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領都での邂逅・4

花祭りの前日、私とセドリックはナタリーをともなって、兄アルマンの楽団にまじり、音楽卿(ロード・ムジカ)の音楽会が開かれる会場を見学に行った。

ルドガーと鉢合わせになることを懸念して音楽会の本番には行かないことにしたので、せめてリハーサルだけでもセドリックに見せてやりたいと思ったからだ。

私たち母子とナタリーは、人目を引くことのないように、楽団員たちと同じような簡素な平服を着ていた。

リハーサルを見た後は、義父母が行きつけの洋装店へ花祭りの衣装を取りに行くというので、広場に近い中心街にあるその店で落ち合う約束をしている。

三日間連続の演奏会を控えた兄は千秋楽が終わるまで一切自由時間がないようで、「僕もエリーたちと一緒に街歩きしたいなあ」とぼやいていたが、こればかりは仕方がない。


リハーサルは順調に終わって、私たちは大満足だった。

興奮冷めやらぬセドリックをナタリーと二人でどうにかなだめて、私たちは兄の楽団のいるリハーサル会場を離れ、会場に隣接した広場を訪れた。

本番の演奏会は明日からこの広場で行われるので、広場の中へ入るには入口で簡単な検問があったが、私たち三人は女子どもだけなので警戒もされずすんなりと中に入ることができた。


周辺は明日の花祭りに向けて広く入場規制がされていて、人は多いものの身動きが取れないほどではない。

リハーサル中はずっと兄の楽団と一緒にいて、兄の元を離れたらすぐに義父母と合流するつもりだったので、ナタリー以外には従者も護衛も連れてこなかった。

私たちは一般市民と同じように、花祭り前日の街の雰囲気を自由気ままに楽しんでいた。


広場の中央には見上げるほど高い台座の上に、ザヴィールウッドをひらいたフレイザー公爵家の初代セドリックの銅像が立っている。

領都屈指の観光名所である開祖の銅像の下には、環状の段差が数段ついている。

その階段のあちこちに人々が腰を下ろして休息していた。私とセドリックは階段には上らず、平場から立って銅像を見上げた。



「セディ、見て。

あれがフレイザー家初代のセドリック公よ。

あなたの名前はあの方からいただいたの」



私がそう言うと、「ふーん」と言いながらセドリックも上を見る。

だが台座自体が大人の背丈の二倍以上もの高さなので、さらにその上にある銅像の顔は真下からではよく見えなかった。



「母さま、よく見えないねえ。

僕ちょっと遠くから見てくる!」



そう言うとセドリックは私の手を離し、くるっと後ろを向いて駆け出した。



「ま、待って、セディ!」


「坊ちゃま、お待ちください!」



私もナタリーもあわてて後を追おうとしたが、間の悪いことに銅像を見に来た観光客の集団と鉢合わせ、その人波に阻まれて立ち往生してしまった。



「ナタリーはそっちから行って、私はこっちから行くから!」


「わかりました!」



ナタリーと二手に分かれ、観光客の集団を迂回してセドリックの後を追う。

ようやく人垣を抜けてあたりを見回してみたが、セドリックもナタリーも姿が見えなかった。



「セディ! どこにいるの!」



大声で呼んでみたが、周囲から奇異の視線を向けられるだけで問いかけへの返事はない。

いっそ楽団の控え所に戻って兄に青い鳥を飛ばしてもらおうかと思っていると、遠くで



「何をする、どけ!」



という男性の怒鳴り声が聞こえた。

いやな感じがしてとっさに声のした方へ走っていくと、広場の入口に近いところにセドリックの姿を見つけた。

地面にしりもちをついて、そばにいる大人たちを見上げている。


セドリックを見下ろしているのは、小柄な女性とその護衛と思われる二人の騎士だ。

女性がセドリックに手を差しのべ、セドリックがその手を取ろうとすると、護衛の騎士は子どもの手を手荒く払いのけた。

もう一人の騎士は護衛対象の女性を丁重にセドリックから遠ざける。

護衛騎士の身体の陰になって女性の姿はよく見えなかった。



「気安くこの方に触れるな! 

