領都での邂逅・5
義両親は用事を済ませて、ゆったりとお茶を飲んでいるところだった。
部屋に入っていくと、義父は私たちの様子がおかしいことに気づいたようで、
「うん? どうした? 外で何かあったのか?」
と聞いた。
私とナタリーは顔を見合わせたが、セドリックがあっけらかんと祖父に報告した。
「あのね、すぐそこで僕、女の人にぶつかっちゃったの」
「おお、それはいかんな」
「うん。でもその人は何ともなかったよ。
僕の方が転んじゃったんだ。
そしたらその人、僕の顔を見てすごく驚いた顔をして、ルディ! って叫んだの」
「ルディ?」
「うん。その人、ルディって子を探してて、僕がその子にそっくりなんだって。
いい人だったよ。護衛の人はすごく僕のこと怒ってて怖かったけどね。
僕、さよならする時その女の人に、早くルディが見つかるといいねって言ってあげた」
義父の表情が険しくなった。
「セドリック。その女の人とは、どこで会ったんだ?」
「広場の入口のところ」
「そうか。エリナさん、どんな女性だったかわかるかね?」
「王国騎士団の騎士が二人、その方の護衛についていて、彼らからはネルラ夫人と呼ばれていました。
小柄な若い女性です。
焦茶色の髪の毛に、茶色い目をしていて…」
「そうか、わかった」
義父はそう言うと、義母に「お前たちはここで待っていなさい」と言い置いて待合室を出て行った。
私は何が何だかわからず、義母にたずねた。
「お義父さまは一体どうなさったのでしょう」
すると義母は涼しい顔で答えた。
「さあ。殿方には殿方の事情があるのでしょう。
相手は騎士団の騎士を護衛にしているのだから、前騎士団長のベニートが苦言を呈してあげてもいいのじゃなくて?」
「苦言を呈する?」
「いやね、エリナさん。
あなたは騎士団長夫人、セドリックは騎士団長子息でしょう。
騎士団員なら、あなたたちにもっと敬意を払うべきだわ。
監督不行き届きね。
それはそうと、あなたたち」
義母は私とセドリックを見て言った。
「その平民の服装のままでは少し具合が悪いわね。
着替えていらっしゃい」
義母の言葉にすぐ反応して、店員がおもむろに私とセドリックに近づいてきて頭をたれた。
「奥さま、どうぞ試着室へ。
公子さまはこちらへどうぞ」
セドリックは店員に連れられて、店内の子ども服売り場の方へ出て行った。
どうやら好きな服を選ばせてくれているらしい。
「そうだわ、エリナさん」
義母がいいことを思いついたというようにパンと手を叩いた。
「花祭りのパレードであなたが着る花の女王の衣装、衣装合わせは済んだけど少し寂しい気がしていたのよ。
ちょうど今、サイズ調整でこのお店に預けているから、ドレスに花の飾りを付け足さない?
ベールの真珠ももう少し増やしたら見栄えがすると思うの。
オーナー、女王の衣装を出していただける?」
「はい、大奥さま。ただ今すぐに」
義母の脇に控えていた洒脱な装いの年配男性が、そう答えて丁重に礼をした。
「せっかくだから、彼女に新しいドレスも何着か見つくろってちょうだい。
そのうち1着は、後夜祭の夜会で着られるようなものにしてね。
いつ届けてもらえるかしら」
「若奥さまはとてもスタイルがよろしくていらっしゃいますから、店内にあるドレスはどれも微調整するだけでお召しいただけるでしょう。
後夜祭用のドレスは今日中に、他のドレスもすべて明日の朝までにはお屋敷の方へお届けいたします」
気心の知れているらしい義母とオーナーの間で取引が成立していく。
公爵夫人として最低限の品位保持費は、公爵家の家計の内に計上してあるものの、そう無造作に何着ものドレスを一括購入できるほど潤沢な予算ではない。
私は内心あせって義母に言った。
「お…お義母さま。
私は今持っているドレスで十分間に合っていますし」
「そうかもしれないけれど、花祭りは特別よ。
私からのプレゼントとして受け取ってちょうだい。
とりあえず今日は既製品で我慢してね。
今度また改めてオーダーメイドのドレスをつくりに来ましょう」
「いえ、そんな…」
前公爵夫人である義母に割り当てた品位保持費は私より多いが、それでもその予算を私に費やさせるのは申し訳ない。
そう思って義母の申し出を辞退しようとしていると、義父が戻ってきて義母に加勢した。
「エリナさん、もらっておきなさい。
イーディスの言う通り、花祭りは特別なのだ。
領主夫人が特別な衣装をまとえばそれが評判になって、産業の振興策にもなるのだからね」
義父にまでそう言われては、私も断ることはできず、ありがたく義父母の好意を受けることにした。
そこへ、貴族の子ども服に着替えたセドリックも戻ってきた。
「あ、おじいさま、お帰りなさい」
「おお、セドリック。よく似合っているな」
目を細めて孫を見る義父に、義母が言った。
「あなた、セドリックと先に帰っていてくださる?
私とエリナさんはまだドレスの打ち合わせがあるから」
「そうか。
それならセドリック、すぐ近くに最近できた評判のカフェがあるらしいんだが、一緒に行ってみないか?
そろそろ腹も減っただろう」
祖父にそう言われて、セドリックは目を輝かせて答えた。
「うん、僕、お腹すいた!」
「よしよし、じゃあそこへ行こう。うんと食べるといい」
「でも、母さまとおばあさまは食べられないの?」
気づかわし気にこちらへ目を向けるセドリックに、私は思わず口元をほころばせた。
義母も微笑んで孫息子を見ている。
義父が孫の黒髪の頭をなでながら言った。
「そうさな、お母さまとおばあさまへは、そのカフェで儂らが見つくろって、美味そうなものをここへ届けてもらうことにしよう。
それでどうだい、イーダ?」
「それは楽しみね。お願いするわ、あなた」
「エリナさんも、それでいいかね?」
「ありがとうございます、お義父さま」
手を振って洋装店の待合室を出て行く息子と義父を見送って、私は店の奥から運ばれてきた花の女王の衣装を身につけた。
「とても素敵よ、エリナさん」
「本当に……まさに妖精の女王ですな」
義母とオーナーが私を見てかわるがわるため息をつくので、ナタリーは得意げな顔をしている。
花の女王の衣装合わせが終わったころ、カフェからの差し入れが届いたので、私たちは食事がてら休憩を取り、そのあとまた私はドレスの試着をした。
オーナーとあれこれ相談しながら私に似合うドレスを真剣に選んでくれる義母に、私は心から感謝していた。
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