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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
強くなりたい

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領都での邂逅・2

ザヴィールウッドの花祭りは3日間開催され、最終日は後夜祭を経て終了となる。

その間、領都はお祭り一色となり、多くの観光客でにぎわう。


兄アルマンの楽団がフレイザー公爵家のカントリーハウスに到着したのは、花祭りの3日前だった。

音楽卿(ロード・ムジカ)の音楽会は、今年の花祭りの目玉の一つである。

ザヴィールウッドを含むザヴィール地方の前領主、私の義父にあたるベニート・フレイザーは、昨年私たちとともに王都を離れ、領都ザヴィールウッドのカントリーハウスに居を定めた。

そこで、今後いっそうフレイザー公爵領が発展していくよう祈願するためにと、大精霊ノナ・ニムを讃えるザヴィールウッドの花祭りに、祝祭の音楽家門リズリー家の嫡男でもある兄アルマンを招聘したのだ。

そういう理由で招かれた兄の楽団は、当然手厚くもてなされて、公爵家のカントリーハウスに滞在していた。

日頃から各地を演奏旅行で回っている楽団員たちだが、敷地内の建物まるまる一棟を自分たちの宿舎にあててくれた、フレイザー公爵家からの破格の待遇に驚いているようだった。



「なあなあ、宿舎のベッド、すごいふかふかじゃねえ?」


「うん、すごくよく眠れる」


「音楽室もすごいよね。広いし音響いいし。

それにあそこにある楽器、自由に使っていいっていうけど、国宝級の名器ばっかりだぜ」


「うんうん、それにさあ、部屋の装飾品も高そうなものばっかりだ。

食堂の食器とかも」


「食器もそうだけど、料理が美味いんだよなあ」


「それ! どうなってんのこのお屋敷。

俺らみたいな平民にあんな高級料理出しちゃっていいの?」


「ザヴィールウッドって、本当に豊かなんだねえ」


「さすがノナ・ニムのお膝元だよなあ」



兄の到着を聞いた私が宿舎の部屋を訪ねていった時、ラウンジにたむろしている楽団員たちがそんな風に話している声が聞こえてきた。


残念ながら私は、兄には会えなかった。

楽団の調律師で、兄個人の御者も兼ねているマロウによると、兄には各方面からひっきりなしに招待が来ていて、宿舎になどほとんど滞在していられないそうだ。

社交界からある意味隔絶されていたウィロー砦とは違って、フレイザー公爵領の領都であるザヴィールウッドは、王都にさえ引けを取らないほどの栄華を誇る大都市だ。

それゆえ、音楽卿(ロード・ムジカ)の称号を持ち、王国中で人気者の兄は、あちこちに付き合いで顔を出さなければならないらしかった。

そういうことなら、妹の私と会う時間が取れないのも無理はない。


また私は私でいろいろとやることがあった。義母イーディスから申し渡されたのである。



「エリナさん、花祭りの最終日、午後に花の女王のパレードがあるのよ」


「そうなんですか」


「あなたが今年の花の女王ですからね。

衣装や小道具はそろっているけれど、山車(だし)に乗って街中をまわることになるから、体調を整えておいてね」


「え?」



私はぽかんと口を開けた。

義母は何でもないことのようにさらりと言った。



「ザヴィールウッドの花祭りでは、領主夫人が花の女王を務めるの。

私も長いこと女王をやってきたわ」


「で…でも、私は…」



私は義母に返す言葉を考えあぐねてうつむいた。


義母イーディスは、フレイザー公爵領の領主であった夫ベニートを30年近く支えてきた賢夫人として知られている。

そんな義母が花祭りのハイライトであるパレードの女王を務めてきたのは当然だ。

だが私は、現在の領主であるルドガーの妻として認められているとはとても言えない。

自分の真実の愛の相手であるネリー嬢を差し置いて、私が花の女王になどなったら、ルドガーは激怒するだろう。



「私には、花の女王になる資格があるとは思えません。

ルドガーさまは私を妻として見ておられませんもの。

領主夫人だなんておこがましすぎますわ」


「大丈夫。セドリックと一緒に山車(だし)に乗ればいいのよ。

あの子は未来のフレイザー公爵、あなたはその生みの母ですもの。

女王の資格は十分あるわ」



義母の言葉には熱がこもっていた。



「いいこと、エリナさん。

ここ数年、パレードの花の女王は空席だったの。

ルドガーは領地運営をあなたに任せきりで、ザヴィールウッドにもまったく顔を出さなかったから。

だけど今年は違う。

あの子は花祭りの期間中、王国騎士団長としてザヴィールウッドへ視察に来るのでしょう」


「ええ、そう聞きました。

ウィロー砦のヨシュア…いえ、エイレル司令官から」


「だったら絶対に、あなたが花の女王にならなければだめよ。

万が一、ルドガーが愛人を同伴して、花祭りで花の女王にたてるようなことになったら、セドリックの公爵家後継者としての正統性さえ揺らいでしまうわ。

なにがなんでも、あなたはこのザヴィールウッドで領主夫人としての地位を確立しなければ。

あなた、自分が王都で“負け犬”呼ばわりされていることは知っているわよね?」



義母イーディスはずばりと切り込んできた。

私は反論のしようもなくうなずいた。



「ルドガーのせいで可哀想だとは思うけれど、人の口に戸は立てられないし、王都の貴族社会の潮流を変えるほどの影響力は私にはない。

だけどこのザヴィールウッドでなら、私は30年間社交界の頂点にいるのよ。

領主の正夫人を負け犬なんて誰にも言わせない。

あなたとセドリックの後ろ盾になって、必ずあなたたちを守ってあげる」



その力強い宣言に、私は新鮮な気持ちで義母を見つめた。


この人はこんなに強い人だっただろうか。

前世の義母イーディスは、王都で息子の醜聞に耐えられず病を発症し、領地に引きこもっていたほど繊細な心の持ち主だったはずだ。

政治的な駆け引きの矢面に立って私とセドリックを守るなど、到底考えられなかった。

今の義母は、前世と何が違うのだろう?



「なぜ私に、それほど良くしてくださるのですか」



思い切ってそんなぶしつけな質問をしてみたところ、義母は顔をこわばらせた。










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