子どもとはいえ許さんぞ!」



セドリックの小さな身体がビクッと震える。

周囲に野次馬が集まり始めていた。


私はセドリックに走り寄り、大声で怒鳴っている騎士の前に身を投げ出して息子をかばった。



「幼い子どもです。

お許しください。

子どもから目を離してしまった私の責任です」



座り込んでいるセドリックの肩を抱いて地面に膝をつき、眼前の二人の騎士と、彼らが護衛している女性に向かって頭を下げる。

セドリックは状況がよく飲み込めていないようだったが、私を見てホッとした顔をした。

そんな私たちに、二人の騎士はかさにかかって居丈高に叱責してくる。


「貴様が母親か! 

その子どもはまわりも見ずに走り回って、いきなりネルラ夫人にぶつかってきたのだぞ。

無礼にもほどがある!」


「母親ならもっとしっかり子どもを監督しろ! 

ネルラ夫人に狼藉をはたらくとどうなるか、身をもってわからせてやろうか!」



平民の服装をしている私たち母子をかわるがわる怒鳴りつけてくる護衛騎士たちは、近くで見ると二人とも、フィンバース王国騎士団の制服をまとっていた。

ということは、騎士団長である夫ルドガーの配下に当たる。

本来彼らは、私たちに対してこのような態度をとることは許されないはずだ。

私は自分の身分を明かすべきかどうか迷ったが、今の私たちはお忍びで街歩きを楽しもうとしているところだし、事を荒立てても何も良いことはない。

たとえ私がここで身分を明かしたとしても、確認に時間が取られるだろうし、ルドガーが形だけの妻である私を擁護してくれる保証もない。

できれば平民と思われたまま穏便にこの場を切り抜けたいと思っていると、



「もういいよ、やめなよ」



騎士たちの後ろから、護衛対象である女性の声がした。



「ちょっとぶつかっただけじゃん。

あたしは何ともないから」


「ネルラ夫人、しかし」


「いいってば」



ネルラ夫人と呼ばれた女性はそう言って自分の護衛騎士を制した。

体格の良い騎士の後ろに、上等な身なりをしている小柄な姿がちらりと見えた。

こげ茶色の髪と瞳をした可愛らしい顔立ちの若い女性だ。

私は面識がなかったが、王国騎士団の騎士を二人も護衛につけているところを見ると、かなり身分が高い女性のはずだ。

けれどその言葉遣いや立ち居振る舞いはまるで貴族らしからぬ平民のもので、どこかちぐはぐな印象が残った。

護衛対象である女主人の言葉を受けて、二人の騎士はしぶしぶといった風に身を引き、セドリックと私から離れた。



「もう行っていいよ、あんたたち」



そう声をかけられたのを機に、私は礼をして立ち上がり、早々に立ち去ろうと息子の手を引いた。

だがセドリックは去り際に女性を振り返り、「ルディが早く見つかるといいね」と言ってにっこり笑った。


その気安い物言いがが不敬ととられたのか、護衛騎士たちがまた青筋を立てる気配がしたので、私はあわてて息子とその場を離れ野次馬の人混みにまぎれこんだ。

その後すぐ、はぐれてしまっていたナタリーに会うことができて、私たち三人は小走りに広場を出て人通りの多い街路に入った。

さっきの騎士たちに後を追ってこられるのではないかとひやひやして、後ろを振り返りながら歩いたが、さいわい追跡者はいなかった。

義父母と待ち合わせをしている高位貴族御用達の洋装店へ行くと、平民の服装をしているにもかかわらず店の門衛は私たちを公爵家の者と認識して、うやうやしく店内に迎え入れてくれた。

そうして私たちは、義父母のいる上客用の待合室へ案内された。











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