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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
強くなりたい

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領都での邂逅・3

「なぜ私に、それほど良くしてくださるのですか」



そんなぶしつけな質問に、義母イーディスは顔をこわばらせた。

そして短い沈黙を経て答えた。



「エリナさん、私はあなたに負い目があるの」


「負い目?」


「ええ」



義母は膝の上で両手を握りしめた。

その拳がわずかに震えているのがわかる。

ゆっくりと絞り出すように義母は話しはじめた。



「私は、ルドガーに愛する女性がいることがわかっていて、それでもあの子と結婚して子どもを産んでくれるご令嬢を探していた。

夫に愛されない不幸な人生を歩ませることになると承知の上で、このフレイザー家にあなたを迎え入れた。

もしあなたが私の実の娘だったら、そんな結婚を許しはしなかっただろうに。


それでもあなたを、ベニートも私も家族として大切にしていきたいと思っていたの。

でもルドガーはあの通りあなたのことも生まれた息子のこともかえりみないで、愛人の家で暮らしている。

私にはどうすることもできなかった。


そして結局あなたを、王都にいられないようにさせてしまった。

それどころか伯爵令嬢のあなたを、貧民街の娼婦にも劣るかのように……夫を取られた負け犬だなんて言われるようにさせてしまった」



「それは……私がそんな風に言われるのは、お義母さまのせいではありませんわ」



私がそう言うと、義母はそっと目を伏せた。



「エリナさん……あなたには謝っても謝り切れないわ。

だけどあなたは、こんな目にあっていても、私たちに愚痴や恨み言を言わないで、それどころか父や母としてうやまってくれている。

それに、他人から何を言われても、辺境の黒の森の館で、幼い息子を愛し慈しんで育てている。

そんなあなたを見ていて、私は自分の子育てを振り返ったわ。

小さいころのルドガーに、私はエリナさんのような無償の愛を注いであげていただろうか、って。

仕方のないことだったとはいえ、私は7歳まであの子を手元から離して、黒の森の館で一人で過ごさせてしまった」


「お義母さま」



7歳まであの子を手元から離した?

仕方のないことだった?



義母の憔悴したような様子を見ると、今それを聞く気は起らなかった。

けれど、私はかねて疑問に思っていたことを思い切って口にした。



「お義母さまは、私とルドガーさまとの結婚を、白い結婚にさせるおつもりだったのではないのですか?

私が子どもを育てることなど、予想しておられなかったのではありませんか」



義母は「白い結婚?」とおうむ返しにつぶやき、眉をしかめて私を見た。



「そんな話は初めて聞いたわ。

寝耳に水よ。いったい誰がそんなことを? 

公爵家の後継者が必要だからこそ成立した結婚だというのに、白い結婚などであるはずがないでしょう」


「でも、お義母さま。

ルドガーさまはネリー嬢を唯一の相手と公言していらっしゃいます。

ネリー嬢以外の女性と生涯をともにするおつもりはないのでしょう。

ですから結婚相手の条件が厳しい初婚はわざと破綻させて、ネリー嬢と再婚で結ばれるという算段をなさっているのではないかと思ったのです。

もちろんそれは公表することのできない事情ですから口にはなさいませんけれど、私はそういう覚悟で嫁いでまいりました。

兄のアルマンによると、この結婚の仲立ちをしてくださった方が、これは白い結婚だと私の父におっしゃったともいうことですし……」


「仲立ち? 

仲立ちをしてくれた方など誰もいないわ。

賤しい身分の娼婦に溺れて、妻をないがしろにすると公言するような愚かな息子ですもの。

母親の私が自ら、あの子の妻になってくれそうなご令嬢を探したのよ。

でもどの方も、貰い手がないのは当然のような問題のある方ばかりだったわ。

そんな中で、ルドガーの妻になってもらいたいと私が思えたのは、エリナさん、唯一あなただけよ。

あなたに魔力がないのは承知の上で、私はあなたがいいと思ったの。

そして今でも、あの時の自分の判断は間違っていなかったと確信しているわ。

セドリックを産んでくれたということを抜きにしてもね」


「な…なぜそこまで、私を…? 

