領都での邂逅・1
ウィロー砦の音楽会の次の日、私は司令官専用の馬車を使わせてもらい、フレイザー公爵領の領都ザヴィールウッドへ向かった。
道中、私の乗った馬車の前後には、ヨシュアとティムを含めて十数名、騎馬に乗った兵士がついていた。
ウィロー砦から何人かの兵士が花祭りの警備のためにザヴィールウッドへ派遣されるのだが、司令官のヨシュアが自らそれを率いていくという。
予定外にウィロー砦を訪れていた騎士団長のルドガーは、前夜のうちに単騎で砦を出たらしく、朝にはもう姿が見えなかった。
兄アルマンは、楽団が移動の支度にまだ時間がかかるため出発は午後になるとのことで、私とはウィロー砦でいったん別れることになった。
ターラは一人、ニーヴの丘をまわって黒の森を訪ねるという。
「ニーヴの丘はマグダレーナお嬢さまの思い出の地ですからね。
丘の記憶を、ターラもじっくり見てこようと思います。
その後は故郷の黒の森に久しぶりに里帰りしてきますよ。
ザヴィールウッドでアルマン坊ちゃまが開く音楽会の日までには、必ず戻ってまいりますからね。
ちい嬢さま、道中お気をつけて」
私に別れの挨拶をしに来たターラは、ふだん以上に生き生きとしていた。
軍用馬車を使ったせいか、ザヴィールウッドに着いたのは思っていたよりずっと早い時間で、ちょうど夕方の喧騒が始まり始めたころだった。
城門を入ると、領都の街中は花祭り一色で、人混みで馬車もなかなか進まないかと思われたが、騎馬に乗った騎士たちが露払いをしてくれたおかげで、すんなりとフレイザー公爵家のカントリーハウスに到着することができた。
玄関先のロータリーで、カントリーハウスの使用人たちが私を迎えてくれた。
「奥さま、ようこそいらっしゃいました。大旦那さまと大奥さまがお待ちでございます」
カントリーハウスの執事が私に声をかけ、馬を下りたヨシュアやその騎士たちにうやうやしく礼をした。
私はフットマンたちが荷物を下ろしている間に、ヨシュアのもとに行きお礼を言った。
「ヨシュア、ここまで送ってきてくれてありがとう。とても助かったわ」
「どういたしまして」
ヨシュアは片手を胸に当て、軽く目礼した。
「僕らはこれで失礼するよ。
花祭りの期間中、何かあったら王立騎士団の詰所へ連絡して」
「ええ、ありがとう。お兄さまにもそう伝えるわ」
「うん。アル兄によろしく」
そう言うとヨシュアは再び馬に乗り、馬上から私を見下ろした。
「じゃあまた、エリー」
「またね、ヨシュア」
砦の一団は、ザヴィールウッドにある騎士団の詰所へ向けて動き出した。
別れを惜しんで手を振る私に、ヨシュアも手を振り返してくれた。
司令官に続いた従者のティムは私に軽く頭を下げ、その後に続く騎馬の兵士たちはみなそれに倣って私に礼をしていった。
乗客を下ろして空になった馬車を間に挟んで、騎馬の兵士たちはロータリーをまわって公爵家の正門を出て行った。
ウィロー砦の一行を見送ってカントリーハウスの邸内に入ると、玄関ホールの階段の上から
「母さま!」
という元気のよい声がして、「坊ちゃま、危ないですよ」とナタリーが止めるのもかまわず、セドリックが長い階段を駆け下りてきた。
ところが勢いがつきすぎたのか、階段を降り切ったところで前につんのめりそうになった息子に、私はあわてて駆け寄り、抱きとめた。
「セディ、大丈夫?」
腕の中の息子の頬をさすって問いかけると、セドリックは私の顔を見上げて満面の笑みで「うん!」とうなずいた。
セドリックを追って階段を駆け下りてきたナタリーが、そんな息子の様子を見て胸をなでおろしている。
彼女の気苦労が垣間見えて、私は苦笑しつつ「ナタリー、ご苦労さま」とねぎらいの声をかけた。
「まあ、セドリックは甘えん坊さんだこと」
そう言って笑いながら、夫ルドガーの母であるイーディス・フレイザー前公爵夫人が、この邸の侍女頭であるカイサを従えてホールの階段を降りてきた。
祖母からそんな風に言われて、セドリックはちょっと照れくさそうな顔をした。
「エリナさん、待っていたわ。ザヴィールウッドへようこそ」
「お義母さま、お招きありがとうございます」
私がお礼を言うと、義母イーディスは孫息子であるセドリックに笑いかけた。
「よかったわね、セディ、お母さまが来てくださって。
昨日からずっと待っていたんですものね」
「うん、おばあさま」
仲の良い祖母と孫とのやりとりに、私も胸があたたかくなった。
私たちの横で、馬車から降ろされた私の荷物を抱えて、フットマンたちが階段を上っていく。それを見ながら義母が言った。
「疲れているでしょう、エリナさん。
先にお部屋で一休みするといいわ」
「はい、お義母さま」
「夕食は7時からよ。
時間になったらお部屋へ迎えをやるわね。
あなたがこのカントリーハウスに滞在している間、身の回りのお世話はナタリーに任せてあるけれど、うちの侍女も数人あなたに付けているから、何でも遠慮なく申しつけてちょうだいね」
「お気づかい感謝いたします」
私が頭を下げると、義母は鷹揚にうなずいて、
「ではまた、夕食のときにね、エリナさん、セドリック」
そう言ってカイサとともにに玄関ホールから邸の奥の方へ去っていった。
義母の姿が見えなくなると、セドリックはくるりと私の方を向いた。
「母さまのお部屋、僕も行っていい?」
好奇心に満ちたきらきらした目つきで私を見上げてくる息子に、ついつい口元がゆるんでしまう。
「いいわよ」と言うと、セドリックは
「やったー!」
と両の拳を天に突き上げた。
特別なものはないふつうの客室だろうと思うのだが、子どもには物珍しいようなものもあるかもしれない。
「エリナさま、お部屋はこちらです」
ナタリーの案内で、私とセドリックは執事と使用人たちに見送られつつ、花祭りの間私が宿泊する客室へ向かって、広い玄関ホールの大階段を上って行った。
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