女はすでに夫人と呼ばれ、王国騎士団の騎士が二名も護衛につく高貴な女性として扱われているのだ。


彼女のことを思い出してみると、ちらりと見ただけだが、小柄で可愛らしい女性だった。

濃い茶色の髪をしていて、瞳はそれより少し薄めの茶色だった覚えがある。

くりんと大きな目をしていて、丸顔の童顔で、体格の良い護衛騎士二人相手にポンポンものを言い、くるくる動き回る小動物のように見えた。

ルドガーはああいう、小さくて元気のよい、明るい女性が好みなのだろう。

だとしたら、背が高くてやせぎすで口数もそれほど多くなく、色の薄い髪や瞳のせいでどこか冷たい印象を持たれがちな私などは、夫の好みと正反対だ。

あのとき身分を明かさなくてよかった、と私は心から思った。

ルドガーに愛され、しっかりと守られている愛人のネルラとは対照的に、正妻である私と息子のセドリックに一人も護衛がついていないことは、私たちに対するルドガーの愛情のなさを浮き彫りにしている。

こうした処遇の違いが世間に明らかになれば、私ばかりでなくセドリックもまた格好の噂の種になる。

私は義両親の座っているソファの横に立って、部屋の奥にいる夫に向かって言葉をかけた。



「それではネルラさまとお呼びいたします。

旦那さま、私があの方に何か危害を加えたとお考えなのでしたら、それは誤解ですわ。

セドリックが私とはぐれて、たまたま広場へおいでになったネルラさまにぶつかって転んでしまったのです。

けれどネルラさまの方はしっかり立っていらっしゃいましたし、お怪我もないようにお見受けしました。

私たち母子をおとがめにもならず、もう行っていいとおっしゃったので、私はセドリックとともにその場を立ち去ったのです。

私はその時、あの女性が旦那さまの愛するネルラさまだとは、まったく気づいておりませんでした」



事の経緯をそう説明すると、ルドガーは私の手元に視線を向けて聞いた。



「その左手はどうした」



そう言われて左手を見ると、先ほどナタリーが取り替えてくれた手首の真新しい包帯が少し見えてしまっていた。

夜着から急いで着替えたドレスは簡素なものだったので、昼間に着ていたドレスとは違って袖口にレースがついていなかったのだ。

あわてて右手で左の袖口を隠したがもう遅い。



「あ、あの…広場で、その…」



私の歯切れの悪い返事に業を煮やしたように、ルドガーは詰問してきた。



「どうしてそんな傷を負った? ネリーの護衛騎士にやられたのか」


「いえ、これは……セドリックをかばって地面に手をついた時にひねってしまって」


「地面に手をつく? 公爵夫人がなぜそんなことになるんだ」


「それは、あの……私たちはあの時、平民の格好をしていたので」


「平民の格好だと?」


「はい…兄の楽団のリハーサルを見に行っていたので、楽団員たちと同じような服装で…」



だんだん声が小さくなる私に、ルドガーは厳しい目を向けた。



「なるほど。それでネリーや護衛騎士たちは、ぶつかってきた子どもとその母親が平民の母子だと思い込んだのか。お前はそうやってネリーを騙したわけだな」


「騙すだなんて、そんな……セドリックと気ままに街歩きをしたいと思っていただけです。

ネルラさまに出会うとは思ってもいませんでした。

ネルラさまにも、セドリックがご迷惑をおかけしたことを謝罪して受け入れていただきましたわ」


「それだけでネリーがあれほど傷つくものか。

お前は子どものいないネリーに、子どもを盾にとって心ないことを言ったのだろう。

そうやって自分の都合の良いように嘘をついて人をたぶらかし、自分の思い通りに操ろうというわけか。この……性悪の魔女め」



憎々し気に吐き捨てられて、私はひるんでしまった。



「わ…私は、嘘なんて…」



何か弁明をしようとしたが、その先を続けることができない。

私をにらみ据えるルドガーの赤い瞳が怖ろしい。

ウィロー砦の音楽会で特別席に座ろうとしたことを糾弾されたときもそうだった。

私は彼ににらまれると、すくんで動けなくなってしまうようだ。

それはたぶん、前世の最後の記憶の中で、私に躊躇なく剣を振り下ろしてきた彼の殺意が、拭いきれないトラウマになっているからなのだろう。唇をかみしめていると、



「エリナは何もしていない。したのは儂だ」



と、思いがけず義父ベニートの声がした。






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