ルドガーさまには愛する女性がいらっしゃいます。

ネリー嬢と再婚なさって、彼女の産んだお子さまを後継者として育てていかれるという道もありますのに」


「いいえ、ネリーに公爵夫人は務まらない」



義母は強い口調で断言した。



「平民も多い騎士団の団長夫人ならまだどうにかなるかもしれないけれど、貴族社会をわたっていくにはそれ相応の教育を受けていなければならないもの。

ネリーはほとんど文盲で、魔力もないそうよ。

エリナさん、伯爵令嬢のあなたでさえ、魔力がないことで貴族社会の中で居づらい思いをしてきたでしょう。

貧民街の娼婦が貴族に混じってやっていけると思う?」


「そう…ですね、それは…」



はっきり言って、無理だろう。

社交はあきらめて、家にこもっているしかない。



「それに、ネリーはルドガーと知り合ってからもう何年も経つでしょう。

ルドガーの妻となり公爵夫人としてやっていくつもりがあるのなら、その間にいくらでも勉強して教養を身につけることはできたはずよ。

今までそれをしないできたということは、彼女には公爵夫人になるつもりがないとみなさざるを得ないわね。


それに比べたら、エリナさん、あなたは娘時代から、いずれ自分が平民に嫁ぐかもしれないと予想して、家計のやりくりに役立つさまざまな勉強をしていたのよね? 

地味で目立たない努力だったかもしれないけれど、私はそういうあなたにとても好感を持ったわ」


「あ…ありがとうございます」



義母に笑いかけられてそう返したが、なんだか少しおもはゆかった。



「でもそんなあなたでも、伯爵家より格上の公爵家へ嫁いで領地の運営をしていくのは大変だったはずだわ。そうでしょう? 

ネリーはあなたがしてきたような勉強を何一つしていないのよ。

公爵領の運営などとても任せられないわ。

それに、貴族のマナーをまったく知らないから、子どもが生まれてもその子どもを貴族として育ててあげることもできない。

社交もできない、領地運営もできない、子女の教育もできない。

そんな人に、建国以来の名家であるフレイザー家の権力を与えたらどうなると思う? 

考えるだけで怖ろしい。

人々のために尽くすノブレス・オブリージュ(高貴な者の果たすべき義務)などまるでわかっていない無能な公爵夫人など、どこからどう見ても害悪でしかないわ。

私はネリーを公爵夫人にするなんてことは、今の今まで認めていない。

だから、ルドガーがネリーをいずれ妻に迎えるために、あなたを密かに白い花嫁にするというつもりでいたのだとすれば、私とベニート以外の誰かの入れ知恵ね」



義母は今まで秘めてきた胸の内を吐露するかのように、滔々と私に語った。



「エリナさん。

あなたがセドリックを産んでくれてよかった。

あの子は本当に優しい良い子だし、貴族として恥ずかしくない教育を受けているもの」



そう言った義母は短い沈黙の後、一転して私に弱々しい声で言った。



「でもルドガーだって、論理的なものの考え方をする子だったのよ。

理屈の通らないことを言うような子じゃなかった。

どうしてあんな風になってしまったのかわからないの。

もしかすると、大人になったあの子があんな風に歪んでしまっているのは、母親の愛情が足りなかったせいなのかもしれないって……もっとルドガーにしてやれることがあったのではないかって、そう考えない日はないくらい、私は後悔している」


「お義母さま…」


「エリナさん。

私は、母親としての在り方を若いあなたから教わったように思うの。

もしもう一度子育てをやり直せるなら、あなたのような育て方をしたい。

それにセドリックは、小さいころのルドガーにそっくりだわ。

私はあの子にこのまま健やかに、幸せに育ってほしいと思っているのよ。

だからお願い。

どうか私に、あなたたち母子の手助けをさせてちょうだい」



私は義母にそんな風に言ってもらえるとは思ってもみないでいたので、ただ驚いていた。


それでも一つわかったことがある。

それは、今の私がセドリックを育てる姿が、義母の心を動かしたということだ。

前世での私は評判や世間体ばかりを気にして、息子に愛情を注いでいなかった。

そんな子育てをしていた私が、義母の目にはどう映っていたのかはわからない。

だが前世の義母は嫁や孫息子に対して手助けをしたいという申し出をしてくれたことはなく、義父とともにずっと領地に引きこもっていたのだ。

それを思えば、今の義母はまったくの別人のようだ。

母親としての在り方を教わったなどとはあまりにも過大な評価だけれど、前世の後悔によって変わった私の生き方が、義母の心のありようにもいくらか変化をもたらしたのだ。

そしてそれはとても良い変化であるように私には思われた。



運命は、変えることができる。

私は強くそう思った。



私を見る義母はうっすらと涙ぐんでいた。

レースのハンカチでそっと目を拭くと、義母は私に痛々しい微笑を向けた。

胸が詰まって、何か言おうとしたが言葉にならず、私はただそっと義母の手を握った。











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